第21話【ちょっとした昔話をひとつ......】
『夢』
不思議と持っているだけで、心が熱くも苦しくもなる、概念のようなもの。
当時はそんなこと全く考えもせず、ただ必死に、全力で突き進んでいた。
その夢がいつか叶うと信じて――。
日曜の朝。
気付けば親が起きるより前に、朝のアニメ・特撮ヒーロー番組見たさにテレビの前で待機しているのが子供の頃の俺だと、両親に何度も聞かされた。
物心つきはじめ、SNSの発達によりそれらが『創りものの世界』だと早くに知ったところで、好きの情熱に変化は無かった。
むしろ特撮ヒーロー番組の中の人、改め『スーツアクター』を仕事としている人たちに興味を抱いた。
子供の好奇心というのは自分でもビックリするもので。小三の時、SNSを使ってスーツアクターのことを調べていくうちに、家からそう遠くない距離に子供から学べるアクションスタジオがあるのを知る。
そこはプロのアクションマンが経営しているスタジオで、主催の方は両親が子供の頃に見ていた特撮ヒーローを演じていた方。信用は充分。
習い事をまだ何もしたことがなかったこともあり、
『分かった。
と、あっさり二つ返事で両親の承諾は降りた。
稽古は週五日で平日のみ。
夕方五時から七時までの二時間、タンブリングバーンの床が備えられたスタジオでほぼ動きっぱなし。
器械体操にパンチやキック等のアクションをやる上での基本動作を徹底的に繰り返し練習。稽古の最後はそれらを踏まえ、各々が与えられた役になりきって
自分と同年代、しかも特撮ヒーロー好きが多く集まっているだけあって、打ち解けるのに時間はほとんどかからなかった。
将来のことなんて頭の片隅にもなく、ただ好きなものの近くにいると感じながら今を楽しむ......思い返せばこの時期が、もっとも幸せに過ごせていた時期だったと思う。
中学に入ると、同級生数名がスタジオを辞めてしまった。
部活・塾に通うためだったりがほとんどの理由を占める中、自分ともっとも仲の良かった『
『これ以上、上手くなれる気がしないんだ』
最初はそれぞれ運動能力にあまり差はないが、小学生高学年辺りになってくると、成長の差が如実に現れてしまう。才能によるものか、努力によるものか。
そんな成長著しい他者と自分を比較してしまい、玄徳君は小学生の段階で早くも自分の能力の限界を悟り、スタジオを去ってしまったのだ。
俺だって決して運動能力が高いわけではない。
中学に入ってから急激に身長が伸びたおかげでヒーローショーの戦闘員役に最年少抜擢された時、仲間内から陰口を叩かれた。
『ただ同年代の人間よりちょっと大きいだけのあいつが。ズルいよな』
――悔しかった。
でも俺はヒーローみたいにその悔しさを力に変えるべく、そこからレッスン以外での稽古も沢山打ち込むようになった。ただ、仲間に認められたくて――。
中学三年の夏。
スタジオに新しくやってきた講師を見て、俺は人生で一番興奮し、胸が高鳴った。
幼少期に憧れていたヒーローのスーツアクターだった方が、怪我で入院中の講師に代わり暫く俺たちに稽古をつけてくれるというのだ。
画面越しに何十・何百回と見た、あの華麗な動きを間近で拝見できて、しかも直接指導させてもらえる......
同時に、この人の前で良い格好をしたいという邪念が働くのが、人間が欲望の生物と揶揄される証明。完全に自分を見失っていた。
そうして新しい講師になって早々――あの出来事が起きた。
アクロバット系の動きを得意とする講師は当然、稽古でもそれらの練習をメインに行う。
俺は連バク、連続バク転の最後にバク宙をする際、着地が甘くなってしまう傾向が昔からあった。
講師がそれを見逃すわけがなく、一週間以内に直せと指示を出してきた。
自分だって直せるものなら直したい。でも何度やっても完全に踏みとどまることができない。
だとしても、憧れのスーツアクターの講師に認めてもらいたい一心で、一週間死に物狂いで特訓した。
......が、現実は物語みたいに上手くはいかない。
一週間経っても癖は直るどころか、特訓による疲労で脚はボロボロ。誰の目から見ても、明らかな故障......そこで講師の口から飛び出したのは、
『一週間もあって何でこんな簡単なことできないんだよ。やる気がないなら辞めちまえ!』
憧れの人から突き付けられた、絶望の通告。
ショックなんて陳腐な言葉では言い表すことのできない、様々な負の感情が俺の胸を締め付ける。
何より一番許せなかったのは、自分の頑張りそのものを否定されたこと。
できなければ意味が無い。
そんなことは分かってる! 俺だってヒーローショーに出演して厳しい大人の世界を体験した身だ!
それをできない=やる気が無いと、憧れの人間が短絡的に解釈したのが、たまらなく辛く悲しい。
ヒーローの中の人が必ずしも善人者とは限らないのは分かっていても、この人にはこうあってほしい! いてほしい! 自分の押し付けの理想像は、最悪な形で裏切られた。
見放されても、俺はそのまま稽古に通い続けた。
やがて講師は俺が何かに失敗する度、デコピンと称した暴力行為を振るうようになった。
反抗的な目を少しでも向ければ、近くにある物を投げつけるようにも。周囲は見て見ぬふり。
憧れの人のマイナスな部分がどんどん明らかになり、思い出はどんどん
大好きな物をこれ以上嫌いになりたくない――俺が取る行動は、もう一つしか残されていなかった。
『夢』の終わりは、ある日突然やってくる。
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