第22話【papico】
連日降り続いていた雨はようやく止んだものの、梅雨特有のじとっした空気が全身に
6月も半分が過ぎた夜の空気は、日中に比べればほんの気持ち涼しくはある。が、湿度自体は高いので結局はプラマイゼロ。
風呂上りだというのに、誰が好き好んでこの時期に夜の散歩なんてするか。
「「.......」」
母さんからの命令で近所のコンビニまで用があるという
まだ俺たちの間には微妙な空気感が漂い、湿気と相まって余計に息苦しさを感じる。
「なに買ったんだ?」
無言の空気にいい加減耐え兼ね、先に口を開いたのは俺の方。
璃音が店内にいる間、俺はというと雑誌コーナーで時間を潰していた。なので何の目的でこんな時間にコンビニに行ったのか全く知らない。
「......どうぞ」
そう言って璃音は、コンビニのビニール袋から吸うタイプのアイスを取り出した。
夏定番の、割って二人で食べるアレだ。
「まさか、これが食べたいがために風呂上りの俺は駆り出されたのか?」
「そこは申し訳なかったと思っています。というか、男子があまり小さいことをグチグチ言うのはみっともないですわよ」
「......お前、本当に申し訳なかったと思ってる?」
俺の問いに璃音は顔を横に背けながらアイスを二つに割り、片方をこちらに差し出す。
「
璃音的には昼休みから今までのことを、どうも喧嘩中だと解釈していたらしい。
お互い口論したわけでもなく、ただ俺が浅川と篠田にキレただけだというのに。なんか変に気を遣わせてしまったな。
「改めて、わたくしを助けていただきありがとうございます」
「俺の方こそゴメン。あの二人に連れられて行く璃音を見たら、なんとなく放っておけなくて。結果盗み聞きするような感じになっちまった」
「いえ。
手足よりも先に、その横髪の全自動自立支援型ドリルが火を噴くのでは? 等といつもの調子で危うく口走りそうになり、言葉を呑み込む。今はまだ茶化していいタイミングではない。
「わたくし......不安だったのです。流真さんがわたくしに失望してしまい、それで他の皆さんを頼りはじめたのかと」
「飛躍し過ぎだろ。璃音の頑張りがリレーの勝利を握ってるんだ。厳しくすることはあ
っても、璃音の特訓に力を抜くことは絶対にありえない」
「厳しいですわね」
「どんな厳しい練習でも耐えてみせると言った人間はどこのどいつだ」
練習初日の朝に璃音が言った言葉を、俺は忘れていない。
あの朝陽が昇ったばかりの河川敷で見た、彼女の期待と希望に満ちた輝く瞳に、過去の自分をダブらせた。
――璃音に、頑張りが報われなかった時の悲しさを味合わせたくない――
何もかもがあの時と状況が違うのに、俺はいつの間にか勝手に一人で焦っていたんだ。
一番大事な『信じる』という気持ちを、置き去りにして――。
璃音は俺みたいにメンタルが
自分の信じた道を真っ直ぐ突き進む、華麗にして豪快な、悪役ドリル令嬢様なのだから。
「はい。ですからその言葉に嘘偽りが無いよう証明しなければいけません」
璃音はニコリと微笑んだあと、
「わたくしに、もう一度チャンスを与えていただいてもよろしいでしょうか?」
そう、真剣な表情で言葉を紡いだ。
チャンス......自分で壊してしまった合同練習の機会を、再び復活させたいという意味。
どれだけ都合の良い事を言ってるのか理解しているし、璃音自身も承知の上で申し出たのは、俺に向けられた眼差しからもひしひしと伝わってくる。
「......アイス」
「え?」
「このアイスで手を打ってやるって言ったんだよ。あ、もしかして、それを見越して俺を連れ出したんじゃ」
「フフ。流真さんのご想像にお任せしますわ」
断れるわけがない。
でもなんだか素直に引き受けるのが嫌で、適当に理由付けをしてしまう自分がいる。
ちょっと湿度が上がってきたか?
星が輝く、雨上がりの梅雨の夜空の下。璃音と一緒に食べたアイスの味は、多分、一生忘れないと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます