03
先程まで、その変異種がいたであろう場所には、雨でぬかるんだ地面に大きな何かが地面を這った跡。
匂いを確認しようとしているのか、溝の近くで屈むT19は、何とも微妙そうな表情をしている。
「追いかける? 他の人に会ったら危ないよ」
G45の問いかけに、牧野はすぐに首を横に振った。
変異種狩りも、他の部隊が行うより圧倒的なコスパが良い位には、彼らは強い。
今なら、巨大な変異種を追いかけ、奇襲することもできる。だが、成功率は不明だ。
「いや、戻る」
不利な賭けはしたくない。
牧野の方を見つめる彼らに、狩りと調査を一旦中止し、駐屯地に戻ることを伝えれば、その変異種がいるであろう方向に向けていた体をこちらに向けた。
少し急ぎ足で戻れば、駐屯地は騒ぎになっていた。
「牧野軍曹!! 無事でしたか!!」
駆け寄ってきた部下は、牧野とヴェノリュシオンたちにも目をやり、安心したように息を吐いた。
だが、彼以外は、どこか怯えたように、人混みの中であっても妙に人がいない場所を見つめていた。
「何があった」
その独特な雰囲気と視線は、嫌というほど見慣れていた。
「変異種に襲われた部隊の二人が戻ってきました。今は医務室に」
「生きてるのか? 他の部隊の奴らは?」
「……二人は、生きています。今のところは。他は、不明です」
もし、二人以外の部隊の人間が生きているなら、急ぎ救助に向かいたいが、不明点が多くては、部隊を編成するのも難しいだろう。
一瞬、ヴェノリュシオンたちに目をやったが、すぐに視線を戻す。
「話は聞けそうだったか?」
「一人は、なんとか……」
「わかった。俺は医務室に行ってくる。お前ら、先に部屋に戻ってろ」
話を聞けるなら、生きている仲間の可能性についても聞けるかもしれない。
もし、生きている可能性が高いと確認できれば、ヴェノリュシオンたちの手を借りれば、助けられるかもしれない。
そのためにも、まずは生存について確証が欲しい。
医務室の近くは、慌ただしく部隊の人間が走り回っていた。
手術室の前で手当てを受けている男も、決して軽傷ではない。だが、彼が話せそうなひとりだろう。
「牧野軍曹?」
近づけば、彼は牧野を見た後、困惑したように視線を下げる。
不自然なその視線の動きに、牧野も後ろに視線をやれば、ヴェノリュシオンたちがついてきていた。
「お前ら、部屋に戻ってろって言っただろ」
「怪我をした人は、向こうにいるんでしょ?」
P03の言葉に、その能力のことを思い出し、扉の向こうにいる重傷の兵士に目をやり、頷いた。
彼女の能力であれば、牧野と同様、助かるかもしれない。
P03が扉に近づき、向こうの気配を探る。
痛み、苦痛、悲しみ、怒り。
ひどいノイズの中、その声の主を探るように、歩を進める。
「助けて……!! 痛い……!! 痛いっ……!! 誰か……!!」
片腕が潰れ、顔色も変わり果てたまま、泣き叫ぶ男がいた。
「大丈夫。大丈夫だから」
助けてと叫ぶその声に、いつものように手を差し出す。
彼を襲う、痛みも苦痛も、全て取り除いて、彼に触れた。
「――ッ」
触れた手の感覚に気が付いたのか、彼は目を見開き、P03の細い腕に縋りつくように、掴んだ。
「助けてっ……!! 助けてくれ!!」
頬に触れれば、徐々に消えていく青あざ。
潰れた腕は、少し大変かもしれない。けれど、まだ間に合うはずだ。
P03が腕に手を伸ばした時――
「殺してくれ!!」
心の底から叫ばれる言葉が、P03の手を遮った。
「……っ、ッッ」
縋りつかれたまま、殺してくれと懇願される。
この感覚を忘れるはずがない。
何度も、何度だって繰り返された。
生きたいと、願ってくれたのは、五人だけだったじゃないか。
本気で、本当に、死にたいと、楽になりたいと、彼らは願っている。
このまま、苦痛もなく死んだ方が、きっと彼も嬉しいはずだ。
P03は、力を入れて持ち上げた口端のまま、その手を縋る男の首へ向ける。
「P03、そこにいますよね!?」
扉の向こうから聞こえる杉原の大声に、現実に引き戻される。
「今から腕を切ります! 麻酔が効いているとはいえ、痛みは伴いますし、体力だっていります! 貴方のその力で補助してください!!」
「で、も……! その人……!!」
死にたがっているのだと、包帯を巻かれている男と牧野の視線に、言葉にすることができなかった。
「…………ごめん、なさい」
P03は、その視線に、助けを求める言葉に、ただ、謝る事しかできなかった。
まだ手術が続く中、牧野は他の部隊の隊員たちはどうなったのかと確認すれば、やはりわからないという。
突然現れては、瀕死の仲間を背負って、必死に走って逃げて、なんとか辿り着いたらしい。
「巨大な、ムカデのような変異種でした」
地面の中から突然現れ、地面を這っては、また地面の中に消えていった。
牧野の近くに現れた変異種と似た特徴ではある。だとすれば、部隊を狙って暴れたというより、たまたま通り道に不運にも立っていた隊員が襲われたという方があっているかもしれない。
それならば、他の隊員たちは生きている可能性が高い。
すぐにヴェノリュシオンたちと共に、救助に向かおうと、牧野が立ち上がれば、呼び止める声。久留米だった。
「悪いが、緊急事態だ。そちらの救助は諦めてくれ」
不確定な情報にヴェノリュシオンたちを向かわせられない。
なにより、予測が正しければ、生きている可能性が高い部隊の救助よりも、緊急に対応しなければいけない問題が発生していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます