第20話 宇宙2

「なんだ? 内藤の様子がおかしいぞ」

 俺は天照のミサイルを月詠周辺の敵を落とす事に専念していた。

 荷電粒子砲は時々、放ってはいるが、エネルギーチャージや冷却などに時間がかかる。

 左マニピュレータに装備したレールガンが接近してくる敵AnDを撃ち落とす。

「何やってんだ! 内藤あいつは!」

 憤りを感じる。いつもよりも動きが鈍い。

「火月。私も援護するわ」

「内藤が危ない! 植木うえき! こう!」

「りょーかい」

「分かったわ」

 考のAnDとすみれのAnDがレールガンを放ちながら、月詠に向かっていく。

「ほら、落ちろ!」

 俺は荷電粒子砲を放つ。

 一条の光が敵AnDを溶解しながら月詠の傍を通り過ぎる。


「火月かっ!」

 ――こちらの戦力を!

 月詠は無反動砲を放つ。それをレドームで受け止める敵機。

 ――俺はお前のためを思って。

「知るか!」

 レールガンを放つが、回避される。

 ――失われた自由を取り戻すために!

「敵の理屈だ」

 機銃と無反動砲を放つ。その弾丸を全てシールドで受け止める敵機。

「くそっ!」

 どうして倒せない。その焦りが隙を生む。

 後ろから別動隊が接近してくる。

「邪魔するな」

 僕は弾丸を回避しつつ、レールガンを放つ。

 その一発一発が敵AnDに吸い込まれるようにヒットする。

 ――内藤さん。今の内に!

 ――こいつ!

 ――クサンドラ持ちめ!

 爆発の光を観測。

 一人として同じ人生のない命が散っていく。

 そこにあったはずの意識が無に返る。

 頭痛がする。なんだ? この感覚は……。

 頭痛を振り払うように頭を振る。



 妻が病気で亡くなった。それまで子育てを妻に押し付けていた。

 そんな時に息子のしげるの遺伝情報を調べる事になった。そして戦闘に向いている、という判断がされた。

 高度の反射神経。Gに対する耐性の高さ。精神的な問題もなく、空間把握能力も高い。そのため、AnDのパイロットとして起用される事になった。

 そして気づかされた。この世界の歪みに。

 俺はなにも分かっていなかった。俺はGに対する耐性がない。しかし反射神経は良い方だった。そのためAnDを使ったコロニー外壁の修復、修繕やAnDを使った作業が主な仕事だった。

 しかし、軍や自衛隊としての活躍となると訳が違う。

 常に死が付きまとう戦場で戦うのだ。

 地球でのテロ行為。他国との戦争。あるいは他国の軍事的援助。そういったものに駆り出される事になる。

 昔――職業選択の自由があった時代なら、ある程度は自己責任とも言えたのだ。それがどうだ。今の時代はDNAによって職業が決まる。逆らう者は容赦なく、テロリストと扱われ牢獄いき。

 俺の息子が死地に行け、と命じられる。そう考えただけで身震いがする。俺は妻だけでなく息子も失うのか? その疑問が頭をよぎった。

 そしてその不安を加速させる出来事が起こる。自衛隊が友好国で戦死したのだ。その殆どが帰ってはこなかった。さらにはその中には俺の同僚の娘がいた。

 同僚は酷く狼狽し、精神を病んでいった。そしてついには自殺した。

 しかし、労災もなく、政府側の過失も認めない。それが当たり前の世界になってしまったから。

 DNAによってほぼ全てが決まる世界。

 あっちでパンを売っている人も、こっちで肉を売っている人も、テレビやネットで見かける芸能人でさえ、DNAで決まるのだ。

 誰も自分で望んではいない。まるで操り人形のように、役割を与えられそれを演じているにすぎない。

 結婚する際にも遺伝的な欠陥が生れないよう、決められた人と結婚する。

 それで障害者は減った。そのために税金を割く必要も減り、全体的に良くなったように見える。しかし、それは臭いものに蓋をするようなものではないだろうか?

 社会が、ルールが、政府が間違っている事もある。

 現にネットの無い時代に比べ今ではSNS上での書き込みにも脅迫罪やストーカー防止条例、営業妨害などが適応される。

 変わりゆく現実に政府も、法律も変えていくべきではないだろうか?

