第19話【悪役ドリル令嬢VS庶民】

 クラス対抗リレーの合同練習、初日。

 連日の雨による影響でグラウンドの地面はまだ湿り気こそ残っているが、本番も同じコンディションでやることと思えば丁度良い。

 日向ひなたの人望と協力もあって、なんとかここまでこぎつけたのはいいんだが――。


「長月君、虹ヶ咲さんと何かあった?」


 グラウンドの隅。運動部の邪魔にならないよう、バトンの受け渡し練習をしているメンバーたちに視線を置いたまま、日向が俺に呟いた。


「やっぱバレたか」

「そりゃね。二人とも、なんかよそよそしいというか」


 普段、俺は教室や人前では意識的にあまり璃音りおんとは接しないよう、一定の距離を置いている。

 あいつが周囲に変な勘違いをされないようにするためだ。

 その僅かな部分を見逃さないとは。日向とはつくづく恐ろしい女子だ。


「......喧嘩って言うほどではないんだが、昨日の夜にちょっとな」

「ふーん」


 言葉尻を濁す俺を、日向はそれ以上追及しようとはしてこなかった。

 璃音と微妙な空気感が起きている原因は、本当に些細なこと。俺のせいでもあるし、璃音自身の自尊心プライドのせいとも捉えられる。


 全ては俺が勝手に日向に協力を仰いだのが発端だった。

 少しでも勝率を上げるために行う他のリレー参加メンバーとの練習を、璃音はどういうわけか自分の力を信用されていないと受け取ってしまったようだ。


「何度も言ってるがお前の足の速さは認めるよ。でもな、リレーみたいな団体競技は最

終的にはチームワークが鍵を握ってくる。俯瞰ふかんで見て小さな部分・気にするほどでもないと思うようなところを疎かにすると、最終的に機能不全に陥って、手痛い結果に繋がることだってあるんだ」


「ですから、その分わたくしがレベルアップすれば問題無い話ではありませんの。すずめの涙程度にしかならない、有象無象うぞうむぞうたちの力なんて必要ありませんわ」


 今朝。駅から学校までの道中。 

 人目もはばからず、俺と璃音は今後の練習方針の件で衝突してしまう。

 途中、同じ学校の生徒と思わしき陽キャ風男女たちから冷やかしの視線を浴びるが、機嫌の悪さも手伝ってか三割増しで一睨みするとそそくさと退散し消えた。


「今の俺たちにはその雀の涙程度の力だって必要なんだ。いい加減現実を見ろ」

「現実を見た結果、わたくし一人の大幅レベルアップが勝利に繋がる唯一の方法かと。貴方はどうすればわたくしがもっと早くなるかのみに時間を費やせば良いんですの」


「どんだけ他人を信用してないんだよ」

 

 忘れていたが、虹ヶ咲璃音という悪役ドリル令嬢は極度のコミュ障。

 故に自分に好意を抱く異性を公衆の面前で公開処刑に処し、芋づる式に周囲のクラスメイトたちからも嫌われ、腫物のような存在に。

 悪気が無かったとしても、侮蔑ぶべつな態度を取られた連中に頭を下げるのは璃音の自尊心が許さない。そんなもの、とっくに分かり切っていたはずなのに。


「――流真りゅうまさんは、わたくしだけを見ていればいいんです」


 平行線を続ける口論にお互い疲れた頃、璃音がぼそと小さく呟いた。

 結局そこから今に至るまで、俺と璃音の間には微妙な空気感が、梅雨時の湿気のように漂ったままだ。


「あ゛ぁぁぁぁぁぁ! またやりやがった! お前ふざけんなよ!!」


 リレーのバトンを落とすのとほぼ同時に、クラスメイトの『しーぽん』こと篠田美優しのだみゆが怒声を上げてキレ散らかす。


「篠田さんの方こそ学習しませんわね。ニワトリでももうちょっと学習能力がありますわよ」

「んだとコラッ!!」

「落ち着けってしーぽん。虹ヶ咲も少しは相手に合わせるってことを覚えたらどうだ」


 今にも乱闘寸前の相方を『歩美』こと、浅川歩美あさかわあゆみが後ろから羽交い締めにして食い止める。

 合同練習を開始してまだ10分足らず。このやり取りの繰り返しで、一向に先へと進まない。


「あら、どうしてですの? この練習に参加するということは、わたくしのやり方に一切異存は無いということ。でしたら鶏は鶏らしく人間様の言うことに従っていればいいんですの。あ、篠田さんは鶏は鶏でも野蛮な軍鶏しゃもでしたわね」


「ぶぁ゛ぁぁぁぁぁッ!! やっぱもう無理!! 帰るぞ歩美!!」

「うん......ゴメン、愛依あい。私、しーぽんについていくね」


 クールな表情で頷く浅川さんは、近くにあったカラーコーンを蹴飛ばした篠田さんの後始末をしながら、小走りでその背中を追った。

 璃音の毒舌を喰らって怒り心頭なのは無理も無いが、その感情をストレートに全身で発露したキレ散らかしっぷりに、唖然とする俺を含めた男衆たち。


「篠田さんと浅川さんが帰っちゃったなら、俺たちもいいかな? あんまり遅くなると三年の先輩がうるさくてさ」


「だよな。大会も近いし、少しでもやる気のあるところ見せないと使ってもらえないからな」

「そうそう」


 同じように言葉を失っていた男子のリレー参加メンバー3人も、口々に練習の終了を直訴してきた。

 元々部活のあるところを無理言って参加してもらっているのだから、こちらに引き留める権利は無い。


「忙しいのにゴメンねー。今日はもう大丈夫だから。また今度やる時はメッセで連絡するねー♪」

「本当に申し訳ない。次回はこうならないよう、虹ヶ咲には俺からきつく言っておくから」


 早くこの場から立ち去りたそうに、男子メンバー達もそれぞれの部活の活動場所へと戻っていき、残されたのは俺と日向ひなたと問題児のみ。野球部の金属バットの音や吹奏楽部のトランペットの音色が、虚しい心に響き渡る。 


「予想通りというか何というか......これはなかなか厳しいスタートですなぁ」

「言うな」


 頬を掻きながら苦笑いを浮かべる日向。

 彼女のメンツを潰してしまったような最悪の結果に、俺は心の中で深々と頭を下げ謝罪した。


「さぁ長月さん、わたくしたちも帰って特訓ですわよ」


 人の気持ちも知らない、この悪役ドリル令嬢兼歩く凶器は、特に気にするつもりもなく、日向をガン無視で俺に帰りを促した。

 その次の合同練習――メンバーは俺たち三人以外、誰一人として参加しなかったこと

は言うまでもない。

 

 ***


 体育祭まであと一週間。

 悪戯いたずらに時ばかりが過ぎて行く中、今日も外は嫌な雨が降り続いている。

 まるで今の自分の気持ちを代弁するかのように......。 

 

 今日みたいに屋上で昼食をとれない場合、俺と璃音はメッセで連絡を取り合い、昼食を取る場所を決めていた。

 目の前、声も手も届く範囲にいるというのに。おかしな話だろ。


 昼休みの時間になり、今日の昼食スペースとなる家庭科室に向かう途中。

 下駄箱の近くに設置された自動販売機で飲み物を買い、商品を取り出した時だった。

 篠田と浅川――それから璃音の三人が、揃って下駄箱と下駄箱の間のスペースに入るのを見かけた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る