04

 テントなどの必要な物品の設営を行いながら、楸は崩れた瓦礫を積み上げているヴェノリュシオンたちに目をやった。

 G45だけではない。P03を除く、全員が自分たちの体程のサイズがある瓦礫を持ち上げては、積み上げている。

 生物として、根本から違うことを見せつけられている気分だ。


「あの連中、壁の外は、変異種がうじゃうじゃいるとか言ってたくせに、嘘じゃん」


 研究所の人間から、この壁の外には危険な変異種が大量にいると聞いていた。

 だが、見渡す限り壁の向こう側も大きく景色に違いはないし、匂いだって大きく差はない。


「これさぁ、僕たちが、急いで壁を直す必要とかある?」

「だったら、無視してればよかっただろ」

「まぁ、そうなんだけどさぁ」


 S08の言葉に、T19は大袈裟にため息をつくと、また瓦礫をひとつ積み上げた。


「さすがのSでも、ずっと寝ないのはカワイソーだし? 僕に感謝しなよ」

「何の話だ」

「しらばっくれちゃって」


 夜の見張りに、昼間の狩猟と壁の応急処置。

 ヴェノリュシオンたちの得手不得手は顕著なもので、担当になったところで意味がない個体も存在する。


 例えば、夜の見張りに、G45は不向きだ。索敵が苦手なG45が、索敵能力を最も必要とする見張りに付いたところで、誰も安心して寝れはしない。

 だが、日中の狩猟と壁の応急処置という力仕事であれば、その能力を最大限に生かせる。

 研究所にいた時ですら、彼らは彼らなりに、それぞれの能力を使って生き延びていた。

 故に、S08が今回の任務で、最もどこにでも配置できる存在であることを理解していた。


「アレ!? O、何もってんの!?」

「ライフル」


 騒がしいG45の声に、目をやれば、O12の手元には確かにライフルが握られていた。

 しかも、自慢げに少し顎を上げている。


「俺も! 俺も欲しい!」

「おもちゃじゃねェんだ。欲しいでやれるか」

「ずーるーいー!! こいつ、一番何もやってないじゃん!!」

「ハッ! お前がバカ力でなんでも壊すからだろ」

「お前も煽るな」


 隙あらばG45をバカにするO12を注意しながら、今にも殴りかかりそうなG45を宥める牧野は、こちらをじっと見つめるT19とS08の視線に苦虫を潰したように渋い顔をした。


「銃の使い方を教える? アイツらにですか?」


 牧野の説明を聞き、楸だ驚いたように聞き返す。

 強大で狂暴な変異種に対して、人類が今まで生きてこられたのは、偏に銃火器によるものだ。武器は変異種に対する人類のアドバンテージだ。

 ヴェノリュシオンたちに銃の使い方を教えるということは、そのアドバンテージを捨てるということ。

 部隊として自由行動を許す以上の危険な行為のはず。簡単に許可が出るとは思えない。


「大穴の開いた壁付近に、人はほとんど来ないしな」

「つまり、許可は出ていないと……」


 案の定、ヴェノリュシオンたちに武器の扱いを教えるのは、未だに賛否が分かれているらしい。


「以前みたいな、周りを巻き込む無茶苦茶な戦い方をされるなら、ちゃんと教えた方が安全だしな。お前は反対か?」


 結果、自分たちが不利益になろうとも。

 見た目が子供だからだろうか、それとも過ごした時間だろうか。牧野が彼らに置く信用は、楸たちとは異なる。


 楸は、少しだけ目尻の下がった牧野を見つめると、何とも言えない声を出した。


「というより、この前、対物ライフル使って肩痛めてたんですよ? もう少し体ができてからでもいいと思います」

「………………痛めてた? 肩?」


 知らなかったのかと、O12へ目をやれば、ひどく睨まれた。何だったら、手に持ったライフルをこちらに向けてきそうだった。


「おまっ……! そういうことは、ちゃんと報告しろ!」

「治った」

「怪我はしてたんだろ! さては、Pも気づいてたな?」

「んっ……そんなにひどい傷じゃなかったよ?」


 自分に関係ないと油断してたのか、少しだけ驚いたように肩を震わせると、P03は不思議そうに首を傾げた。


 彼らにとって些細なことでも、自分たちにとっては重大なことである可能性もあるし、なにより怪我についての報告は、後々ダメージが出てくる場合もあり、より注意する必要がある。

 その辺り、気が付きやすいのは、治癒の能力を持つP03だ。あとでしっかり説明して、報告させるようにするべきだろう。


「…………」


 報告の重要性について教えるのは一旦置いといて、ライフルを離さないとばかりに握りしめるO12を、しばらく牧野はじっと見降ろすと、大きくため息をついた。


「痛みっていうのは、骨まで痛めたわけじゃないな?」

「ちょっと青く――」


 牧野の質問に答えるP03に、O12が駆け寄ると、その口を塞ぐ。

 そして、そっと手を離せば、また答えようとするP03に慌てて、また手を口に当てた。


 ちゃんと報告は聞きたいが、こうなってはO12が別の場所にいない限り話は聞けそうにない。

 加えて、O12を弄れるとばかりに、足音を潜めて近づいてきているT19の襟を掴み上げる。


「…………なら、弾数制限を付ける」


 すぐに治る程度の怪我であるなら、弾数に制限を設ければ、大事にはならないだろう。

 それこそ、大抵のケガは、P03が治すことができる。


「使い方教えるついでに、今日の食料探しに行ってくる。何かあれば、楸に言うように」


 不満そうに文句を言うG45を無視し、流れ弾が当たらないように少し離れた場所へO12と共に向かった。

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