エピローグ【あいつはそのドリルで俺の心を貫いた】

 鈍行列車の奏でる緩やかなリズムを子守歌代わりに、俺以外の人間はみんな眠りについている。

 期待で騒がしかった行きの雰囲気とは対照的だが、席だけは謀ったかのように俺と璃

りおん以外は通路を挟んだ4人用の相席に。また揃いも揃って変な気を回しやがって。


 昨日ちょっとした騒ぎ起こした隣の璃音はというと、俺の隣で同じくスヤスヤと寝息を立て夢の中。

 右肩に璃音の頭が乗り、眠ろうにも変に緊張のスイッチが入って目が冴えてしまった。

 スマホを弄ろうにも俺のスマホは右の前ポケットに突っ込んである。

 唯一自由になる左腕だけでは取り出すことができないので、とりあえず暇つぶしに外の景色でも眺めがら別荘旅行の思い出を回想する。


 璃音以上に食い意地が張り、誰よりもこの旅行で食事を楽しんでいた篠田。あの小さい身体のどこに消化されているんだか。

 クール・トリオの影の実力者の印象が強かったが、意外にも家庭的な一面を持つことが判明した浅川。四人の弟の世話を毎日していれば、自然とトリオ内の立ち位置もおかんになるんだな。


 そうなると逆に日向ひなた

 今時のJKは普通家事ができないのが当たり前だとしても、いくらなんでも米を洗剤で洗おうとした逸話には驚きを通り越して呆然しかない。

 高校を卒業したら一人暮らしを始める予定らしいが、その前に家事全般を何処かで修行させてやれ。

 あと日向といえば、俺と元・同門。そしてお兄さんが昔憧れだったあの人――。

 別に日向自身が行ったことではないのだから、これからは一切気にせず俺に接してほしい。

 過去から繋がった縁だとしても、少なくとも俺の方は頼れる異性の友人だと思っているのだから。


 璃音以外と面識の無い紅葉もみじを連れて行くのは正直最初は不安で仕方なかったが、打ち解けるの早過ぎだろ。

 出会ってすぐに三人とはメッセのアドレス交換。特に篠田とはこの三日間でかなり親睦を深め、今度家に遊びに行く約束までしたとか。そこで兄から一言。変なこと教えるなよ?


 頭の中にまだ鮮明と残る映像は、どれも楽しかったことばかり――と、ここで鈍行列車はトンネルをくぐりはじめ我に返る。

 そういえばさっきトイレに行くタイミングを逃したんだっけ。微妙に尿意が甦ってきてしまった。

 行きよりはほんの気持ち人がいる車内。

 この鈍行列車の中に設置されたトイレは先頭車両側の一箇所のみ。

 入れる時に入らなければ尿意が危険水位へと達しかねない。

 こちらの気も知らず呑気に眠る璃音に心の中でこうべを垂れ、倒れないように身体を右に寄せてから静かに立ち上がった。

 代わりに向かい側の席に積まれたお土産用のスイカを置き、安定するか少々見守る。

 肘掛けで上手く固定されたのを確認し、俺は小走りでトイレのある先頭車両側へ向かった。


「なんだ璃音、お前もトイレ......じゃないな」


 無事に済ませ個室から出て来ると、正面に璃音が佇んでいた。

 手には六角形の箱のお菓子を持ち。


「悪い。起こしちゃったか」

「いえ、ちょっと気分転換に車内を散歩していただけですわ」

「そっか。迷いようのないこの中なら大丈夫だもんな」

「それは昨日の件に対する嫌味ですの?」

「冗談だ。ほどほどにして早く戻って来いよ」

「......あの! よろしければそこで少しお話ししませんか?」 


 席に戻ろうとする俺を、璃音が後ろから引き留め、すぐ横の優先席を顎で指す。


「構わないけど。あんまり長くなるとみんな心配するからな」

「わかってますわ」


 俺と璃音がいなくなったと気付けば邪推じゃすいされるのは目に見えて想像に容易い。

 ほんの少しならという条件付きできびつを返し、促されるがまま優先席にお互い腰を下ろした。

 いつの間にかトンネルを抜けた車両の窓から夕陽が差し込み、璃音の髪を赤よりの黄金色へと変化させる。見慣れたはずの璃音が妙に色っぽく瞳に映り、自然と身体が強張ってしまう。


