03

 変異種討伐から5日。

 楸は、車を運転していた。


「なぁんでぇ!!」


 頭を抱えたくなる衝動を抑えながら、ボヤく楸の背中に、シート越しに伝わる小さな衝撃。


「俺も外出たい!」

「危ないから……って、まぁ、平気なのか?」


 G45に限らず、S08とT19は車の上にいる。

 索敵目的ではあるが、やはり走行する車の上にいるというのは、落ちる危険がある。


 しかし、ヴェノリュシオンたち、とりわけG45の身体能力は高い。そうそう落ちそうにないし、なにより落ちたところで、走って追いつけそうだ。


「喧嘩するからダメ」


 だが、助手席に座る牧野が許可しなかった。


「あと少しで着くから、大人しくしてろ」


 外に出たいとばかりに、不満そうなG45ではあったが、P03に袖を引かれれば、大人しく座席に座った。


 立涌によって、ヴェノリュシオンたちの部屋が破壊されたこともあり、駐屯地内では、ヴェノリュシオンたちを少々持て余していた。

 今回の彼らの行動によって、助けられた隊員たちは、既に鍵や監視について必要性を感じていなくなっていたが、医務室で彼らを寝泊まりさせるのは、杉原から許可が下りなかった。

 理由は単純なもので、貴重な物も多い医務室で暴れられたら困るからだ。


 他に、外から鍵を掛けられる部屋がないわけではないが、久留米はちょうどいいとばかりに、ヴェノリュシオンたちに新しい任務を出したのだった。


「壁の応急処置と外敵の侵入の監視および排除って、どう考えても人数が足りないですよね」

「元々足りてないんだよ」


 セーフ区画の壁の応急処置。それに加えて、壁の修理している間、壁の外から変異種たちが入ってこないかの監視。それが、ヴェノリュシオンたちの新たな任務だった。

 狩猟とは異なり、監視となれば、24時間対応する必要がある上に、外壁の修理も課せられているとは、厄介払いを踏まえているとはいえ、7人に任せるには大分難儀な任務だ。


「牧野軍曹も病み上がりでしょ? 野宿って、キツイですよ」


 牧野が倒れていたこともあり、昨日まで杉原のドクターストップが掛けられていたが、体に異常がないことをはっきりすれば、さっそく遠征だ。

 アウトサイドよりは幾分かマシであろうが、駐屯地で他の誰かの目があるわけではない。

 不可抗力にも、アウトサイドの遠征に慣れてしまっている楸が心配すれば、牧野は大丈夫だとため息交じりに返した。


「正直、俺よりもお前らの方が心配だよ。野宿経験ないだろ」


 牧野が鏡越しに目をやったのは、P03たち。

 研究所の破壊後、彼らは確かに無人の研究所で数日過ごしていたが、あくまで研究所内での話だ。

 食料調達はともかく、あくまで建物の中の話。危険度が違う。


 夜間の周囲の監視役に、日中は食料調達と壁の修繕。

 能力ごとにローテーションを組むにしても、しばらくはまともに休めることはないだろう。


「道具もすぐに手に入るわけじゃないから、乱暴に扱わない。いいな?」

「だってよ」

「う゛……」


 一番物を壊すG45が、何か言いたそうにO12へ目をやったが、何も言えず口を噤んだ。


 程なく辿り着いたセーフ区画の壁は、ものの見事に破壊されていた。

 あの巨大な変異種仕業とすれば、納得できる被害の大きさだ。


「これ、俺たちだけで応急処置するんですか?」

「石を積み上げておくだけでも、動物除けとしては効果があるらしい」


 どう考えても、ヴェノリュシオン頼りの作戦だ。

 肝心な壁を補強する材料は、周りに元壁だった瓦礫が散らばっている。これを積み直すことになる。


「…………」

「なんだ?」

「レーションの数的に、3、4日の任務かと」

「食料事情を解決した連中がいるんだぞ。レーションは緊急事態用だ」

「………………マジか」

「文句が多い奴だな」

「上官にいきなり指名されて文句が無い方が少ないっての」


 いつものように畑仕事に勤しんでいた視界に、久留米少尉が音もなく現れれば、情けない悲鳴を上げたくなる。

 実際に、楸も上げた。


「これ、どこに置けばいいのー?」

「それは……あ、こっち持ってきて!」


 テントなどの物品を下していたG45が抱えていたのは、小さなリュックだった。

 遠征用に支給されている物品ではないリュックに、牧野も少しだけ眉を潜めた。


「違います」

「何も行ってないぞ」

「今、酒とか盗んできたんじゃないかって顔してました。そして、違います!!」


 前科が多すぎて、疑うことしかできないのだが、彼曰く、断じて違うらしい。


 G45以外にも、それぞれ荷物や周囲の警戒を行っていたヴェノリュシオンたちを呼び集め、そのリュックの中身を開く。

 中に入っていたのは、衣服だった。


「さすがに、壁付近での遠征任務で、ろくな装備なしってのはかわいそうだって渡されたんですよ」


 軍人には年齢制限が設けられており、子供用の制服は存在しない。

 そのため、彼らの靴だって登山靴のような少し丈夫な靴程度であり、服は正直変異種がいる森に出ていくとは思えないほどの軽微なものだ。


 いまだ、ヴェノリュシオンたちの待遇は、難しいところがあり、大っぴらに彼らを強化するような装備を渡すことはできない。

 だが、彼らに助けられた数名が、せめてこれくらいはと、サイズの調整しやすい装備をいくつか、こっそり楸に持たせてくれていた。


「襟巻は、全員分ありそうだな。他は……バラバラ……」


 5人分が揃っている装備の方が少ないかもしれない。

 こうなると、装備の取り合いで喧嘩が起きるかもしれないと、物品を確認しながら、楸がこっそりヴェノリュシオンたちを観察するが、案外大人しいものだった。


 肉体そのものが強い故か、自分たちのように、この程度の装備で生存率が変わるなどという危機感はないのかもしれない。

 実際、研究所ではもっと簡易的な衣服であり、今までだって変異種の狩猟は軽装でできていたのだし。


「まぁ、実動部隊が使うとかで、交換すればなんとか――」

「それはやだ」


 きれいに揃った4人の言葉に、楸は静かに口を閉じた。

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