11話 呼び声
01
駐屯地では、給養員が食事を作っているが、外壁補修部隊は生食を当たり前に行うヴェノリュシオンたちと牧野と楸の二人。
ヴェノリュシオンたちは食材の調達を行っており、牧野は今作戦の部隊長。
必然的に、料理の担当は、楸が中心となっていた。
人数の都合上、役割に偏りが出るのは仕方がない。得手不得手など言っている余裕が全くない状況ということも理解している。
むしろ、自分でもおいしいとは思えない料理を文句も言わず、食べ切り、頼めば手伝ってくれるのだから、文句を言うべきは、こんな無茶苦茶な作戦を考えた久留米にだろう。
「牧野軍曹。折り入って頼みが」
「……どうした。改まって」
しかし、楸にはひとつだけ、牧野に物申したいことがあった。
「アイツらに生肉食うなって言ってください!!」
「すまん。再三言ってるんだ」
見た目がほとんど人間の子供と変わらないというのに、皮すら剥いでいないイノシシに噛みついて、肉を食いちぎる様は、ここ数日で見慣れるはずもなかった。
しかも、G45が食べた後に笑顔で無毒だと言うと、P03すら近づいて、ジャーキーでも食べるかのように食らい始めるのだ。常識が軽く揺らぐ。
「下処理を手伝わせた時も、血抜きで太い血管から息を吹き入れて、その辺真っ赤になるし」
「Tがキレてたやつか」
それ以降は、狩った場所で血抜きを行ってから、持って帰ってきている。
そういう意味では、G45が素直でよかったと本当に思う。
ただキャンプ地での食事量を見ている限り、狩りに出たヴェノリュシオンたちは、おそらくその場で食事を取っていると思われる量だ。
しかし、それを指摘しようにも、専門部隊がいない状況で担える食事量ではない。楸はまだ気づいていないようだし、知らないままでいてもらおう。
「つーか、アイツらは腹壊さないんですか?」
今回の作戦に参加するにあたり、ヴェノリュシオンたちの情報は大雑把に教わっていたが、それでも他の一般兵に毛が生えた程度の知識だ。
内容としては、G45の胃腸が最も強く、他のヴェノリュシオンたちの消化能力はそれ以下だが、自分たち人間よりはずっと強靭ということくらいだ。
「杉原曰く『腹を壊しにくい』だけらしい。推奨はしない。特に、Pは他に比べて変異が弱いから『食わせるな』だと」
「めっちゃ食べてましたけど」
「Gがオッケー出すとそうなんだよなぁ……」
こればかりは生まれてからの刷り込みだ。徐々に治していくしかない。
牧野が渋い顔で、クマを解体しながらつまみ食いをしているG45とO12に、生で食べるなと注意すれば、ふたりとも見つかったとばかりに、手に持った赤い肉を置き、お互いが悪いとジェスチャーしていた。
「都度都度注意してやってくれ。ただ、懲罰で飯抜きとかはなしな」
「いざという時、空腹で動けないは困りますもんね」
飯抜きにしたら、見えないところで生食する量が増えるだけだからだが、牧野は何も言わず、頷いておいた。
「おい。なにか、すぐに食えるものはないか?」
「育ち盛りかよ! ありませんからね! 果物だって、お前らがつまみ食いしてもうないんだから!」
突然やってきたS08に、楸はひどく歪んだ表情で返した。
こうして、彼らが食事を要求してくることは少なくない。最初こそ報告せず盗み取っていたが、報告するようになったら、それはそれで数が多かった。
毎日、日中には狩猟へ出ているが、正直蓄えに余裕があるわけではない。
だが、素直に「使えない」と舌打ちしながら吐き捨てるS08に、楸も苛ついた様子を全く隠す気のなかった。
「世のお母さんの苛立ちがわかった気がする……!! Pちゃんみたいに大人しく座って待ってろ! つか、手伝え!」
だいぶ片付けられた瓦礫のひとつに腰掛けているP03を見習えと文句を言えば、牧野が何かに気が付いたように、ポケットを探りだした。
「もしかして、Pのか?」
頷くS08に、牧野はポケットから取り出した飴玉をひとつ渡した。
その様子に、楸は呆れたように牧野へ目をやる。
「完全に娘に甘いパパですよ」
「違う。Pは性質的に、低血糖になりやすいらしい」
以前、牧野がP03の能力を共有した時に、起こした低血糖。
その原因は、牧野の脳が、
変異させられたのが大脳故の情報処理能力だが、結果としてP03の脳は、大量の糖を必要としており、大人顔負けの食事量の消費先のほとんどは脳だ。
他のヴェノリュシオンたちは、狩猟ついでに隠れて、足りない食事を補っているだろうが、P03は戦闘向きではないため、基本的にキャンプにいる。
それ故、飢餓状態に陥りやすく、低血糖を起こしやすい状態になっていた。
外壁補修の任務を言い渡された際に、杉原や橋口は、P03が飢餓状態へ陥る可能性を危惧し、牧野へ大量の飴を渡していた。
もちろん、他のヴェノリュシオンたちには、気付かれないようにこっそりだ。
「…………実は、俺も低血糖で」
楸の言葉に、視線すら向けず、聞き返す牧野に、楸は「なんでもないです」としか答えることしかできなかった。
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