第19話 宇宙1

 戦闘宙域に突入。

「慣性航行から戦闘へ移行する」

 僕は自動操縦をマニュアルに切り替え、爆発の光に向かう。

 ピッピッ。レーダーに感あり。

「一時方向に敵AnD、感知」

 僕はハンドガンタイプのレールガンをマニピュレータに保持させる。

 ブースターを吹かし、射程距離圏内まで接近する。

 そして照準を合わせ、撃つ。

 シールドで防がれるが、そのままの勢いで本隊に向け飛翔する。

 ――無視かよっ!

 追撃を試みる敵AnD。しかし、月詠の加速力の前では無意味。

 月詠はなおも加速し、本隊まで距離、五百。

 ビーッという電子音が鳴り響く。

「敵!」

 接近する敵をモニターに表示させる。

「AnD……じゃない!?」

 まるで地球の港で見たカニのような機影。

 ――このファルファスの餌食になるがいい!

 なんだ。この機体!

 八本の足。その先端からレールガンが発射される。

 それをかわし、接近する。

 高周波ブレード――南山改を左マニピュレータに保持。

 それをカニモドキに向け振るう。が、二本のハサミ。その一方が南山改を捉える。

「くっ!」

 すぐに南山改を捨て距離をとる。後方に下がりつつレールガンを放つ。

 カニモドキは弾丸を浴びながらも接近してくる。何度かカニモドキは揺れるが、レールガンを放ちながらも肉迫する。

 そしてハサミを前面に突き出し、襲ってくる。

「このっ! カニ風情が!」

 ジグザグに航行し、回避と反撃を繰り返す。

 なんだよ! こいつは!

 モニターの端から端までを見渡し、優位になる情報をかき集める。

 左。六・一ポイントに隕石。

 その隕石の側面を滑るように走らせる。後方をカニモドキが追ってくる。大きさの違いか、カニモドキは隕石を削りながらも接近してくる。レールガンを放ち、命中させる。

 しかし、大した損傷もない。

「どんな装甲しているんだ……」

 通常AnDの装甲は弾丸と同じダイヤニュウム合金から成る。そのため、初速の早いレールガンはその装甲を撃ち抜く事ができる。シールドが撃ち抜けないのは単純に多層構造と質量の大きさにある。

 エネルギーを数式で表すなら、(E=mc^2)質量かける速度の二乗だ。

 要は初速の早い弾丸を撃ちこむと大抵の装甲を貫けるはずなのだ。

 カニモドキの装甲が厚く質量が大きいと、それに伴いブースターなどの推進装置も大型化しなければならない。そうでなくては大きな質量を、月詠に追いつけるだけの速度まで上昇する事ができない。

 つまり、このカニモドキは通常の装甲とは違う素材を使っている事になる。

 ダイヤニュウム合金よりも強度が高く、それでいて軽い素材。そんなものは現在、スペースコロニーで開発中の素材しかない。でもそれは研究段階であり、まだ実用化には至ってないはず。

 それを反政府組織が持っているのか?

 おかしな話だ。大型兵器一体分の装甲。それを製造するだけの設備。資金。技術力。そんなものは正規ルートですら、難しいのに。

 隕石を回り終えると、次の隕石に近づく。

 カニモドキはなおも追ってくる。

 しつこい奴!

 レールガンでは歯が立たない。どうする?

 そういえば昨日、送られてきたデータの中に……。

「よし! それなら!」

 僕は隕石を利用し、カニモドキを引き離す。そして本隊の中心、目掛けてバーニアを噴かす。

 ――なんて加速だ。しかしこちらも!

 カニモドキも加速していく。幸いにも月詠との距離は縮まる事なく、一定の距離を保っている。

 カニモドキのレールガンが火を噴く。いや、正確にはプラズマの光が火を噴いているように見えるだけだが。

 その弾丸をかわし、こちらもレールガンで応戦する。ただし、弾丸の種類を変えて。

 弾丸はカニモドキの手前で爆発。スモークを発生させる。

 これで視界不良。スピードを落とさざるをえない。でなければ僕が誘導した通りに、隕石に突っ込むだけだ。

 正面に映る隕石を回避する。

 予想通り、カニモドキは速度を落とした。その間に弾丸の種類を変える。

 今度は特殊焼夷弾しょういだん。これは宇宙用の焼夷弾で、地球では必要のない酸素も積まれている。だから空気のない宇宙でも使用可能なのだ。

「蒸し焼きになれ!」

 カニモドキが隕石を避け、こちらに方向転換しているのを狙い、放つ。

 弾丸はカニモドキにヒットし、燃える。

 装甲が溶けるとは思わない。断熱材のせいで内部を蒸し焼きになるとは思わない。

 しかし、カメラや赤外線センサーなどの一部、デリケートな部品がある。そこが溶ける事を狙う。センサーを失えば、ただの棺桶かんおけ、鉄のかたまりだ。

 ――くそっ! センサーが焼ける! 最大船速、急げ!

 ――はい!

 聞こえる。声が。そしてこの声は……敵のパイロットの声。

 クサンドラシステムは戦闘に必要なあらゆるデータを収集し、解析、分類しパイロットの脳に直接、送信する。

 数年前の事故――宝冠てぃあらが亡くなった時も同じような声が聞こえたのだろう。そして判断能力とコントロールを失った機体は隕石に衝突した。

 どうやら僕にはその情報を冷静に受け止めるだけの能力があったらしい。

 ――くそっ! センサーがやられた! 炸薬だ!

 ――了解!

 炸薬?

