04

 鮮明に見えすぎる景色に、頭痛がするほどの複雑で強烈な匂い。直接触れられているかと錯覚するような大量の音。

 急激に増え過ぎたそれらの情報を強制的に受信させられ、まともに情報処理ができず、牧野はしばらく脂汗をかくことしかできなかった。

 だが、徐々に目を開き始めると、有り余る情報を整理していく。


「ありがとな。P」


 目を開ければ、P03が心配そうにこちらを見ていた。

 増えた情報に押しつぶされそうになった時に比べて、圧倒的に少なくなっている情報に、P03が少し調整してくれていたのは察せた。

 それでも、十二分な程の情報量だ。

 これが彼らの感じている世界だと思えば、普段の自分たちがどれほど見えていないかと、嫌になってしまう。


 そして、これらの情報を手に入れられるにも関わらず、その使い方を知らない彼らも。


「戻る……?」

「いや、お前たちが信用してくれたんだ。その役目くらいさせてくれ」


 無知は罪ではない。それが子供であるなら、なおさら。


 情報の使い方など、誰かが教えてやればいい。

 それが、自分の役目というだけ。


 ようやく掴めてきた感覚を整理していけば、すぐに感じた違和感。


「さっきみたいに、空に飛ぶのはどうやるんだ?」

「? ふわっとできるよ?」


 気が付けば、牧野たちは地面に立っていて、先程のように空から俯瞰したいと頼めば、P03がくるりと空中で逆さまに漂う。

 あまりに不思議な光景だが、ここは夢のような世界だ。重力を感じる必要などないのかもしれない。

 そう思い込むが、P03のように、牧野の足が宙に浮くことはなかった。


「連れて行ってあげる」


 差し出される手を掴めば、ふわりと地面から足が浮き、牧野も空に浮かんでいた。


「離したら落ちるだろな……」

「大丈夫だよ。ちゃんと掴んでてあげるから」

「心強いよ」


 強く握られる手を感じながら、戦っている様子を空から見下ろせば、興奮している巨大な赤が地面の下を動いている。

 音、匂い、感情が合わさり、地中の変異種の動きを予測できる程度には視えた。


 なにより、楸とO12を襲い、地上に出た変異種は、G45とS08にひっくり返され、その体が全て地上に出た時ですら、地中の赤は存在していた。


「―――― 2匹いる」


 作戦室で変異種の行動を確認していた時から既に違和感はあった。

 変異種が2匹同時に現れる可能性は、決してゼロではないが、確率としては機械の誤作動よりもずっと低い。なにより、複数の変異種が同時に現れたなど、想像したくない。


 だが、目の前の赤いふたつの存在が意味するのは、壁の異常も誤作動ではないということだ。


「…………」


 1体はセーフ区画内で自然発生し、部隊を壊滅させながら移動し、電波塔で部隊と交戦。

 もう一方は、セーフ区画外で発生、壁を破壊し、電波塔を破壊し、部隊と交戦。


「ここで倒さないとマズいな」

「?」


 どちらがどのルートを通った変異種かはわからない。

 だが、一方は、可能性がある。

 理由はわからない。だが、変異種や動物が嫌がると言われている人工物に好んで近づくというだけで、危険であることに変わりない。故に、その危険な変異種だけは倒さなければいけない。


「2匹ぃ? それ、囮で何とかならなくない?」


 最も力の強いG45が引きずられる力の強さなのだ。囮になった兵士たちを狙った変異種を襲うにも、2匹が同時に来たら抑えきれない。

 いっそ兵士は諦めるかと、T19が開き直るのも無理はなかったが、ふと離れて行っているO12の匂いに、目を細めた。


 楸はO12に半ば引きずられるように連れ出されながら、森の中を走っていた。


「ちょちょっ!? 勝手に離れてよかったの!?」

「うるせぇ。とっとと、”対物ライフル”とやらの場所を教えろ」


 変異種が1匹だろうが、2匹だろうが、O12にとってはどうでもよかった。

 重要なのは、自分の力では、あの変異種に傷を負わせることができないということだ。012は、P03を除いたヴェノリュシオンたちの中で、最も非力だ。

 だが、最も目は良い。


 変異種に襲われかけた時に、楸が撃った銃弾は確かに、変異種の外皮に傷をつけていた。

 自分たちよりも非力な人間が作った、変異種を殺す武器は、自分の力よりずっと強い。そして、楸の言葉は、彼が使った拳銃よりも対物ライフルの方が威力がある事の証明でもある。


「傷? できてたの?」

「信じられねぇなら、囮になってろ」

「か、かわいくない……!! だいたい、俺がいなかったら、車の場所が分かんなくて連れてきたくせに!」

「じゃあ、置いていく」

「嘘嘘!! 冗談! 置いてかないで!」


 本気で置いていこうとしているのか、掴んでいた腕を離すO12に慌てて自分から手を掴み走る楸を一瞥すると、少しだけ走りやすそうな道を選び走った。


 その頃、川窪は予定通り囮として、変異種を挑発していた。


「発砲はするな! ヴェノリュシオンたちに当たる!!」

「誤射したいんじゃなくて?」

「協力すると言っただろ」


 部隊からの攻撃が無ければ、G45たちが止められなければ、川窪は確実に変異種に襲われる。例え止められたとしても、もう一匹が出てくれば、手が足りなくなる。

 それでも、ヴェノリュシオンを信じると言い切った川窪に、T19は目を細めた。


「じゃあ、がんばってください」

「は?」


 T19は、笑顔を向けると、壊れた電波塔の方へ駆けて行った。

 その意図を考える間もなく、足から伝わる地面の揺れ。変異種が近づいてきている。

 伝わってくる振動を感じながら、すぐに動けるように集中し、ギリギリまで変異種を引き寄せた後、後ろに跳んだ。

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