第23話【呉越同舟。なんだか少年マンガみたいだ】

 ――風向きが変わった。

 久しぶりに拝む太陽の下、漠然と俺はそんなことを思いながら璃音との早朝練習に励む。

 その予感が嘘ではないことを数時間後、体験するとは知らずに。


「「昨日は悪かった!!」」


 学校がある最寄り駅に到着し、改札を通り抜けようとする俺と璃音の前に、浅川と篠田が待ち構えていた。

 昨日の続きか? と警戒して口元を力ませれば、二人の息の合った謝罪の一言に秒で緩む。

 意表を突かれ、思わず俺たちはお互いの顔を見合わせ小さく首をかしげた。


「虹ヶ咲の態度のことはともかく、努力まで否定したのは度が過ぎた。反省してる」


 先行して喋る浅川もだが、隣に並ぶ篠田も表情から反省の色が見て取れる。

 話すなら今だ――こちらに向き合ってくれている今なら、少しはバイアス無しで俺の話に耳を傾けてくれるかもしれない。


「とりあえずここじゃ何だし、歩きながらでいいか?」


 朝の通学ラッシュで混み合う駅の改札前。

 この場に留まっていては人の迷惑になる上に時間も迫ってきている。

 何より、目立つ場所で目立つ連中と井戸端会議をしていては、あらぬ噂を立てられてしまう恐れが。 


「ああ。いいけど......」


 二人は目で短く意思確認すると承諾し、揃って学校方向に向けて歩きはじめた。


「――何だよ、そういうことだったのか......んな肝心なことは早く言えっつーの!」

「全くだ」


 俺と璃音は、リレーで隣のクラスに勝ちたい理由を洗いざらい全部喋った。 

 篠田は大きなため息交じりに呆れ、浅川の方はというと渋い表情でうんうんと頷く。


「いや、だってお前らみなとのファンなんだろ? 言ったら嫉妬して、余計にややこしい事態になると思ってだな」


「そりゃ確かに羨ましいけどよー。要は俺たちが勝てばデートを阻止できるってことじゃねぇか。だったら不本意だけど協力してやる」


「私もしーぽんと気持ちは一緒。湊が参加しないとはいえ、それでもウチらに楽勝で勝てる、か。随分とナメられたもんだね」


 ......んん?

 予想していた展開とは真逆のことが起こり、恐ろしくあっさりと協力を取り付けることに成功してしまった。


「ですわよね? ナメ腐ってますわよね? というわけですから、今は仲間内で憎み合っている場合ではありませんの!」


「いや、憎み合ってる理由、ほとんどお前のせいなんだけどな」


 いいぞ篠田。殴り合いに発展しない程度にもっと言ってやれ。


「そうと決まれば早速今日の放課後から練習再開ですわ! 流真りゅうまさん、他の皆さんへのご連絡をお願いしますわ!」


 耳の痛いことには基本聞か猿を貫く、俺たちクラスの悪役ドリル令嬢様。

 昨日の夜の素直な璃音は何処に行った?


「長月、お互い苦労するな」

「その言い方。やっぱりか」

「......お前ら、今なんかものすげー失礼なこと思ってただろ?」

「まぁッ! 二人だけで秘密のお話しだなんてズルいですわよ!」


 俺の肩にそっと手を置く浅川の目は、普段のクール系なものではなく、同気相手に向けられるような優しさが感じられた。お互い友人には苦労させられるな。

 ドリルとお団子を頭に備えた女子二人が隣でやかましく騒ぐ中、俺と浅川の間には奇妙な友情が芽生えたのは言うまでもない。


 ***


 昼休みまであと一時間と控えた、三限目と四限目の間の休憩時間。

 男子トイレから出てきた俺を、嫌でも目立つ明るい髪色の女子が、ニヤニヤと出待ちしていた。


「性癖が過ぎるぞ日向ひなた。漏れそうになってる男子の顔見て興奮するなんて」

「そうそう。男子、特にショタが我慢してる姿を見てると胸がキュキュンしちゃうんだ......っても~う、何言わせんの~♪」


 デジャヴを感じさせる背中への平手打ち一発、日向はケラケラと笑った。

 前から思っていたんだが、テンションやら下ネタ好きな部分がウチの母親アレと被るんだよな。日向って。


「浅川と篠田の件、お前の差し金だろ?」

「なんのことかニャ~」

「ニャ~じゃねぇよ」


 背中を擦りながら問いても、日向は猫ポーズでおどけるばかり。


「いいじゃん。全ては元サヤに戻ったわけだし」

「それ。もう白状したも同然だろ」

「しまったニャ!?」


 猫の手で慌てて口を塞ぐ日向を、通りすがりの後輩男子たちが頬を赤らめつつ視線を向ければ、気付いたらしく手を振って応える。

 日向は男女・学年関係無しに人気が高い。

 最初から壁を一切作らず、心の隙間に侵入してくる日向のテクニックに大抵の男子は『

もしかして俺のことが好きなのでは?』と、淡い幻想を抱いてしまう。

 今日もまた、新たな犠牲者がここに誕生した。

 

「バレちゃしょうがない」


 どうやら諦めたらしい日向は、壁に背中を預けながら語りはじめた。


「私さ、頑張ってる人を見ると放っておけないんタチなんだよね。勉強だったり、夢だったり。何かに夢中になれるのって、実はとんでもなく凄いことなんだって知ってた?」


「......まぁな」


 俺だって心当たりがないわけではない。


「若い男女が一つの目標に向かって邁進まいしんしてる......こんな燃えるシチュエーション、応援せずにいられないわけないじゃん」


「そういうもんか」


「そういうもんです~。長月君はもっと人を信じた方がいいよ。今回のことだって、もっと早く歩美あゆみとしーぽんに話しておけば、こんな回りくどくならなかったものを」


「その件については反省してる」


 屈託のない笑顔でたしなめられ、ぐうの音も出ない。

 練習初日の段階で打ち明けていればと後悔の念は尽きない。

 過去のトラウマが今回は悪い具合にハマってしまい、負のスパイラルが起きた。

 いい加減、前を向かなきゃ行けない時が来たのかもな......。


「だいぶ遠回りしたけど、あとは本番まで可能な限りやることをやるだけだ」

「お、少年。さらに良い目をするようになったニャ~」

「それ、いつまで続けるんだ?」

「休憩時間が終わるまでがキャンペーン期間中ですニャ~♪ ご主人~♪」

「......うざい」


 本音をこぼした俺を、日向が猫パンチ連打の刑に処す。

 体育祭が終わったら、今回の件で日向に何かお礼をしよう。

 目の前で不規則に揺れる二つの大きな実りを目に焼き付けながら、そんなことを考えていた。


         ◆

 ここまで読んでいただきありがとうございます!

 近況ノートでお知らせしたとおり、5月30日以降からは火曜・金曜の週二投稿と変更させていただきますm(_ _)m

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る