02

 川窪は、麻酔銃を背負いながら、ヴェノリュシオンたちを見つめていた。

 先日、O12によってカメラが破壊されたおかげで、ヴェノリュシオンたちの監視ができなくなった。

 それについて、久留米は問題が無ければ、監視の時間を減らすことも検討したそうだが、今だヴェノリュシオンに恐怖する兵士たちが多いことから、肉眼での監視を行うことになった。

 監視の筆頭は牧野だが、夜間まで彼らの監視ともなれば、いくら牧野とはいえ限界が来る。


 夜間の監視に、昼間は彼らと共に変異種の狩猟。

 久留米とも相談し、多少のスケジュールの調整は行ったようだが、ほとんど休息のない状況に、さすがに監視の交代を申し出た。


「あれ? マキノさんは?」

「席を外している。俺は代わりだ。急ぎの要件があれば、俺から伝えるから言ってくれ」


 川窪自身、G45に殺されかけたこともあり、正直あまり良い印象はない。

 だが、彼らの生い立ちに同情がないわけではなかった。


「なぁ、それ銃だろ。寄越せ」

「ダメだ。牧野軍曹にも言われてるだろ。これは貸せない」


 いくつか、牧野から彼らについて注意点を聞かされている。

 そのひとつが、やけにO12が銃に興味があるということ。カメラも含めて、機械全般に興味があるらしい。

 無残に分解され、歪に組み立てられたカメラに目をやりながら、ハッキリと断る。


「牧野じゃないんだし、奪い取っちゃえば?」


 壁に立てかけられたベッドの上で、こちらを見下ろすT19の言葉に少し心臓が跳ねたが、気取らせないようにT19の様子に目をやれば、まるで心を読むかのように目を細められる。


 もうひとつがT19のこと。

 牧野曰く、T19は、最も行動が読めず、残虐であるという。


「デカいのは図体だけですかぁ?」


 ニタリと笑うT19に、こちらをじっと見つめるO12とS08。


 本当に、猛獣の檻の中の様だ。

 手に持った麻酔銃など、何の意味もない。例え、実弾が入っていたとしても、きっとこの恐怖が無くなることはない。

 実弾であっても、たった数発程度で、彼らを殺しきることはできない。事を構えたなら、死ぬのは自分だ。


「あぁ、そうだ。だから、お前たちに、この銃を渡すことはできない」


 はっきりと断れば、O12が少しだけ身を屈める様子に、仕方ないと、念のためと渡された袋を差し出す。


「代わりと言ったらなんだが、これをやる」


 O12に差し出せば、驚いたように目を丸め、そっと袋に鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。


 狩猟を始めてから新たに得た情報だが、彼らはとにかくよく食べる。

 前々から、子供にしてはよく食べると思っていたが、P03へ与えていた点滴のカロリー量から、彼らは自分たち大人の倍近くの量を必要としていた。

 ただ記録から、食事を取らない日も存在していたようで、食べられる時に食べるという野生動物のような生活を繰り返していたようだ。


「ビスケットだ」


 狩猟をした際に、無害な果実や肉をこっそり食べていることは報告されているが、それを聞いた給養部隊がおやつを作ればいいのではないかと、期限ギリギリのレーションを出してきたのだ。

 保存のためには仕方ないとはいえ、水なしに食べるには硬すぎるレーションは、隊員たちからは不評だった。


「おやつ代わりだ。毎日は出せないが、余裕がある時は構わないということらしい」

「……ん」


 袋を受け取ったO12は、G45に渡すと、G45は堅いレーションを容易く噛み砕くと、頷いた。


「食べ応えあって、甘くてうまい!」


 毒は入れていないが、信用がないのかと、大人しくG45の毒味を終えるのを待てば、他の三人も同じように齧りつき始めた。

 こうして眺めている分には、ただの子供と大差がない。


 だが、彼らは人間ではない。

 それは、決して忘れてはいけない。


『川窪。アイツらの前で、できるだけ銃に触らないでやってくれ』


 それは、牧野に言い渡された最後の注意事項。

 危険と判断すれば、躊躇なく引き金を引けとも言われているが、だがそう判断するまでは、自分たちから敵対するような行為をしないでほしいという願いだった。


 最初は、銃を持つななどありえないと思っていたが、牧野は彼らから信頼を得るため、この部屋に入室し、眠る時ですら銃を手にしなかった。

 たった一回、触れてしまえば、彼らから得ている信頼は瓦解する。


「…………」


 彼らのことを信用しているわけではない。

 だが、牧野が命を賭けてまで積み上げてきた信頼を、自分の小さな不安だけで壊すわけにはいかない。


 川窪は、固く手を組みながら、彼らを見つめた。

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