6話 外敵

01

 雨でぬかるんだ道は、普段よりもずっと進みにくく、森の様子も違う。

 ヴェノリュシオンたちも、いつもに比べて歩みが遅く、並びも違う。


「Sのこと? 知らなぁ~い」


 普段であれば、S08と同じように優秀な索敵要因としての役割を担っているT19が、雨で匂いが薄れているからか、牧野の近く、つまり後方にいた。

 比較的話しやすい雰囲気の割に、平気で不意を突いてくるため、注意をしないといけないT19ではあるが、不意を突けるということは、それだけ人間側の意見を理解しているということだ。


「他の実験体のことなんて、ほとんど知らないって。まぁ、Sも初期からいたバケモノってくらい?」


 本来、型番が同じでもない限り、実験体同士が顔を合わせることはないし、同じであっても会話を交わすことは少ない。

 余計なことをすれば折檻対象になるし、目立てば理由もなく次の実験体にされる。

 苦しまないため、死なないためには、じっと息を殺して、自分の存在を消すしかなかった。


「SとGは、バカ正直に実験を受けて生き残ってんの。ありえなくない? バケモン過ぎでしょ」

「お前らでもそういうのあるんだな」


 人間でも、能力が圧倒的に秀でている者を”バケモノ”と称することがある。

 どうやら、彼らも変わらないらしい。


「お前は、うまく避けてそうだな」

「運よく生き残っても、O12みたいなことになるなんて、ごめんですし?」


 ヴェノリュシオンは、あくまで新人類を作り出すための実験体。彼らが完成品などではない。

 数少ない実験体を、余すことなく使い切る。それが、効率的で倫理的な研究というものだ。


 本来の目的である、各五感の強化の遺伝子操作だけではもったいない。胚時点での遺伝子操作を成功したならば、次は成熟した後の遺伝子操作だ。

 ワクチンに次ぐ、新たな薬の開発。そのためには、劣勢の結果がでた人間に近い実験体を使用し、実験を行う必要があった。

 世界の生体を変異させたウイルスに対抗するための手段だ。大人しい結果なわけがない。

 O12の片目は、その実験の末に失われた。


「キモかった~O型の実験施設。目玉が大量にあんの」


 視覚改良型というのだから、眼球のサンプルが多かったのだろう。

 正直、想像はしたくない。


「Pが呼んでなかった辺り、あいつ、生きてなかったんだろうなぁ……」


 T19が呟いた言葉は聞こえず、聞き返せば、両手を上げて振られた。


「てか、そんなのここで聞いたって、Sに聞こえてるわけだし、本人に聞いたら?」


 確かに聴覚改良型であるS08が、離れているとはいえ、この会話が聞こえていないはずがない。

 ただ空気を読んで、聞こえないふりをしているだけだ。

 事実、T19の鼻には、先程からS08から香る、少し苛ついた匂いが鼻についていた。


「それ、直接聞いたら、俺殴られない?」

「頑張れば生き残れますって」

「そのレベルなんじゃん……」


 今朝のこともそうだが、S08は、他のヴェノリュシオンに比べて、P03へ向ける庇護欲が強いように見えた。

 それが、ただ付き合いが長いだからなのか、また別の理由なのか。


「お前らも、すぐに殺すとか物騒なこと言うなよ。殺すってのは、そいつのその先の人生を背負うってことだ。そんなに軽いもんじゃない」

「相手を殺す時に、そんなこと考えてんですか? だから、Gに負けるんですよ」

「戦闘はそんなこと考えてねェよ。普段だ。普段。物騒なのは控えるようにしろ。ビビるだろ」


 口にしたものの、彼らにとっては、人間に囲まれている状況は、常に敵地にいるようなものだろう。物騒な思考になるのは、多少仕方ないのかもしれない。


「少なくとも、仲間には言うなよ」

「仲間……?」


 眉を潜めるT19に、牧野も少し驚いたように目を瞬かせるが、牧野の膝の上によじ登るように現れたG45の口から生えている、明らかに虫のそれに肩が震えた。

 調理という考えが薄い彼ら、特にG45は手あたり次第に食べられそうなものを口に運ぶ。

 こればかりは、せめて煮るなり焼くなりしてから食べろと教えても、なかなか理解は得られない。スナック感覚に足やら触角が動いてる虫が、口に吸い込まれていく様子はしばらく慣れそうにない。


「落とさないでね? マジで」


 正直、離れたくてたまらないが、膝に乗ってしまっていてはG45を蹴り落とすことになってしまうため、できない。


「G~なにそれぇ? 僕もほしぃ~な~」

「あんまうまくねェよ?」


 いつもなら膝に乗ってくるなどしないくせに、G45と向かい合うように膝によじ登るT19は、まだ生きている虫を弄び始める。

 G45はともかく、T19に関しては明らかに嫌がらせ目的だ。

 なら、反応する方が悪手かと、地図を確認する作業に戻ろうとすれば、ふと視界に入るO12。

 こちらを見ては、手に握った芋虫のようなそれを確認してから、こちらをもう一度見ると、小走りに近づいてきた。


「お゛っまえらっ……!!」


 嫌悪のような、しかし少し笑いも含まれている牧野の声に、S08は音もなく長いため息をついた。

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