05

 S08の不機嫌な気配を感じながら、G45は電波塔のところにいた隊員に近づく。


「おーい!」

「子供……?」


 不思議そうな顔をした見張りのひとりは、銃を構えようとするが、隣にいたもうひとりの見張りに小突かれ、手を止めた。


「牧野軍曹の部隊か?」


 気が付かなかった見張りの言葉を遮るように、口を開いた見張りの言葉に、もうひとりも驚いたようにG45とS08へ目をやった。

 本物を見たのは初めてだが、さすがに、ヴェノリュシオンたちの話は聞いている。


「よくわかんないけど、マキノさんから伝言」


 内ポケットに入れていたメモをそのまま渡せば、見張りはその内容を見ると、確認してくると奥のテントへ入っていった。


「…………なんか手伝う?」

「大人しくしてろ。すぐ戻ってくるから」

「…………」


 そわそわと周囲を見渡しているG45は、明らかに大きながれきなどを指さすが、大丈夫だと断られる。


「……俺、こういうただ待ってるの苦手!!」


 大きな声で否定するG45に、見張りもそうだろうなと、呆れたように視線を逸らした。


「隣の奴と話してたらいいんじゃないか?」

「Sと?」


 G45が、S08へ振り返るのに合わせて、S08も別の方向へ、顔を逸らす。

 顔すら合わなかったG45は、そっと見張り方へ顔を戻せば、何も言わずに指を差した。


 子供のような会話に、どうして自分が巻き込まれてるのか、疑問に思いながら、見張りも愛想笑いを浮かべるだけに留めておいた。


「…………」


 だが、突然、S08が奥のテントへ、耳を向け始めた。


「なんかあった?」

「…………」


 G45の質問にも答えないが、先程のように癇癪を起すわけでもなく、G45は視線を奥のテントへやり、静かにS08の言葉を待つ。


「……俺たちの部屋が襲われたらしい」

「この前もドア壊れてなかった?」

「それとは別だ」


 視線を見張りの方へやるS08に、見張りは首を横に振るしかできなかった。


 上官たちはともかく、下の隊員には、近くでヴェノリュシオンたちが壁の修復を行っているという情報しか降りてきていない。

 詳しい話は全く聞いていない。

 もちろん、駐屯地でヴェノリュシオンたちが狙われていることなど、知るはずもなかった。


 殺気を向けられようと、何も知らないことを弁明することなどできないのだから、もし襲われたのなら、手に握っている銃を撃つしかない。


 だが、S08の視線が一度、テントの方へ向くと、下に向き、小さく息をつくとともに、向けられた殺気が消えた。


「渡せそうな物やるから、こっちに来てくれ」


 ようやくテントから出てきた上官が、ヴェノリュシオンを連れていくと、見張りはようやく息を大きく吐き出した。


*****


 P03は、他のヴェノリュシオンに比べて、身体機能が高くないため、そう多くの仕事は任されていない。

 故に、昼間の周囲の警戒を担っていることが多かった。


「P03ですか?」


 だからこそ、一番にその隊員たちの接近に気が付いた。


「よかった。杉原二佐が、急ぎ力を借りたいということです。一緒に来ていただけますか?」

「えっと……マキノに言わないと」

「牧野軍曹ですね。承知しました」


 そう言うと、男はもう一人の男へ目をやり、すぐ頷いた男は、テントの方へ向かう。


「連絡は彼が行ってくれます。我々は急ぎ戻りましょう」


 P03の腕を掴み、奥に止めている車へ、速足に向かう男について行きながら、P03は不安気に一度振り返ったが、半ば引きずられるように森の奥へ消えていった。



「――――」


 ぞわりと背筋を走る悪寒に、T19は目を見開くと、瓦礫の上から飛び降り、地面に張り付くように鼻を近づける。


「T!? どうした!?」


 呼びかける牧野の声を無視し、微かに残る匂いが残る方向へ目をやる。


「Oちゃん!?」


 後ろから駆けつけてくるO12の足音を背に、匂いの残る方へ走り、そのタイヤの跡を見つけた。


「…………あれか?」


 O12の視界ですら、怪しいが微かに捉えられた深緑の影。

 自分たちが乗ってきた車に似ているが、形が少し違うようだ。


「今日は、風もあんまりないから、こっちで追えるよ」


 T19が、地面に這いながら、覚えるように匂いを確認していた。


「何があった!?」


 すぐに追いついてきた牧野たちへ、T19はP03が攫われたことを手身近に伝えれば、ふたりとも驚いたように目を見開いた。


「車種は」

「しゃ、しゅ……?」

「俺たちが乗ってたのと同じ車か?」

「いや……緑っぽい、色だったけど」


 舌打ちをする牧野に、T19はタイヤに目をやった。

 P03の感覚が途切れたのは、G45とS08にも伝わっているはずだ。

 あのふたりの事だ。すぐに血相を変えて飛んで戻ってくる。


「O。足手纏いこいつら置いといで、僕らだけでいくよ」

「待て。GとSの帰ってきてからにしろ」

「それじゃあ、追いつけないでしょ」

「追いつけるのか?」


 確かに、ヴェノリュシオンの身体機能は高い。

 整備されていない森の中でなら、車と同じ速度で走ることもできるだろう。


 だが、それはあくまで距離が離れていない場合においてだ。

 すでに距離があり、視力を強化されているO12の視界ではなく、T19の鼻で追おうとしているということは、既に彼らの足ですぐに追いつける距離にいないということ。

 ならば、多少の時間をかけてでも、準備を整えておいた方がいい。


 T19とO12よりも、短い時間で判断を下した牧野へ、T19は恨めしそうに睨むが、反対を口にしないということは、少なからず同意しているということだ。

 故に、牧野は言葉を続けた。


「Pがいないなら、お前ら通信手段がないんだろ。楸。こいつらについていけ」

「は!?」

「え」

「本当にいらない」

「ひどいな!?」

「諦めろ。こっちも、こいつじゃ役に立たん」

「どっちもひどい!!」


 立て続けにいらないと否定される楸だが、すぐに踵を返す牧野に、強く背中を叩かれる。


「散歩好きなら森歩きには慣れてるだろ」

「べっつに好きで歩いてるんじゃないんですけど!? だいたい、俺こいつら止められないですよ!?」

「外部機関への警告したことあるだろ」

「……あぁ。なるほど。了解です」


 車の方へ走る牧野を見送った後、楸はゆっくりとふたりへ視線を落とすと、


「じゃあ、よろしくね」


 そう笑って挨拶をした。

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