03

 夜間の見張りは、基本的にヴェノリュシオンたちの誰かが担当している。

 お世辞にも、部隊として成り立っているとはいえない部隊であり、訓練されている兵士といえば、牧野か楸のどちらかのため、基本的な見張り業務は、ヴェノリュシオンたちに任せる他ない。


「……ねぇ。Oちゃん。なんか、小難しい話してくんない?」

「あ?」


 今晩の見張り担当であるO12は、毛布を掛けて寝たはずの楸の声に、眉を潜めた。

 基本的な見張りは、ヴェノリュシオンたちの誰かが担当するが、何か異常を発見した場合、監督役として付き添っている牧野か楸を起こし、判断することになっている。

 つまり、異常のない今は、監督役である楸は睡眠を取ることを重視しているはずだが、体をこちらに向けて、バッチリと目を開けている。


「いや、なんか目が冴えちゃって……でも、体は疲れてるから、絶対寝れんのよ。だから、睡眠の良い小難しい話をしてくんない?」

「…………」


 それを子供に求めるのかと言いたくなるが、「お願い」と腹立たしい表情をする楸に、相手をするのをやめた。


「ちょっ!? わかった! わかった! こうしよう。俺が質問するから、それに対して答えてくれ。それならいいだろ?」

「とっとと寝ろよ」

「言葉のキャッチボールして? ツッコミが冴えて寝れなくなっちまうだろ」

「チッ」


 素直に舌打ちをするO12の態度を諸共せず、楸は夜空を見上げながら、質問を考える。


「ん~じゃあ、一番仲のいい奴は?」


 最初だからと、難しくないはずの質問をしたはずだが、何の返事も返ってこない。


「…………一番気に入らない奴」

「……G」

「そこは素直に言うのな」


 別に好きな子を聞いているわけでもないのに、答えないのは、おそらく答えが気恥ずかしいからだ。


「Tは? よく一緒にいるじゃん」


 P03を除いて、O12がよく一緒にいるのは、T19が多い。

 正直、何を考えているかわからないT19は、あまり得意なタイプではない。


「アイツは……消去法」

「消去法……」


 S08とT19のどちらも、決して社交的な性格ではないが、素直に貶してくるか、変化球で貶してくるかの違いくらいで、大きな違いはない。

 何か決定的な違いでもあったかと聞けば、O12はゴミムシでも見るかのような目で、楸を見ろ降ろした。


「あのバケモンと同じにすんな」

「バケモン……」


 戦闘力に関しては、確かにG45に続いて高いが、そこまで言われるS08に、少し同情してしまう。


「一桁台で、まともなままでいる方がおかしいだろ」

「そうなの? Oちゃんの、えっと、一桁台? は会ったことあるの? お兄ちゃんみたいなもん?」

「……O型の3番までは、全身に眼球があった」


 物心ついた時に、全身に大量の眼球が並ぶ何かを、同じ型番のヴェノリュシオンだと認識はできなかった。

 だが、その後、人の形を保っていたはずの早く生まれたヴェノリュシオンたちが、研究員に投薬されるたびに、人の形を失っていく様子に、ようやくそれらが、自分たちの成れの果てだと知った。


 幸運だったのは、自分がO型の中で、最も新しい個体であり、投薬の数が少なかったことだ。

 だから、片目で済んだ。


「アイツらの区画の方、毒ガスが撒かれてたらしいが、モロに食らって暴れまわったんだぞ。バケモンだろ」


 研究室が安全装置として必ず備え付けている、実験動物が脱走しようとしたり、予想外の行動を起こした場合の緊急処置方法のひとつ。

 実験動物の生息区画全域を、無差別に殺処分するための処置。


「そりゃ、バケモンだわ」


 その処置が行われたとは聞いていないが、当時、G45が各区画の隔壁を破壊して、P03の元へ辿り着こうとしていたという。

 詳しい研究所の間取りを知っているわけではないが、そこまでの事件ならば、その緊急処置は、ヴェノリュシオンが生息していた区画全てが対象になりそうなものだ。


「……Tの奴が『やられる前にやっとけ☆』とか言ってた」

「そっちの方が怖いんだけど!?」


 どっちもどっちじゃないかと、つい上体を起こしてしまった。


 すっかり目が冴えてしまい、ため息を共に、火に薪をくべていると、O12がじっとどこかを見ていた。

 何かいたところで見えないだろうが、その方向が牧野たちの休むテントの方なので、反射的に目をやってしまう。

 テント以外に異常はない。


「なんかあった?」

「…………アイツらが、牧野のテントに入っていった」

「えー……ションベンくらい、パパに声かけなくていいのに」


 変異種がいたわけでもないならいいかと、焚火にもうひとつ薪をくべた。


*****


 何かの動く気配に、瞼を閉じたまま、布団の下に隠したライトと銃に触れ、一息と共に気配のする方へ向ける。

 直後、ライトを握っていた左腕は、抑え込まれ、無事だった右手に握られた銃を、自分の体へ馬乗りになっている小さな影へ向け、慌てて引き金から指を離した。


「G!?」


 G45だった。


「なにしてんだ。お前」


 危うく撃つところだった。


 以前に交わしたP03との約束もあるし、G45たちから襲われることはないと思っていたが、状況から絶対というわけではないらしい。

 しかし、夜中に、明らかに敵意を持って近づかれる覚えはない。

 最近は、わりと友好的に交流できていたつもりだったが、どこかで不興でも買ったかと、頭を巡らせる。


 G45は直情的で、もし何かあったのなら、その場で顔に出ているはずだ。

 だとすれば、牧野たちと別れてから、ここに来る直前までに、誰かにそそのかされたか。


「ん……?」


 視界の隅で、動いている姿がもうひとつ。

 体格からして、S08だろう。G45に抑えられているおかげで、ほとんど見えないが、何かを探しているようだ。


「……G。離せ」

「ダメ! このまま、寝てるだけでいいから!」

「馬乗りになられたままでいろっていうには、説明がなさ過ぎるだろ」

「え゛ぇ゛~……」

「えーじゃない。まずは口を動かして、会話しろって言ってんだろ」


 今のところ、右腕は自由だし、単純な力比べはともかく、体重差は大きい。

 ひっくり返そうと思えば、不可能ではない。


 しかし、目を泳がせているG45は、渋い表情をした後、S08に振り返った。


「やっぱり、マキノさんにお願いしてもらった方がよくない?」

「奪った方が早い」


 相変わらず、実力行使をするS08に、少し頭が痛くなるが、こういう時は決まって仲間、特にP03関係だ。わかりやすい。

 となれば、S08の奪い取りたい物というのは、想像に易い。


 ”飴”だ。

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