02

 その違和感に、牧野は車を止め、徒歩で駐屯地に向かっていた。

 結論として、その判断は正しかった。


「さて、どうしたもんかね……」


 久留米が居住区から戻ってきていないことはわかっていた。

 軍事施設の中核のほとんどは居住区内にあり、ヴェノリュシオンたちの処遇について根回しをするならば、しばらくは戻ってこられない。

 その間、想定される行為以上のことが無ければ、問題が無いよう、先に準備されていたが、どうやら久留米の予想を超えてしまったらしい。


 先程、見張りから送られた信号は、牧野へ危険を知らせるものだった。

 詳細な内容までは送られてこなかったが、牧野を確認した途端に、素早く短く送ってきた光信号を信じず、姿を現す方が愚策も愚策だ。

 牧野は、できるだけ情報を集められるよう、駐屯地に近くに潜伏していた。

 そうしてわかったのは、この駐屯地を管理している部隊が変わったということ。


「…………」


 久留米と敵対する尉官か。それとも、もっと上の権力者か。

 とにかく、ヴェノリュシオンへ危害を加える派閥であることに違いはない。


「表向きは、特に変わった様子はなし……秘密裏に片付けるつもりなのか……」


 相手の目的を探るにも、中にいる川窪などの今回の件に関わっている人間に確認をしたいところだ。


 しかし、先程の部下が送ってきた危険信号。

 おそらく、肉体変異の深度2の牧野の射殺を厭わない部隊がいることへの警告だろう。


「う゛ーん……参った……」


 今は待つしかないかと、牧野は息を殺して、潜伏を続けるのだった。


*****


「建物だ」


 O12の言葉に、いの一番に反応したのはG45で、次に反応したのはS08だった。

 走り出そうとしたG45の首根っこを抑えたS08は、そのまま楸の方に振り返る。


「…………ん!? ごめん、頭がついていってない!」


 一瞬の出来事に、正直に全く何が起きたのかわからないと告げる楸に、隠す気もなく舌打ちをしたS08に、楸はもう一度謝った。


「お前が言ったんだろ。まずは、自分が声をかけるって」

「……言った!! なに聞こえてたの? なら返事しろって~奥ゆかしいんだからぁ」

「あ゛?」

「ごめんなさい」


 頭に血がのぼって、こちらの話を聞いていなさそうだったが、意外にもS08は、こちらの言うことを聞いてくれるらしい。

 首根っこを押さえられているG45は、その限りではなさそうで、楸の方を一瞥すると、声を上げた。


「俺より弱いんだぞ!? 荷物全然持てないし!」

 

 自分の思い通りに行かない時の子供さながらの怒り方だが。


「筋肉の代わりに、脳に栄養がいってんのよ。Pちゃんと同じ」

「……Pの方が頭いいし」

「それはそう」


 G45は、不満そうにしながらも、S08に掴まれたまま地面に座り込む。

 ひとまず、G45も納得してくれたということだろうか。

 それを確認するにも、その言葉を口にしたら、「納得していない!」と怒り出すかもしれない。


「じゃあ、確認してくるから、隠れて待ってて。もしヤバそうだったら、合図するから、助けに来てね!」


 見た目が子供のヴェノリュシオンたちは、部隊としては姿を隠していてもらった方がいい。それに、攫った連中が、P03だけが目的ではなかった場合、彼らも狙われるかもしれない。

 彼らは草陰に隠れてもらい、楸だけが建物に近づく。

 すぐに警告音と共に、電気柵の上につけられているスピーカーから声が聞こえる。


『どのような用件でしょうか』

「この場所に施設があるという情報はなかったはずですが、認可の確認をさせていただけますか?」


 建物をぐるりと囲っている電気柵に銃火器の類は取り付けられていない。

 この程度の設備であれば、研究施設といったところだろう。


『少々お待ちください』


 いきなり撃たれる心配はなさそうだ。ただ相手が出てくることもないだろうが。

 ならば、ここから長々とした言い訳が始まるか、建物に引き入れて、攻撃されるか。

 自分の命を優先するなら、認可番号を確認できないのなら、さっさと警告して、ヴェノリュシオンたちを呼んでしまった方がいいか。


 自分のことながら、随分短絡的だと思うが、本来そんな難しいことを考えるタイプではないのだ。

 部隊を率いて部下の命を預かるなんてできないし、昇格はできるとも思っていない。

 そんな自分に任せるのだから、牧野だって短絡的な行為を取ることは想像していることだろう。

 なら、問題ないかとヴェノリュシオンたちの方へ、向き直ろうとした時、近づく車の音。


「誰だ貴様は。この辺りの警備部隊か?」


 軍用車の中から顔をのぞかせた軍人。階級章は、中尉。


 大人しく施設の中で隠れているのではなく、わざわざ声をかけてきたことや表情からして、これは楸に対する警告だ。

 下手な返答をすれば、自分の首が飛ぶ。


「特別遠征部隊618小隊 楸秋二等陸士であります」

「はっ! 遠足帰りか」


 鼻で笑う中尉に、楸も作り笑いを隠すこともなく、頷いた。


 ”特別遠征部隊”しかも600番台は、俗に言えば懲罰部隊と言われており、大なり小なり禁止事項を行った軍人が罰として、アウトサイドで任務を行う場合に送られる部隊だ。

 つまり、その部隊は掃き溜め部隊であり、上昇志向のあるエリート上官ほど、嘲りこそするが、詳しい部隊状況を知りたくもない嫌われ部隊だ。

 楸にとっては、すっかり慣れ親しんでいる名前であり、つい最近まで所属していたおかげで、近々に帰還予定の部隊名も把握している。

 数日のずれはあるが、アウトサイドからの帰還に数日は誤差であり、詳細に知らない人間からすれば、疑問に思うはずがない。


「遠足前の酒は欠かせませんから!」


 ハッハッハッと声に出して笑って見せれば、予想通り、嘲るような笑みで車の窓に手を掛け、見下ろされる。

 完全に下に見てバカにしているな。と、頬を吊り上げる。


「ですが、飲み過ぎたのか、少々催しまして……そしたら、妙な施設が見えたものですから」

「仕事熱心だな」

「えぇ! はい! 国のため、人々の安全のため、身を粉にして働かせて頂いております」


 歯が浮きそうな嘘ばかりな言葉に、中尉は呆れたように視線を逸らしたが、「ですので」と続ける楸に視線を戻した。


「そんな自分のために、清潔なトイレを貸して頂けたらと思います」


 あまりに自分勝手な理由で笑顔を向ける下卑たる男に、中尉は鼻で笑った。


「だそうだ。貸してやれ」

「感謝いたします! 中尉殿!」

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