04

 牧野とG45は、研究部隊が使用している研究棟の部屋の前まで来ると、中から言い争う声が聞こえてくる。

 一応と、牧野がG45を静かにするように仕草で伝えると、部屋の向こうに聞き耳を立てる。


「ですから、ルートを外すにも、まず食事を、せめて水くらいは飲んでもらわないと」

「でも、経過は良好で、腹鳴はあるもの。心因性なら、他のヴェノリュシオンたちに食事の時だけでも会わせるのは、ありかもしれないでしょ」

「彼らの映像を見ましたか? あの暴れようでは、点滴を付けたままはいけません」

「だから、点滴を外してあげましょうって言ってるのよ」


 やけに、あっさりと久留米がG45とP03の直接の接触を許可したと思っていたが、理由があったようだ。

 ノックすれば、中で言い争っていた声はぴたりと止まった。


「牧野軍曹が、こちらにいらっしゃるなんて、珍しいですね」

「久留米少尉からの命でな。届け物だ」


 そう言って、G45の方へ目をやれば、ふたりだけではなく周りにいた全員が小さく悲鳴を上げた。


「な、なんですか……? その手の……」


 正確には、G45へではなく、G45が抱えている変異種の死骸にだ。

 落ち着いて考えれば、ヴェノリュシオンがいるというのも大変な事態ではあるのだが、小さな子供よりも大きな変異種の死骸が突然現れれば、それはもう驚くだろう。


「これ、Pにあげたいんだけど」

「待って待って! この部屋はクリーン部屋だから、それは部屋に入れないで!!」


 中に入ろうとするG45を止めに駆け出してくる杉原は、抱えているG45を見て、少しだけ体を震わせたが、すぐに部屋の外へ一緒に出た。


「なんだよ。これ、Pにあげたいだけだって」

「ここにP03はいません。というか、どういう状況なんです……? これ」

「悪いな。実は――」


 これまでの経緯を伝えれば、もうひとりの言い争っていた橋口が、困ったように頬に手を当てた。


「なるほど。そういう事情でしたか。そういうことでしたら、もちろん協力したいのですが」

「何か問題があるんだな」

「少尉から聞かされていませんか?」

「全く」


 ヴェノリュシオンの監視や管理は牧野が任されているが、P03は状態が安定するまでは、研究部隊と医療部隊の合同で監督している。

 上官である久留米は、事細かに状況を把握しているが、牧野にまで詳細な状況は知らされていなかった。


「水や食事を取らないんです」


 今までは、あの水槽の中で必要な栄養と水分を得ていたが、そこから出た今、経口で食事を取らなければいけないが、P03は今の今まで何かを口にはしなかった。

 今は、点滴で賄っているが、点滴で賄うには限界がある。活動量を増やしていくなら、自らの意思で水や食事を取ってもらわなけばいけない。


「体に何か問題があるというわけではないんですか?」

「身体的には問題ないと思います。どちらかというと、心因性かと」


 他のヴェノリュシオンに比べ、P03は話せば理解を示してくれるし、検査にも気長に付き合ってくれる。

 しかし、食事などだけは頑なに拒否する。そして、点滴も。

 現在つけている点滴も、寝ている間につけたもので、交換についても説明したが、難色を示した。


「でも、せっかくですから、P03に会っていきませんか? 軍曹であれば、何か話してくれるかもしれませんし」

「俺は?」

「もちろん。G45も会っていってください」

「ちょっと、何勝手に……!」

「少尉はそれを踏まえた上で、こちらにG45を送ったのでしょう?」

「そ、れは……」


 P03の現状を知った上で、牧野とG45を接触させようとしているなら、拒否する理由はない。

 橋口の言葉に、杉原はバツの悪そうな表情を浮かべたが、暴れないことを条件に頷くしかなかった。


「P!!」


 部屋に入った直後、変異種を放り出して、P03へ飛びついたG45に、監視している部屋から無線の入る音がするが、咄嗟に音を切りカメラに向かって謝る。


「G? わぁ……! 本物だぁ!」

「どっか痛くない!? 痛いことされてない!? 元気!?」

「わぁ、ぷにぷに」


 マイペースにG45の頬を摘まんでいるP03に、抵抗するように頬を膨らませるG45は、それでも止まらないP03の悪戯に、いつものように腕を振り上げようとすれば、腕を掴まれた。


「はい。ストーップ。それ、見えるか?」


 牧野の指さすP03から繋がっている袋に、G45は首を傾げる。


「点滴って言って、色んな栄養が詰まってるP03と繋がってる大事なものなんだ。だから、暴れて倒したらダメ。わかったか?」


 G45は、その袋から出ている管がP03の胸辺りまで繋がっているのを目で追いかけると、おずおずと頷いた。


「それ、痛くない? 大丈夫?」


 心配そうに問いかけるG45に、P03はしばらく見つめた後、首を横に振った。


「痛くないよ。でも、取るとすごく怒られるの」

「そりゃな。飯を食わないって聞いたが、どうして、何も食べないんだ?」

「……食べたくないから」

「えっ、俺、食べ物と取ってきたのに……おいしいよ? ちょっと待ってて」


 慌てたように入口に置いてきた変異種を持ってくると、一部を引きちぎり、P03へ差し出す。


「一番おいしかったところ! 他の連中から文句言われたけど、Pに食べてほしくて奪ってきた!」

「Pも生で行く感じ……? 焼かない? せめてさ」


 G型であるG45はともかく、他のヴェノリュシオンたちも生肉の状態で食べていたのを見る限り、おそらく平気であろうことは想像がつくが、見た目が人ということもあり、どうしても心配になってしまう。


「初めての食事なんだろ? 焼こう? な? すぐだからさ」


 念のために持ってきていたガスバーナーと小さなフライパンで、塊を肉をどうにか焼き上げる。

 無線を付けたらきっと小言を言われるため、絶対につけることはせず、焼かれていく肉を見つめるふたりに目をやる。


「外でもやってたけど、なんで焼くの?」

「生肉は腹壊すんだよ。いや、ユッケとかはあるけど、焼いた方が安全だしさ」

「ふぅーん……」

「お前だって、ハンバーガーうまいって言ってただろ」

「あ、そうだ! ハンバーガーってすっごくおいしくてさ! P食べた?」

「ううん」

「じゃあ、今度一緒に食べようよ!」

「うん」


 どうやら食欲はあるようだし、なんならこのまま焼いた肉も普通に食べそうだ。

 どうして、今まで嫌がっていたのだろうか。

 やはり、橋口の言っていた通り、心因性ということだろうか。


「ほら、焼けたぞ」


 塊肉をナイフで切り分ければ、何故かG45もP03と一緒に食べている。

 その様子は本当に今まで食事を拒否していたとは思えない程、あっさりした光景であった。

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