第22話:僕の執筆には担当がいない!
「先輩、そのお顔でお日様の下を歩くというのはちょっと……」
僕の本には出版社の担当さんが付いた! 僕は、この事実にすごく喜びを感じていた。
多分、僕の顔は緩んでいる。そして、それを助手はいつもの半眼ジト目で見ている。しかし、少しの沈黙の後、「はーーーーっ」と割と深いため息の後、僕に訊いた。
「……で、本はどうなったのですか?」
待ってました! 助手がいつもの放課後の部室で、今もっとも聞いてほしい質問をしてくれた!
「あのね! 僕の本は既にkindleとペーパーバックで発売してたから、内容としては完成品として考えるんだって。だから、校正とかは誤字脱字程度の最低限にして内容そのままに文庫本化するんだって! つまり、いわゆる執筆の方の担当っていう人がいなくて、僕は最初に本のデータを渡したら終わりなんだってさ。あと、お金は手出しなしだって! 総合的なプロモーションをお願いするからkindleの方も出版社さんにお願いすることにしたんだよ! 僕の本の場合、紙のペーパーバックは350ページを超えるから利益なしでも販売価格が2000円くらいになっちゃうんだ。ちょっと高いと思ってたけど、オーダーメイトで1冊1冊作ってもらってるから原価が高いんだと思う。でも、出版社なら大量生産だからほとんど同じ大きさの本なのに販売価格が800円くらいになるらしい! それなら、僕らでも買えるよね!」
「……聞いていないことまでありがとうございます、先輩」
助手がなぜかもう目を瞑ってしまっていて、僕にあの半眼ジト目すら見せてくれなくなった。しかも、額に手を当てている。頭痛でもするのだろうか。
「ほう! それは、おめでたいじゃないか! 九十九くん!」
今、亜空間から飛び出て来たのは、姉嵜先輩。もはや、教室の扉を開ける描写や入ってくる描写は一切省かれて、何もないところから突然飛び出て来たみたいな扱いだよ!
姉嵜先輩はいつもの様に長いポニーテールを揺らして仁王立ちで腰に手を当てて立っていた。
「ありがとうございます。姉嵜先輩」
「これなら『ラノベ研究会』としての実績としては十分すぎるんじゃないだろうか! いっそのこと文芸部が全員ラノベ研究会に転籍してしまおうか!」
「それはやめてください。あんまり人が多いと集中して書けなくなります……」
「じゃあ、ここは折衷案で私だけ転籍してくるというのは……」
「先輩は文芸部の部長でしょう⁉」
「くっ、部長になったことが裏目に出たか……。ここは生徒会権限で複数の部活を掛け持ち可というのを盛り込むか……」
なんか不穏な言葉が聞こえたような気もするけど、僕は難聴系主人公の様にスルーを決め込むことにした。
「それにしても、出版するのに担当が付かないというのは珍しいケースだな」
「そうなんですか?」
姉嵜先輩の言葉に僕は興味を示した。僕からしたら全てが初めてのことなので、「普通」が分からない。
「出版社には色々なタイプの編集の人がいるみたいだ。ちょっと声をかけるだけの担当とか。このタイプは広く声をかけておいて、そのあと基本的に放置だ。そのくせ作家が売れてくると、『売れない時に自分が育てた』とか言って言い寄って来る」
「めちゃくちゃ具体的ですね。実際にいそうで怖いです」
「他にも、いるぞ? 若い担当に多いが、相手のことを考えず厳しいことを言う担当だ。作者が中高生だと心が折れて再起不能になる」
「僕もボロカスに言われたら凹みます」
チラリと助手の方に視線を送ってみたが、プイっと顔を逸らされてしまった。ちくしょう……そんな仕草もかわいく見えるとか、僕はもうちょっとどうにかなってしまっている。
「逆に、すごく親身になってくれる担当もいるが、親身になりすぎて何度も何度もやり直しで返す人もいる。若い作者だと段々と心が折れてフェードアウトしていく」
「親身になってくれればいいという訳ではないんですね……」
「担当はあくまで担当だから、各社の編集長に提案するまでだ。良い・悪い、つまりは、出版するかしないかはあくまでその編集長の判断だ。だから、その担当が経験が十分あって、社内である程度信用されていてる必要がある。特に、編集長の信用をな」
「そうか、担当さんがペーペーだと、その人が良いって言うものが必ずしも世の中的にニーズがあるかは分からないですからね」
担当がどんな人になるかは運次第。出版業界って運次第のガチャ的な要素が多いなぁ……。
「その上、最近では全ての物の価格が高騰している上に人件費が上がっている。出版業界でも紙の原価が高騰している。もちろん、人件費も」
「え、そんなところまで価格高騰の波が⁉」
「本は先にある程度のページ数を決める。だから、ページ数に収まらないと大変だ。WEBの時は文字数について語ることが多いが、出版社では文字数なんてほとんど語られない。全てはページ数であり、言っても行数だ」
「そこは違うんですね」
ふふん、と先輩は得意気だ。
あれ? そう言えば、先輩は見て来たかのように語るなぁ。
「先輩は出版業界に詳しいですね」
「あっ、いや、その知り合いが! そう、知り合いが出版業界にいるのだ !」
知り合い程度でそんな詳しい情報が出てくるなんて……その人と先輩は仲がいいんだな!
「先輩」
急に横にいた助手が話しかけてきた。
「なに?」
「先輩って、これまで鈍い鈍いと思っていましたけど、実はゴミムシ以下でしたね」
「当然のような罵倒!」
僕は助手の言葉の刃に耐え続けることができるだろうか……。多少へこたれて教室を出た。これまでも部活中に息抜きと称して外の空気を吸いに出たりすることもあったので、助手も追いかけてこない。
煙とナントカは高いところが好きなのか、僕はなんとなく屋上に向かって歩いていた。渡り廊下から屋上を見上げると、あの少女が見えた。
いつかの銀髪の少女。少女。僕にとって日常にある触れた自分の学校の制服、それに対して非日常の銀髪。
屋上の金網に指をかけて遠くを見ている。あの銀髪は風で棚引いていた。下から見てもキラキラ輝いている様に見えた。
僕は会いたくなった。あの銀髪の少女に。会って、話がしてみたい。なにより、顔を見て見たくなったのだ。
どうして僕はちゃんと会った事もない、ろくに話したこともないあの銀髪少女がこんなにも気になるのか。
そして、彼女はなぜわざわざ目立つ銀髪の格好をしているのか。コスプレの趣味でもあるのだろうか。
とにかく気になって、屋上に急いだ。そして、僕が屋上に着いたとき、あの銀髪ロングの少女は既にいなくなっていた。その後、周囲を探してみたけれど、あの銀髪少女には会えなかった。気になってしょうがない。忘れようと思っても忘れられない少女。
「こういうのを「恋」って呼ぶんじゃないよね⁉」
誰もいない屋上でつい口に出してしまった。
その後、銀髪少女に会えなかった僕は、その後部室に戻った。
(てとととととてん)教室に入るタイミングで携帯が鳴った。
「猫猫出版と申します」
また⁉
「実はお話が……」
後日 僕は猫猫出版の人と会うことになった。
そして、ある人との出会いが僕の作家としての人生に大きく変化を与えてくることを僕はまだ知らなかった。
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