 その疑問はすぐに解決された。

 炸薬により、カニモドキの装甲が外れる。そこから覗かせるカメラやセンサー。

 この機体は多層構造なのか。予備のセンサー類を隠し持つとは。


 カニモドキは今度こそ、こちらに向かってくる。が、距離はかなり開いた。

 距離をとること。それから時間稼ぎ。その両方を行えたのだ。

 僕は再びレールガンを放つ。今度も違う弾丸だ。

 弾丸は敵の目の前で炸裂。いくつもの金属片が内部から放出される。それはカニモドキに雨のように降り注ぐ。

 圧式あっしき弾のシャワー。昔の日本軍などが使っていた三式弾の理念を受け継いだ弾丸。本来は航空戦力をそぐのが目的だが。

 今は、敵センサーを潰すのが目的だ。

 さらに続けて、無反動砲を放つ。

 無反動砲によって放たれた榴弾りゅうだんはカニモドキに当たると爆発する。

 どんなに機体が硬くても、内部にいる人間は……。

 ――ぐわっ!

 月詠はさらに本隊の中心に向かっていく。

「見えた!」

 そこには赤墨色の機体――天照あまてらす

「火月! 荷電粒子砲だ!」

「ああ! 内藤、てめー! なんのつもりだ!」

「カニモドキに撃て!」

「何?」

 天照は右マニピュレータに装備した荷電粒子砲をカニモドキに向ける。

「ちっ! 下がれ! 内藤」

「了解!」

 僕は荷電粒子砲の射線上から退避する。直後、一条の光がカニモドキに向かって放たれる。

 その直撃を受けたカニモドキは溶解し、四散する。

「こちら内藤。本隊に合流、指示を求む」

「こちら本部、天照の援護を受け、敵前線を突破せよ」

「了解!」

「ちっ! 内藤おまえのおもりかよ!」

 僕はフットペダルを踏み込み、前線に向かう。



 敵AnDとすれ違いざまにレールガンを放つ。二機のAnDは爆発、四散する。

 連射性の高い、ハンドガンタイプのレールガンが次々と敵機を撃ち抜く。

 ――いやだ! 死にたくない!

 ――い、いやめっ

 ――母さん!

 聞こえる。悲鳴が。誰かを求める声が。僕を呪う声が。

 頭の中に響き渡る。

 ――化け物め!

 ――隊長!

 ――調子に乗るなっ!

 敵AnDはレールガンを放つ。

 僕はそれをかわし、南山改を右マニピュレータに保持。

 触れ合えそうな距離まで接近。南山改を振るう。

 敵AnDの各部関節を切り落とす。


 横合いから飛翔するミサイル群。それらは火月の荷電粒子砲の餌食になる。直後、後方からミサイルが飛んでくる。火月のものだ。

 それらが次々とAnDを落としていく。そして敵中央の守りが手薄になる。

「月詠、敵中央を突破する!」

 月詠の全身に配備されたバーニアが一方向に集約。一気に加速する。

 過度なGが僕の全身を襲う。これも遺伝的適正値が高いお陰だ。

 でなけば、Gによって即死していただろう。


 モニター中央に一機のAnDが立ちはだかる。そのAnDは通常のAnDとは違い金色の塗装と大型のれドームを背負っている。

 恐らく指揮官機。

 ――久しいな。茂。

「その声。父さん!」

 すれ違いざまに南山改を振るう。しかし、敵AnDは回避する。

 ――なぜ、戦う?

「お前が裏切ったんだ!」

 ――違うな。コード、Anotherアナザー Dataデータ

「アナザー、データ?」

「パスコード入力、完了」

 ビー、ビー。電子音がコクピットに鳴り響く。

「なんだ?」

 ――なんだ? 知らないのか? クサンドラにはもう一つのシステムが組み込まれている。

「そんなもの!」

 無反動砲を父のAnDに向け放つ。爆発。

 黒煙の中から父のAnDが現れる。どうやらシールドで防いだらしい。

「クサンドラシステム、解放」

 なんだ? アナザー、システム。もう一つの情報? それが答え? どういう事だ? なんの情報だ?

「人間の得られる情報は五つあります」

 父のAnDがレールガンを放つ。それをかわし、機銃で反撃する。

「味覚、嗅覚」

 機銃を浴びた、敵機はセンサーをかばう。そしてレールガンと無反動砲を放ってくる。

 弾丸を回避しつつ、接近する。

「触覚、視覚、聴覚」

 南山改を振るう。その切先はシールドで受け止められる。

「そしてアンディ教授は新たな情報を得られることを発見しました」

 敵機はシールドをずらし、レールガンをこちらに向ける。

「それが意識」

 月詠はすぐに回避行動をとる。直後、レールガンが放たれる。

「意識?」

 機械の音声に反応すると同時にこちらも機銃で応戦する。

「教授は意識を構成する波の発見。その増幅及び送信を可能にしました」

「そんなこと!」

 夢物語だ。そう思いながら敵機の背後に回り込み、南山改を振るう。

 しかしそれはレドームにかすり傷をつけるだけだった。

「そのデータを集積したのがクサンドラシステムです」

 距離をとりつつ、レールガンを放つ。徹甲榴弾てっこうりゅうだんはレドームに当たり爆発するが、損傷が軽微だ。

「どんな装甲だ……」

 どうやら、反政府組織『ロスト』の意地を見誤っていたようだ。

「クサンドラには人と人との意識を繋ぐことが可能です」

「そんな事! 望むか!」

 ――おいおい! 父さんの気持ちを知りたくないのかい?

 知った事か! 僕は僕の道をいく。

 こちらを向いた敵機はレールガンを放ってくる。

 それを回避。回避。回避。

 人と人とを繋ぐシステム? 冗談じゃない。あいつはテロリスト。僕は政府、直轄の部隊。どこに交わる要素がある。



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