12話 潜入

01

 久留米は、その書類から視線を上げると、確認するように、口を開いた。


「これはどういうことですか」


 そこには、P03の殺処分について記載されていた。


「P03への攻撃行為は、ヴェノリュシオンたちへの強い反感を買います。ヴェノム研究所と同じ轍を踏むつもりですか」


 ヴェノリュシオンを作り出したヴェノム研究所は、取り締まりの手が迫り、彼らの作り出した奇跡の産物ともいえるP型の唯一の成功例であるP03の強行実験を行った。

 研究所が摘発されれば、ヴェノリュシオンたちの殺処分は免れない。

 自暴自棄ともとれる実験は、先のない研究所が、最後にその実験データを作成し、別組織として立て直された時のアドバンテージにしようというものだった。


 その結果は、実験動物であったはずのヴェノリュシオンたちの反抗による、組織の壊滅。

 文字通り、研究員はその肉や骨の一片すら残すことはできなかった。


「実験中の事故だったと言いくるめればいい」

「それで納得する彼らではありません」


 久留米自身、P03を目覚めさせる際のヴェノリュシオンたちの反抗を、実際に目の当たりにしたわけではない。

 だが、報告に上がってきた部下たちの言葉は、P03の制止がなければ、駐屯地は壊滅的な被害を受けていたと確信が持てる内容だった。


。それが貴官の仕事だ」


 だが、目の前の彼は、話など通じる様子はなかった。


*****


 楸は、土に汚れた服で、殺気立つヴェノリュシオンたちの後ろを歩く。


 G45とS08との合流は、それはもう壮絶な物だった。

 軽く一回は死ぬ程度には。


 こんなのとまともに対峙した上で、信頼関係を構築した牧野を、本気で少し尊敬してしまいそうだ。


「…………」


 今は、P03を攫った相手と距離があるため、ただ追跡しているだけ。だが、早々に彼らと意思の疎通を図りたいところだ。

 このまま追いついてしまったのなら、主にG45を中心に、短絡的な殴り込みが行われる。

 牧野が避けたい事態は、それだ。

 楸が残された最たる理由と言える。


 だが、ヴェノリュシオンたちにその話をしようにも、あまりに殺気立って、話を聞いてもらえる雰囲気がない。

 経験上、こういった相手にとってマイナス意見を話す際に必要なのは、信頼関係と相手の機嫌だ。


(うーん……ムリ!!)


 絶対無理。

 もう笑うしかないが、笑っていても仕方ないと、ヴェノリュシオン一人一人の様子を見て、声をかけられそうな相手を探す。


「……ねぇ、役立たず」

「言い方!!」


 声の掛け方はともかく、向こうから声をかけてくれたのは、運がいい。

 続きを促せば、T19は少しだけ歩く速度を緩やかにして、楸に距離を近づける。


「牧野と違って、Pに攻撃するなって言われてないわけだけど、本気でこのままついてくるわけ?」


 友好的に見せながら、一番読めない危ない奴と牧野から教わっていたが、いきなり脅されるとは思わなかった。


 確かに、ふたりの合流された時も、有無を言わさず、馬乗りにされたし、O12とT19が制止してくれなければ、あざ程度は済まなかった。

 一番交流があり、信頼もされているであろうG45は、完全に苛立っていて、正に口より先に手が出る状態だ。

 次に話をしたことのあるO12は、こういった会話に入ることはしないし、ヴェノリュシオンたちに一目置かれているS08も、G45同様に苛立っていて、静かながらも危険。


 残念なことに、現状、一番話が通じるのは、危ないというT19ということになるらしい。

 腹を括ろう。


「命令だしな。それに、役立たずじゃねェ。いいか? よく聞け。俺は軍人としての権力はあるわけ。お前らみたいな、保護されてる子供とは違ってな」


 牧野が、楸をヴェノリュシオンに同行させた理由。

 それは、今回の行為を”正式な取り締まり行為”とするためだ。


 もし、ヴェノリュシオンたちだけで、P03を誘拐した組織の根城を攻撃したとする。

 理由がどうであれ、それは立派な犯罪行為だ。

 だが、そこにひとり軍人が間に入り、組織へ誘拐行為についての捜査勧告、認可外の施設ならば”警告”ができる。

 ”警告”ができてしまえば、あとは簡単なもので、取り締まりとして堂々と捜査ができる。


「牧野でよかっただろ」


 O12の冷たすぎる言葉に、楸はわかってないとばかりに、自慢げな表情で答える。


「そりゃ、外部組織への警告は、軍人なら誰でもいいぜ? もちろん、牧野さんでもな。けど、駐屯地は違う」


 外部組織からすれば、警告している軍人の階級など、どうでもいいことだ。

 だが、内部組織は違う。


「今、駐屯地に久留米少尉がいない。軍組織ってのは、命令系統がはっきりしてる分、低い階級の俺が自分で何か頼んだところで、誰も動きやしない。

 その点、牧野さんは軍曹だから、上官命令で簡単に動かせるってわけだ」


 だから、俺がこっちにいるってわけ。


 と、どこにそんな自信のある表情になれる理由があるかわからないが、自慢げに答える楸にT19はため息をついた。


「はぁ~~……つまり、役立たず」

「苛ついてるからって、言っていいことと悪いことはあんだからな! てか、こっちでは役に立つって言ってんだろ!」


 P03を攫ったやつらが、軍人だからといって、素直にP03を返すとは思えないが、警告もなしに突然攻撃すれば、結果がどうであれ、角が立つ。

 T19とO12との会話しつつ、こちらの話を聞くつもりもないG45やS08にも伝われと、少しだけわかりやすく大袈裟に現状を言葉にしてみた。


 その結果はどうだろうかと、様子を伺ってみるが、よくわからない。


「……とにかく! もし人とか、車に追いついたら、まず俺を呼べ。んで、ダメだこれってなったら、殺さない程度に攻撃してオッケー。アンダースタン?」


 おどけてみせても、一番反応してくれるG45がいなければ、何の反応もなく、虚しく声が森に響くだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る