05
変異種の特徴的な大きな触角が地中から飛び出してくると同時に、その触角は小さな手に掴まれる。
「捕まえた!! G! 手伝え!!」
掴まれたことに気が付いた変異種が地中へ戻ろうと暴れるが、もうひとつ現れた小さな手がそれを抑える。
「このまま引っ張り出す!」
もう一匹が現れる前に、捕まえたこの一匹だけでも倒してしまいたいと、S08とG45が掴んだ変異種を地中から引っ張り出そうと、踏ん張る。
変異種を地中から引っ張り出そうとする様子を電波塔の上から覗き込んでいたT19は、そのふたりのバカ力に呆れながらも、じわりと引き抜かれている変異種の事を見つめていた。
もう少し、もう少しと、徐々にその大きな体を地上に現す変異種が、電波塔の近くまで体を晒したその時だ。
破壊されて曲がっていた電波塔の先端に上ると、予め破壊しておいたボルトと柱に全体重で負荷をかけて、先端を傾ける。
壊れかけている柱に、傾いた先端の重量が不安定にかかり、破壊が連鎖し、先端の細く尖った柱部分が変異種へ向かって落ちていく。
「S! 上っ! 上っ!」
「分かってる!!」
最初から、T19が電波塔で何かをしているとは思っていたが、自分たちごと巻き込みかねないことをしているとは思わなかった。
「ふたり共、逃がさないでね~」
「「ふざけんな!!」」
今ここで、手を離せば、せっかくのT19の作戦は失敗するかもしれない。
だが、このままでは、G45とS08が巻き込まれるかもしれない。
川窪も牧野も、逃げろと叫ぶが、その声は瓦礫の音に掻き消された。
「よしっ作戦通り」
電波塔だったものは、T19の狙い通り、変異種の外皮を突き破り、地面と変異種を縫い留めた。
その様子を満足気に見下ろすT19は、まだ足を動かし、生きていることをアピールする変異種に口端を下げたが、そっとその奥の顔部分の触角を握りしめているふたりの影に目をやり、逸らした。
表情も匂いも無くてもわかる。
”激怒”だ。
「あとは任せた」と、口には出さず、伝わっているであろう感情をP03へ向けておいた。
変異種に突き刺さった瓦礫の上で、明らかに増えた怒りの匂いに、どこに逃げたものかと考えていれば、ハッキリと聞こえた鈍い何かの殻が砕けるような音。
「…………マジか」
そっと目をやれば、先程まで割れていなかったはずの変異種の外皮を握りつぶしているS08と、顔を持ち上げた変異種の頭を握っているG45の姿。
その指先がめり込んでいるような気がするのは、気のせいだと思いたい。
「ゴリラの遺伝子で突っ込まれてんのかよ」
こちらに向けられている殺気は、一歩でも動いたら、ふたりして追いかけてきそうな勢いだ。しかし、G45は静かな睨み合いなどするタイプではない。すぐに感情を爆発させてくるはずだ。
よし逃げよう。
単純思考のG45から逃げるのは難しくない。問題は、S08も殺気を向けていることだ。半ば自棄に逃げることを決めたその時だ。
地面が大きく揺れ、現れたもう一匹の変異種。
「ナイスタイミング!」
今だと、T19が動くのと同時に、G45も腕から伝わる煩わしい感触に、既に爆発していた感情がさらに大きく爆発し、握りしめた硬いそれを引きちぎった。
「うるせェッッ!!!!」
むしり取られた変異種の頭を、体を出した変異種に投げつけた。
頭を投げつけられた変異種は、苦し気に体を捻らせたが、すぐにG45へ襲い掛かり、寸のところでG45が両手で掴み抑える。
いくら、T19への怒りで力が強くなっているとはいえ、本来引きずられるほどの力の差があったのだ。少しずつG45へ、噛みつこうとする顎が近づいてくる。
「んなろォォオオッ!!!」
雄たけびを上げながら、自らも口を大きく開くG45の目の前で、その変異種の頭は弾けた。
*****
生きているかも死んでいるかもわからない人の中に見つけた大きなライフルに、楸は駆け寄り拾い上げる。
スコープ部分は壊れているようだが、ライフルそのものは壊れていないようだ。
「あった! Oぉぉおお……?」