流真りゅうまさんはこちらのお菓子はご存知で」

「もちろん。ていうか、この電車の中に乗ってる人間ほぼ全員が知ってると思うぞ」


 手を上下に添え差し出されたお菓子のパッケージには、全面積至るところにコアラのイラスト。  

 ビスケット生地の中にチョコがぎっしり詰まったそれは、一個一個違うデザインのコアラがプリントされ、確か10箱に一個しか入っていないかなりレアなものも存在するとか。

 子供の頃は母さんとスーパーに行く度に買ってもらった記憶があるが、最近はめっきり食ふべる機会が減った。


「ではこのお菓子の伝説については?」

「伝説? そんなもんあるのか」

「ふふ。その様子ではご存じないようですわね」


 いぶかしむ俺を気にせず、璃音はその”伝説”とやらを自慢気に語りはじめた。


「こちらのお菓子を好きな殿方にその手で食べさせると、なんでも両想いになるらしく。日向さんの周りではいま大流行だとおっしゃっていました」


「やっぱり情報の出どころは日向か。あ、だから昨日湊にあの二人が嫌に勧めてたわけか。ようやく謎が解けた」


「わたくし、人の恋路を初めて間近で見守りました。病みつきになりそうですわ」

「いいか。絶対に余計なことしようと企むなよ」

「あら、よくわかりましたわね」

「そりゃあ料理係兼――」

「騎士、ですものね」


 ニヤニヤとした表情で先手を取られ、うなじを指で掻きながら視界を逸らした。


「日向さんが言うには、この伝説にはさらに確実にするための続きがあるそうです」

「そこまで知ってるとあいつ、その伝説を流行らせた本人説が出てくるな......ふぁー」


 朝から別荘の掃除等で動きっ放しだったツケが、ここに来て眠気となって一気に襲ってきたようだ。瞼が重い。


「流真さん。目にゴミが着いていますわよ」

「どこだ?」

「わたくしが取って差し上げますから、流真さんは目を瞑ってじっとしていてくださいまし」


 ちょっと恥ずかしくはあるが、ここは璃音の世話になろう。

 そう思って身体を璃音の方に向け、言う通りに目を瞑って拭いてもらうのを待つ。

 できるだけ意識しないよう心掛けていた柑橘系の上品な香りが、視界が閉ざされることによって強制的に過敏化。集中。ただゴミを取ってもらうだけなのに心臓の鼓動が活発に動く。


「おい璃音、まだ.........かっ.........」


 目を開け真っ先に視界へと大きく映ったのは、宝石のように綺麗で吸い込まれそうになる翡翠色。

 潤った桜色の唇によってコアラのお菓子が口元に運ばれ、呼吸音まで聞こえてきそうなゼロ距離に、その顔はあった。


「......昨日の返事、ですわ」


 飲み込むのがやっとな放心状態の俺に、顔を上気させた璃音が真っ直ぐに見つめ言葉を紡ぐ。


「わたくしも可能な限り......いえ、全てを流真さんに捧げます」


 そう呟くと璃音は、勢い良く立ち上がってすぐ隣の個室トイレに籠ってしまった。

 ガラガラの車内。

 残され唖然と扉を見つめる俺。

 相席から目撃されていないことを願いたい。

 あとで日向にこっそりメッセで訊いた話、口移しには、


『私の人生をまるごとあなたにあげる』


という意味を込めたとは、噂の作り主談。

 ウチの悪役ドリル令嬢様にとんでもないことを吹き込んでくれたなと嘆息したが、まだ夏休みは折り返し地点。気持ちを確認するチャンスは十分にある。

 試しに夏の定番イベントの一つ、花火大会にでも誘ってみるか――こんなにワクワクが止まらない夏休みは、生まれ初めての経験かもしれない。



          ◆

 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます!m(_ _)m

 もし少しでも面白いと思っていただけた方、是非レビューをよろしくお願いします。

 レビューを書くことに抵抗がある方は★だけでも大丈夫ですので、是非何かを残していっていただけると嬉しいです。

 次回の長編までは少し間が空いてしまいますが、また皆様に会えることを楽しみにしております。


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学校一の金髪悪役ドリル令嬢に弁当を恵んだら、懐かれた挙げ句、我が家の隣の部屋に引っ越してきたんだが? せんと @build2018

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