第14話【螺旋(ドリル)のリレー】
体育祭は三週間後。
日数に換算するとたったの21日しかない。
俺たちは早速、次の日の早朝からクラス対抗リレーの特訓を開始することとなった。
「さぁコーチ! まずはいったい何から始めれば良いんですの?」
軽く準備運動を終えた璃音の甲高い声が河川敷に響き渡り、小鳥たちのさえずりが一瞬ざわついた。
「初日の今日はとりあえず現時点での正確なタイムが知りたい。そういうわけだから、今から100メートルを全力で一本走ってもらう」
「お安い御用ですわ!」
家の近くに運動公園でもあれば文句無しなんだが、生憎とそんなこじゃれた公共施設は無い。カーブの練習はできなくとも、直線だけなら河川敷の道で事足りる。
運動しやすいようポニーテール状に髪を結び、スポーツウェア姿の
「ハァハァ......どうです、わたくしの自慢の俊足、もとい『
早朝というタイミングを抜きにしても、璃音のタイムは得意げに話すだけあって悪くはない。むしろ帰宅部でここまで早いのは大したものだ。
「まぁまぁだな」
だが璃音の性格上、ここは敢えて辛口の評価を伝えた。
最初からおだてて調子に乗ってもらっては困るんでな。
「あら、なかなか手厳しいですわね。そこまでおっしゃるということは、当然何か速くなる秘策をお持ちなんでしょう?」
「そりゃな。じゃなきゃこんな負け戦引き受けん」
うちのサッカー部は毎年県大会ベスト3の常連だけあって、走り込み等の運動量も相当多いはず。
対してこちらは天下御免の悪役帰宅部令嬢を始め、運動部はいるものの、そこまで走る競技ではない。明らかに不利だ。
となると璃音の可能性にかけてみるしかなかった。
「走り込んで100メートルを全力で駆け抜けられる体力をつけるのも大事だが、璃音の場合、それとプラスしてフォームの修正も必要だ」
「フォームの修正? そんなもの必要ありませんわ」
「いいから聞け。コーチの言うことは絶対だって、お前と紅葉が大好きなバスケ漫画にもそう書いてあっただろう」
璃音が紅葉から借りてドハマりした超有名漫画。
そこに出てくるメインの登場人物たちは個々の能力がずば抜けて突出しているが、その根底には現実世界でも実現可能レベルの、
「秘密の特訓をして本番でみんなの度肝を抜かせる――こんなに燃えるシチュエーションを現実世界で体現できるなんて、そう滅多にないと思うがな」
「......わたくしも、キ〇キの世代と呼ばれるようになれますの?」
「キ〇キの世代と同様、体育祭の伝説として後世まで語り継がれるようになるかもな」
「やりますわ! わたくし、どんな辛い特訓にも耐えてみせますわ!」
ちょろい。
瞳を
俺も紅葉のことを言えなくなっている気がしなくもないが、これから飼い犬に芸を仕込む飼い主の気持ちとは、まさにこんな気持ちなのだろう。
初日の朝の特訓は現状の把握と今後の課題を説明したところで、時間はあっという間に過ぎていってしまった。
***
「長月君、今日は朝からお疲れみたいだね~」
一限目と二限目の合間の休憩時間。
眠気覚ましに食堂の自販機コーナーで缶コーヒーを買う俺の背中越しに、日向の声が聴こえる。顔は見えなくとも、声音からニヤニヤした様子が窺えてウザイ。
「虹ヶ咲さんも朝からお疲れみたいだったし。
「――どうやらお前は、この熱々の缶コーヒーをその自慢の口に押し付けてもらいたいみたいだな」
「冗談だって! 長月君の目を覚まさせるためのちょっとしたウェイクアップトークだって!」
握った缶コーヒーを片手で回しもてあそぶ姿に、日向は両手を前に出して否定する。
からかい方が思春期真っただ中の小学生レベルか。
「日向の世話にならなくても、こいつで今から目を覚ますから余計なお世話だ」
「つれないな~。二人三脚のパートナー同士、お互い助け合いの精神でいこうよ~」
「俺にはお前が面白がってるだけにしか見えないんだが」
「あ、バレた?」
後頭部に手を当てニシシと笑う日向。
「今日の朝から璃......虹ヶ咲のリレーの特訓を始めたんだよ」
「なるほど。だから虹ヶ咲さんは一限目から爆睡してたわけだ」
日向に説明しつつ手元の缶コーヒーのプルタブを開け、傾ける。
口内にブラックコーヒー特有の苦さが広がり、眠気で支配された頭がいくらかすっきりしてきた。本来ならホット商品が自販機から消える時期にもかかわらず、ウチの高校は
教師と生徒の要望で一年中ホット商品を扱っている。
「悪かったな。日向の期待に添えられる答えじゃなくて」
「昨日メッセをもらった時からそんな気はしてたよ。長月君、本気で勝ちに行く気だね」
「そりゃな。売られた喧嘩は買う主義なんで」
「おー怖っ。ゆっきーも恐れ知らずだねぇ」
『チョコミント牛乳』なんてもんを飲む日向も大概だと思う。
ケレン味の効いたミントブルーのパッケージは、どこか陽キャの日向に共通する雰囲気。
「勝算はありそう?」
「なんとも言えないな。虹ヶ咲は確かに足は速いが、肝心の体力はそこまでじゃない。加えてフォームも独特。その辺りを矯正・鍛えてどうなるかってところだ」
「その喋り方――軍師みたいでカッコイイね。ていうか、なんで虹ヶ咲さんのコーチ引き受けたの? やっぱり虹ヶ咲さんを一日とはいえ取られたくないから?」
「断じてそれは無い」
「即答だね」
鼻を鳴らして笑う日向。
「単純に俺は、湊みたいなタイプが嫌いなだけなんだよ。やる前から無理だって決めつたり、友達になろうと言っておきながら上から目線で会話を進めるところ。あとあの張り付いたような笑顔も気に入らないな」
「......ゆっきー、どんだけ長月君に嫌われてんのよ」
一番の理由は自分の恋路に無関係の俺を巻き込んだことだが、これ以上話すと愚痴が止まらなくなりそうなのでやめておこう。
「そういうわけだから、俺は今後湊からちょっかいを出させないために虹ヶ咲のコーチについた。分かったか?」
「うん。凄くシンプルな理屈でよろしい」
愛想笑いの表情からは呆れのような色を見てとれたが、人の好き嫌いなんて所詮そんなところだろう。
世の中には色んなタイプの人間がいる。
合う人間と絶対的に合わない人間――湊は後者なだけなのだ。
だったら、そんな奴とは極力距離を置くのが賢い生き方だと俺は思うんだ。
「私にも何か協力できることがあったら、またいつでも言ってよ。報酬次第では、相手メンバーの弱みとかも調べてきてあげるからさ」
「......類は友を呼ぶと言うが、日向もそっち側の人間だったなんてな」
「ちょっとちょっと! 人をそんな哀れむような目で見るのはやめてよ~!」
チョコミントの香りを漂わせ、日向は俺のじとっとした視線から逃れようと、空いてる方の腕で自分の視界を塞いだ。
――その日の夕方。
夕飯の準備の前に、
そこに書かれたメッセージを見て、俺は思わず画面を凝視した。
『
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