第18話【敵にまわすと恐ろしい女。それが日向愛依】

 母さんの帰省と共に、世間は完全に梅雨へと突入してしまった。

 そのために璃音りおんと毎朝・毎夜の走り込みも思うようにできず、悪戯いたずらに時間だけが過ぎて行く。


 大体、6月という梅雨真っ盛りのシーズンに体育祭を開催する学校側の考えが理解できない。

 気候的に9月よりも6月の方が熱中症になりにくく安全なのは分かる。

 じゃあ5月末の中間テストと体育祭の時期を入れ替えろよと、どこかでそんな意見が出てもおかしくないはずなんだがな。


 謎のブラック校則同様『昔からのしきたりだから』等という理由で、学校の大人たちは考えることを放棄していそうな気がして腹立たしい。

 とりあえず今日の夜も、我が家のリビングで母さんに見守られながら二人で筋トレするしかないのか......授業中の教室から外を眺める俺を嘲笑あざわらうように、雨は地味に強さを増していっている。

 体育祭まで、あと二週間――。


 ***


「ちょっと長月君。ぼーっとしてると危ないんですけど?」


 その日の放課後。

 タオルで俺と足首同士を固定された日向ひなたが、唇を突き出し声を上げた。

 家庭科室は俺たち以外誰もおらず、はたから見ていかがわしい遊びに見えないか心配だ。

 璃音が担任の教師に呼び出されたため、終わるまでどう時間を潰そうか教室でぼーっとしていた俺。同じく暇そうにしている日向に捕まってしまい、急遽二人三脚の練習をやる羽目となってしまった。


「悪い。というか、二人三脚の練習なんて体育祭直前にやるくらいで充分だろ」

「うっわ、こっちの扱い酷くない? 虹ヶ咲さんとは毎日仲良く朝晩練習してるのになー」

「それはあくまでコーチとしてだ。選手が勝つためならとことん付き合うのがコーチってもんだろ」

「ふーん。コーチは練習後のマッサージまでするんだぁ」


 含みのある言い方で日向はニヤニヤと俺の反応を窺う。

 勿論、こいつに練習後の璃音へのマッサージを俺が行っている話は一度足りともしたことがない。


「......クラスメイトの鞄に盗聴器を仕掛けるなんて悪趣味だぞ」

「いくら情報屋な私でも法に触れるようなマネはしませんよ〜。擦れ擦れのグレーゾーンまではチキンレースよろしく余裕で踏み込みますけど」


「またはっきり明言しないところが怖いんだが」

「フフフ。女の子は多少ミステリアスなぐらいがモテるんだよ」


 空調の効きの悪さに耐え兼ねたのか、日向はスカートの裾を摘まんでパタパタと空気を入れ始めた。密着しているのにおかまいなく。

 熱いならその下に履いたスパッツを脱げば良いのでは? とセクハラ認定されそうな言葉はかけてやりたい。間違いなく一発退場ものだ。

 俺たちの間柄はそこまで許される関係ではない。


「リレーの練習、一人じゃ無理あるんでしょ?」

「最初から分かり切っていたんだけどな......何が何でも勝つためには、どうしても他のメンバーとの連携が必要不可欠になってくる。でもなぁ......」

「虹ヶ咲さん、学校中のほとんどの女子を敵に回しちゃったからね。それは歩美あゆみやしーぽんたちも例外ではないわけですよ」


 日向が口にした『歩美』や『しーぽん』というのは、璃音の他にクラス対抗リレーに参加する女子メンバー。

 同じ陽キャグループに属しているのか、日向とはよく教室内外問わずセットで見かけることが多い。 

 二人とも璃音ほどではないにしても、それなりにが強そうな印象を持っている。


「その言い方だと、二人はみなとのファンってことで認識していいんだな」

「ファンも何も、お互い中学の時に告白までしてるよ。まぁ結果は言うまでもないんだけど」


 友人の過去の恋愛事情を語るのはさすがに後ろめたさがあるのか、日向は苦笑を浮かべ乾いた笑いをこぼす。

 だったら尚更二人は璃音に対して良くは思っていないことになる。最悪だ。


「......あのさ。私が歩美やしーぽんだけに限らず、男子メンバーにもリレーの練習しないかって声かけてあげようか?」


「何で日向がそこまでのことをする?」

「んー。強いて言えばクラスのためかな。前にも言ったでしょ、虹ヶ咲さんには最初の頃みたいにまたクラスの皆と仲良くしてもらいたいって」


 何かとクラスで中心になって動いてくれる日向の力を借りれば、勝てる可能性が今よりも確実に現実味を帯びてくるのは確か。ただなぁ。


「問題は虹ヶ咲の方だ。あいつが素直に言うことを聞いてくれるかどうか......」

「そこはほら、コーチとしての手腕の見せ所じゃない」

「また痛いとこを突いてくる」

「私はあくまでウチのクラスがリレーで勝つためのお膳立てを作るだけ。あとは長月君と虹ヶ咲さんのやり方次第。文句言わない」


 そうだ、日向の言う通りだ。

 せっかく日向が協力してくれると言うのだから、使えるものは何でも使うべきだ。

 雨のせいで思うように走行練習ができない今、他力本願ではあるが他のメンバーとのチームワークに一縷いちるの望みをかける戦法も充分有りだ。コーチとしての見栄なんてどうでもいい。要は勝てばいいんだ。


「――だな。でも本当に説得できるのか? 男子は知らないが、女子に関して無理ゲーに近い気が」


「大丈夫大丈夫! もう大船に乗ったつもりで期待しててよ! 二人は幼稚園の頃からのマブだし、いろいろと扱いは慣れてるからさ」


「日向言い方......」


 天然人ったらしJKのちょっと黒い部分が漏れ出た横顔は、不思議と頼りがいのある雰囲気に溢れていた。

 今更ながら、他の男子たちの気持ちが分かった気がする。


「じゃあ善は急げってことで、今から二人の元に行きますか♪」

「いや、メッセで連絡すればいいだろ」

「分かってないね長月君。こういうのは文章より直接自分の言葉で伝えた方が成功率が高いと、とある研究機関から報告が出ているのだよ」


「日向、脚!」

「おっといけない」


 弾けるような笑顔からウインクと舌をペロっと出した日向は、お互いの足首に繋がったままのタオルを外そうと勢いよくしゃがんだ。

 下にスパッツを履いているのが分かっていても、スカートがひるがえる瞬間というのはドキっとするもの。これが男のサガというやつか。

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