急いで戻ろうと担ごうとしたところで、O12はひったくるように対物ライフルを奪い、以前使っていた人間のように、見よう見まねで構えた。
「スコープが壊れてるから近づかないと……!!」
「俺は視覚改良型だ。このくらい見える」
曇天の森の中は薄暗く、楸の目には1キロ先の様子は見えない。
だが、O12の目には、変異種に落下する電波塔の様子まではっきりと見えていた。
むしろ、変異種が追って来ていない、ゆっくりと狙えるこの場所は、O12には好都合だった。
「このまま、これを引けばいいんだろ」
「セーフティ……っていうか、地面に置いて撃つやつ」
「地面に置いたら見えねぇだろ。いくら俺でも物があったら見えねぇよ」
「肩砕けるから!!」
本来、戦車などを撃つための装備だ。銃弾を撃ちだす衝撃は大きく、子供の体では立射しては照準どころか体を痛める。
だが、O12は楸の言葉を聞かず、森の奥を睨んでいた。
「ちょっ……! 人の言うこと少しは聞――」
「Gに泣きついといてうるせぇな。アイツは異常だが、元は俺たちと同じだ。お前らとは体の構造が違う」
確かに、見た目は子供だが、その力は明らかに楸たちとは違う。
それこそ、大の大人がふたり掛かりで運ぶような荷物をひとりで軽々を運んでしまう程度には、ヴェノリュシオンたちの力は強い。自分たちと同じように考えるのが間違っている。
「それに、この程度できなきゃ、アイツらに笑われる」
非力で、薬物への耐性もなく、秀でていた目の片方を奪われた自分など、少し運が良かっただけだ。
吐き出すように呟かれたO12の言葉に、楸はじっとO12を見下ろすと、ライフルの安全装置へ手を掛けた。
「とにかく、ちゃんと支えて。撃つ瞬間に少しでもブレたら、全然違う場所に当たるから」
少しでも支えになるかと、O12の体を支えると、少し嫌そうな表情で振り返られたが、諦めたように森の奥へ視線を戻す。
自分にはどういう状況かはわからないが、もう祈るしかないと、いつ来るかもわからないタイミングを待っていれば、その瞬間はあっさりと強い衝撃と共に訪れた。
「…………当たった?」
耳に残る反響が消えた頃、そっとO12に問いかければ、皆まで言うなとばかりの満足気な表情が返ってきた。
「ヨッシャーっ! スゲーよ! O!」
O12を抱えて喜ぶ楸に、困惑して硬直するO12は、ひとしきり喜ばれた後に地面に下された。
「もう一匹は?」
「向こうで倒したらしい」
「マジ!? じゃあ、俺ら助かったの!?」
嬉しそうに表情を綻ばせる楸は、周りにいる隊員たちへ一度目をやるが、運ぶにも楸とO12だけでは難しい。
一度川窪たちの部隊と合流しようと、視線をO12へ戻せば、肩を撫でているO12。
「……やっぱ肩痛めてんじゃん!! あーもう……今冷やすのないから、一度戻ろう。ね?」
今度は有無を言わさず、痛めていない方の腕を掴み、O12と共に森の中を戻るのだった。
O12たちが電波塔のところまで戻ると、O12が言った通り、大きな変異種の死骸がふたつ並んでいた。本当に倒してしまったのかと、楸が感心していたのも束の間、そのヴェノリュシオンたちはといえば、掴み合いの喧嘩をしていた。
「あー!! O! お前、ワザと俺の頭の近く狙っただろ!」
「頭を掴んでるお前が悪い」
「ハァ!?」
「そうだそうだー! 急所狙ってるんだから、頭なんか掴んでたら巻き込むに決まって――にぎゃぁッ!! 摘まむな! 捻るな! 陰湿なんだよ!」
「お前に言われたくない」
子供のような、ある意味仲つつまじい喧嘩を、止められるわけもないので殴り合いになり始めたら川窪を呼ぼうと、巻き込まれないように遠巻きに眺めていれば、突然四人が何かに殴られたかのように頭を下げた。
その異常な動きに、川窪も驚いたように周囲を確認するが、物音も変異種の気配もない。
しかし、揃って耳を抑えるような仕草をする様子に、さすがに楸も駆け寄る。
「マキノさんが、倒れた……?」
何があったのか問いかける前に、G45の戸惑ったような呟きが聞こえた。
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