 その思いが俺を突き動かしていた。

 デモ行進。反政府行為。

 子ども達の未来のためには必要と感じた。

 そして警察に捕まり、多額の賠償金を残すこととなった。

 脱獄を助けてくれた元同僚。彼は俺の息子が撃ち落とした。

 もう全てが遅かった。

 息子は人殺しの道具として成長した。

 そんな時、クサンドラシステムを知った。アンディ―教授の不自然な言動を洗い、パスコードと隠された内容を知った。

 人と人とを繋ぐシステム。これをすぐに公表しなかったのには訳がある。

 その当時では世界が理想とは程遠かったのだ。だから未来に託した。

 今よりもより良くなっているだろう未来に。

 でも現実は違っていた。

 より良くなるどころか、人間は自分の首を絞めるような政策をうちだすようになっていた。

 だから叶える。アンディ―教授の無念を、今ここで。

 俺と、俺の息子がその先駆けになる。


 俺のAnDの脚部にレールガンの直撃を受ける。徹甲榴弾。

 脚部は爆発し、冷却剤が漏れる。その噴射に伴い、機体がバランスを崩す。



 落とす!

 僕はレールガンを撃ちながら敵機に接近する。バランスを崩した今が好機チャンス

 南山改を右マニピュレータに保持し、それを敵機の肩口に刺す。

 内部の配線が切れたのか、敵機の右マニピュレータはだらりと下がる。

 これでもうレールガンは使えない。

 胴体に搭載された無反動砲と機銃が主な武器になるだろう。

 僕は月詠を後方に下げつつ、無反動砲と機銃で威嚇する。敵機は動かない。

 故障か? 或いは罠か?

 ――っ!

 寂しげな顔。久しぶりに見た父さんの顔。それが頭に張り付く。

「なんだ!?」

 戸惑いの声を上げると同時に接近警報が鳴る。

 ――内藤さんをやらせるか――っ!

「くっ!」

 僕は左マニピュレータをパージする。直後、そのマニピュレータは被弾。爆発する。

 接近するAnDに向かい機銃と無反動砲を放つ。

 敵AnDはセンサーを損傷。続いてコクピットに穴が開く。

 ――。

 悲鳴が聞こえた。

 これもクサンドラのもう一つのシステムか。

 異様に生々しい悲鳴。それが耳に残り、中々消えてくれない。

 何度も何度も、耳鳴りがする。壊れたレコーダが同じところを何度も再生するように。

「黙れ、しゃべるな――っ!」

 操縦桿を握り、そこら中にばらまく。明後日の方向に。

 ――もういい。茂。落ち着け。もう戦う必要はない。

 黙れ!

 ――俺達の負けだ。だからクサンドラを切れ!

 うるさい!

 悲鳴が聞こえる。悲痛な叫びが頭の中をぐるぐると駆け回る。

 僕は操縦桿の引き金を引く。

 そしてレールガンから弾丸が吐き出される。

 それは敵機――父さんのAnDに突き刺さり、爆発する。

 聞こえる。父さんの声が。

 後悔が。懺悔が。悲しみが。

 それが嘘偽りのない本音と分かる。

 なぜか? それは分からないが、包み隠さずに語り語り掛けてくる。

 それを直感的に。或いは本能的に理解した。

 視界が開け、クリアに見える。

 父さんの想いが伝わってくる。

「意識の伝達……」

 自分の放った言葉にぞくりっとする。まるで自分ではない誰かがささやいているような感覚。自分に話しかけてくる誰か。

 自分の意識が自分から飛び出しているような感覚。

 直後、背筋が凍るような悪寒が走る。

 自分の目の端に水滴が溜まっていく。

 寒い。凍えそうな寒さ。

 芯まで凍り付くような寒さ。

 この寒さ、父親を撃ったのだと今更ながら自覚したのだ。

 それは人としての、動物としての本能的なものなのかもしれない。

 テロリストを撃ったという自覚はなく、そんな理屈はなく。

 ただ、抜け殻のようになった自分がコクピットに座っている。僕はその姿を後ろから見ている。

 きっと、何もかもが夢だ。そう思いたい気持ちでさえも、どこかで現実だとささやいている。

 次に襲ってきたのは自分が消えていく感覚。

 意識が遠のいていく。




 反政府組織『ロスト』は壊滅した。それに加担した研究機関、組織、企業も芋づる式に捕まり、法の裁きを受けた。

 DNA政策――人の一生をDNA解析によって決める法律は今もなお、存続している。

 クサンドラシステムのデータは秘匿され、現在はどうなっているのかわからない。それを知るのはごく一部の人間のみだろう。

 宇宙には一応の平和は訪れた。多くの人々を犠牲にして。

 俺はそんな事を考えながら、歩く。いや、この道の先にいる人物の事を思い出すと考えてしまうのだ。

 俺の視界に車いすを押す一人の女性が映る。車いすにはかつての戦友が座っている。

 俺の視線に気づいたのか、女性はこちらを向く。

「火月。久しぶり」

「おう! 久しぶり」

「……」

「……」

「地球はそうだったの?」

「まだまだ、だな。……内藤は?」

 俺は車いすに座る男性に視線を向ける。が、反応はない。

「……内藤君は、いつも通りよ」

 そう言って菫は微笑む。

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宇宙用工業機械 AnD 夕日ゆうや @PT03wing

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