02
今に始まった事ではないが、警戒をS08に任せ、牧野への嫌がらせを優先させるO12とT19には、困ったものだ。
それだけ、彼らが牧野へ心を開きだしているということなのだろう。
牧野の声色も、最初に比べてずっと柔らかくなっている。
「Sも混ざっていいんだよ?」
「断る」
隣に座り、果物の皮を剥こうとしているP03が首を傾げながら尋ねるが、すごい勢いで拒否された。
「マキノのこと、嫌い?」
「…………嫌い、ではない。けど」
人間は笑って、自分たちを傷つける。
指先の動きひとつ観察され、行動の自由はない。
自分たちの行いひとつ責任を取らず、邪魔で、用済みなら喜びも落胆もなく、ただ廃棄する。
最初から興味なんてなかったように。
「…………」
夜、少し騒がしくなるたびに、耳を覆うように掛けられる布団を思い出しては、視線を逸らす。
そこには、手を震わせながらもビクともしない果実の皮と戦うP03の姿。
先程、G45が同じ果実を割って食べていたはずだが、どうやら軽々と割っていた果実は、P03にとって硬い代物だったらしい。
手を出せば、P03も無言でそれを手に乗せてくる。
「ふんっ……」
結構硬かったと思いながら、果実を割れば、果汁が溢れて、零れ落ちていく。
「これ、この水は飲むのか?」
割った衝撃で半分ほど流れ出てしまったが、果実の中身はほとんどが空洞だ。食べられそうな部分は少ない。
「周りも食べれたって」
「……たぶん、俺でも齧れないぞ……これ」
「だよね」
この硬い皮を噛み砕けるのはG45くらいだろう。
ふたりは、辛うじて食べられそうな白い部分を指でひっかいてみるが、外皮よりも少しだけ柔らかいというくらいで、大人しくほんのりと甘みを感じる果汁を口に含む。
腹の足しにならなくても、何も加工をせずに飲める水は貴重だ。持ち運べて、素手で割れるし、牧野も喜ぶかもしれない。
「…………」
つい頭に過ってしまったことに、果汁を飲み込む喉を止めてしまう。
「Sってば、真面目」
「なっ……!? これは仕事だろ!? だから……その……」
人間に有用な動植物を報告するのは、当たり前。
だから、これを牧野に伝えるのは、決して間違っていない。
何故か、向こうでは、G45たちが牧野に虫を食べさせようとして、断られているし、絶対にこちらの果実の方が喜ぶ。
牧野は自分たちと異なり、動物に関しては必ず加工をする。植物も洗いたがるし、例外なのが、こういった果実だ。
「俺は見張りをしてるから、Pが伝えてきてくれ」
まだ残っている果汁をP03へ差し出す。
心が読めなくたってわかる。いつも夢の中だけでしか会えなかったP03の表情が、ここ数日間、本当に嬉しそうなのくらい。
理不尽で、苦しい思いなど、もうしなくていいのだから。
それをもたらしたのは、あの男だ。
無感情の声ではない声を出す、牧野だから。
「マキノー!」
隣で牧野へ手を振るP03に、重く巡っていた思考が掻き消される。
「どうした? って、ちょっと待て。こいつら、どうにかしてからな!!」
虫はいないようだが、三人にしがみつかれている牧野は、何故だとばかりに表情を引きつらせながら、諦めて三人を引きずりながら、こちらに歩いてきた。
「ココナッツみたいなものか……? 東京に? まぁ、植物園とかならあったのか……」
先程の果汁を口につける牧野は、予想通りいくつかサンプルを持ち帰りたいと、頭ほどの大きさがある果実を変異種の死体に乗せる。
「周り食べないの?」
「ココナッツなら食べられるんだろうが、歯が折れそう……」
「ふーん……」
牧野が割れたそれを確認していれば、その隣でものすごい音を立てながら果実を噛み砕いているG45へ目を向け、そっと中身が空になった果実をT19へ渡し、叩き落とされた。
G45が特別な顎を持っているのだと、何故か責められているG45がその果実を構えて、また喧嘩が始まりそうな気配に、牧野が止めようとした時だ。
全員が、一斉に同じ方向へ目をやった。
「?」
遅れながら、牧野も同じ方向へ目をやるが、何もいないし、何も聞こえない。
だが、五人の様子は、何かに警戒するように、じっと森の奥を見つめていて、声をかけることすら憚れた。
音を立てないように、じっと待っていれば、ゆっくりと警戒が解かれていく。
「O見えたか?」
「いや、ほとんど見えなかった」
地面を這っているようで、低い木々の間に姿のほとんどが見えなかった。
体の大きさすら、はっきりと捉えられたわけではない。音も周囲の枝を折る音や地面を這う音だけだ。大型であろうということしかわからない。
「匂いは強くないけど、ギリ追えると思いますよ。どうします?」
T19が牧野を見上げながら確認する。
変異種の狩猟に関して、最終的な判断は牧野に任せられており、今のところ、小型の変異種だけを狙うようにしている。
体の大きさというものは、直接的に力の強さに結び付く。故に、彼らよりも明らかに大きな個体は避けていた。
「今、そいつはいないのか?」
「音は遠ざかってます。妙な音だが、おそらく誘っているわけではないかと」
「そうか」
セーフ区画に巨大な変異種はいない。だからか、今までヴェノリュシオンたちが、ここまで明らかに警戒したことはなかった。
だからこそ、さきほどの様子は注意すべき変異種であることを示していた。
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