4話 知見

01

 ヴェノリュシオンたちの狩猟は、思った以上の成果を上げていた。

 特にG45は、その性格からか、恐ろしい変異種の人間という印象を和らげていた。


「この箱は、ここに置けばいい?」

「うん。ありがとうね」


 最近では、狩猟の合間に、米や野菜などを育てている班の手伝いもしている。

 牧野が命令したわけではないが、重そうな荷物を持っているのを手伝ったら、いつの間にか日課になっていたらしい。


「次は?」

「次は――」

「何々? その子? 誰かの子供?」


 やけに気楽な声に振り返れば、随分汚れた服を着た男が立っていた。


ひさぎ! 戻ったのか! おかえり」

「おう! 楸秋ひさぎ しゅう、お勤めから今帰ったぜ☆」


 よくわからないポーズを決めながら、ウインクを決める楸に、その場にいた全員が冷めた視線を向けた。


「命辛々帰ってきた仲間に対してひどくない? なーお前もそう思うよなー?」

「え、う、うん」

「ほらぁっ!!」

「G君。ダメだよ。そいつ、食糧庫から酒とか肉とか盗んで、懲罰でアウトサイドに行かされる常習犯だから」


 セーフ区画の外。政府の目どころか、人間の目も届かず、変異種の温床となっている地域。それが”アウトサイド”。

 壁を作り、狂暴な変異種を駆除したセーフ区画ですら、現在の状況では移動するにも苦労するというのに、それらが全て未知となれば、その危険は計り知れない。

 だが、居住区同士を繋ぐ架橋は、必然的にアウトサイドを横切ることとなり、護衛や点検を行う人も必要であった。

 無論、そんな危険な任務に名乗りを上げる人は少なく、そのほとんどが楸のように、何かしらの罰として行かされている。


「毎回戻ってくる俺の凄さを少しは認めろよ!」

「いや、なんかもう、お前の場合、帰ってくるのが当たり前になってきた」


 懲罰者しか行かされないような任務の生存率は、低い。

 毎回、当たり前のように帰ってきている楸ではあるが、実際、その部隊が全滅したことも一度や二度ではない。


「そもそも、酒を盗むからだよ」

「俺は煙草より酒派なの。酔った方が楽しいだろぉ?」

「酔って吐いてバレるバカはお前ぐらいしか知らないけどな」

「唯一無二の個性ってやつ? いやぁ~~テレちゃうなっ」

「…………ねぇ、これが”バカ”っていうの?」


 純粋な子供のように問いかけるG45に、ほんの数瞬静まり返り、しっかりと頷かれる様子に、楸もさすがに悲し気に眉を下げた。


「それで、結局誰の子よ? この子」

「え、あ、えーっと……」


 気を取り直してG45の事を尋ねる楸に、何と答えたものかと歯切れの悪い声を出す同僚たちに、楸も不思議そうに首を傾げる。

 偉い人間や仲間の子供であるなら、ここまで歯切れが悪くなることはない。何か訳ありかと、G45へ視線を落とした。


「G45」

「G45? あだ名?」

「違うって。G型45番」

「…………ちょいタンマ」


 どういうことだと、同僚に視線をやると、後で説明するから、今は話を合わせろと手振りされる。


「それって、何て呼べばいいの? G? G45?」

「Gでいいよ」

「オッケー。Gね。俺は木に飽き飽きの楸秋。楸でも、アキちゃんでもいいぜ」


 先程とは違うよくわからないポーズで自己紹介する楸に、G45は不思議そうにそれを見つめていたが、元気よく頷き返した。


「楸! テメェ、帰ってきたなら、とっとと報告しろ!!」

「ヤベ……そんじゃな! G!」


 遠くから聞こえてくる上官の声に、慌てて立ち上がると、逃げるように建物へ走っていった。


「というか、Gもそろそろ時間じゃない?」

「え、わっ!? ホントだ!?」


 多少、ヴェノリュシオンたちが外を出歩いても、安全だということが認知されてきたとはいえ、未だ監視部屋に住んでいることは変わらず、GPSで居場所も管理されている。

 もちろん、門限も決められており、一番信用されているG45ですら、自由行動の時間はほとんどない。

 慌てて駆け出すG45を見送った後、隊員たちは大きくため息をついた。


「牧野軍曹に連絡いれとけ」

「はーい」


 こうして、行動ひとつひとつ、管理している牧野へ連絡しなければいけないというのは、何とも言えない気分であった。


「そういえば、Gたちを監視部屋から出すって話聞きました?」

「それって、カメラ壊したからでしょ。監視部屋から出られるわけないじゃないですか」


 こちらに目も向けず、作業を続ける隊員に、眉を下げこちらを見つめる目に、眉を潜め作業を続けながら、言葉を続けた。


「あんな得体のしれない奴ら、外に出してるってだけで気持ち悪いのに」

「他の連中はともかく、Gは良い奴だろ?」

「変異種を噛み千切った痕、見ました? あいつらは、人間じゃないんですよ」

「そりゃ、まぁ……」


 人間とはかけ離れた力に恐怖する気持ちはわかる。

 関りがない人間になればなるほど、その気持ちは強いだろう。


「どうして、上はあいつらを殺さないんですか」


 彼らに、仲間は何人も殺されているし、危険性も分かった上で、久留米は彼らに向ける銃を非殺傷の麻酔銃を用意させた。

 もし、P03の言葉など無視し、研究所のようにこの駐屯地の人間を全員殺害することに決めたのなら、今、自分たちは生きていない。


 今だって、彼らに限定的とはいえ自由を与えて、暴れ出したらどうするというのか。

 また麻酔銃で、眠らせろとでも言うのだろうか。

 それで、何人が死ぬというのか。

 彼らにそこまでの価値はないはずだ。


「本気で、あいつらと仲良くできると思ってる人は、何人いるんでしょうね」


 その問いかけに、誰も答えることはできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る