第13話【勝負の景品は意思を持ったドリル】

 学園のスター、湊貴幸みなとたかゆきがいつまでも振られた女の尻を追っかけるのは正直意外だった。とはいえ――。

 

「なんで関係の無い俺にわざわざ許可を取ろうとする? ていうか、これは俺とお前の勝負事だろうが」

「いや、先に世話役の長月の許可は取った方がいいかなと」

「誰が世話役だ、おい」


 はたから見たら俺は璃音りおんの世話役に見られている自覚はあるが、他人から言われると見下されている気がして軽くイラっとする。


「無駄にプライドの高いあいつのことだから、勝負を受けないってことはないと思うが。いずれにせよ本人に直接許可を貰え」


「じゃあお願いします」

「直接って言ってんだろコラ」

虹ヶ咲にじがさきさんの連絡先は当然知ってるんでしょ? それに僕が直接会って許可貰うより、長月から言ってもらった方が話がスムーズに進むし」


 湊はニコリと笑い、ホットコーヒーの入ったカップを口へ傾けた。

 この所作に落ちない女子はいないだろうが、生憎と俺はそっちの趣味は持ちわせていない。

 璃音が言っていた、得体のしれない、笑みを顔に貼り付け取り繕った様が不気味さを際立たせる。


「湊の代わりにあいつのドリルに貫かれろと」

「長月、女性の髪の毛を工具に例えるのは良くないと思うな」


 口では紳士らしくたしなめているものの、こいつも璃音の横髪がドリルみたいだという認識はあるらしい。

 目が口以上にものを言っている。

 そう思ったら、僅かだが情け心が芽生えてしまった。


「......一応、虹ヶ咲に話くらいは通してやる」

「本当!? 虹ヶ咲さんに何処に遊びに行きたいかリサーチしておいてくれると助かるよ」

「よし分かった。俺への会話の禁止だけじゃなく、半径100メートル以内への接近禁止も追加で」

「僕の扱い、完全にストーカーだね......」


 肩をすくめる湊を横目に、俺もすっかりぬるくなってしまったホットコーヒーが入ったカップを口へ傾ける。

 コンビニのイートインスペースから覗く空は、休日日和の青さにいつの間にか鈍い色が混じり、不安を連想させる空模様へと姿を変えていた。


 ***


 璃音が実家から帰ってきたのは夕方4時過ぎ。

 せっかくの家族水入らずを邪魔するわけにもいかず、スマホのメッセに『帰ってきたら大事な話がある』とだけ打ち送信。

 一時間前に既読になったと思ったら、返信もせず何故か急いで帰ってきたらしい璃音は大きく息を切らし、部屋着にも着替えず外行きの恰好で我が家にやってきた。


「――で、わたくしを湊さんとの勝負事の景品に差し出したいと――そういうことですわよね?」


 事情を説明した俺を璃音は烈火のごとく怒り出し、今こうしてリビングの隅、フローリングの上へと正座させられている。


「はい......間違いありません」


 逆らうをことを許さない、頭上から下界に振り注がれる天使の容姿を持つ螺旋悪魔ドリルデビルの圧。

 会食でもしてきたのか、肩が大きく開かれた黒のパーティードレスを身にまとい、まるで汚い物でも見るような視線を浴びせてくる。

 湊みたいなM気質のある人間してみたらご褒美とも思える展開。

 だが残念ながら俺にはそっちの気も全くもって存在しない。


流真りゅうまさん。わたくし、大事なお父様との会食を抜け出してまで駆けつけて参りましたのよ。この責任はどうつけていただけますの?」

「駆けつける前にメッセで俺に訊けば良かっただろうに」

「何か言いまして?」

「いえ......」


 何と勘違いしたのか知らないが、自分の判断ミスを俺のせいにされても困る。

 笑みこそ浮かべているが、口調は冷淡さを維持したまま。

 これはしばらく逆らわない方が良さそうだ。

 

「思わせぶりな発言にもほどがあります。わたくしはてっきり......」

「てっきり......何だよ?」

「何でもございません! 流真さんはもっと女性の目線に立って物事を考える努力をすべきです!」

「言っている意味がよくわからんが......善処する」


 璃音はまた顔を真っ赤にして怒り出した。

 たださっきまでとは様子が違い、それはどこか羞恥を含んだような感じに見えた。


「湊さんのクラスが勝ったら、わたくしを貸し出すというのは分かりました。ですが流真さん、つまりわたくしたちが勝ったら景品は一体何になりますのでしょうか?」


「ああ。今後一切湊が俺に近づけなくなる権利だ」

「それ、流真さんだけしか得をしませんわね」

「だったら俺だけじゃなくて璃音も追加にしとくか」

「......流真さんって、顔に似合わず結構独占欲強い方なんですのね。わたくし、そういうの嫌いじゃありませんことよ」


 顔を背け、立派なドリル状の横髪を指先でいじりながら、璃音はもじもじと呟いた。


「ですが勝負とは、お互いの景品の価値が同じであって初めて成り立つというもの。ここはやはり、流真さんにもわたくしを一日自由にできる権利を与えるのが宜しいかと」


「お構いなく」

「お構いなくじゃありませんわ! せめて即決ではなくもう少し考えるふりくらいなさったらどうです!」


 ――と言われても。

 いらないものはいらないんだよな。

 家事ができるなら俺の代わりに長月家の一日家事代行をやらせてみるのも面白いだろうけど、いろんな意味合いで壊滅的な被害を受けることが容易に想像できる。よって却下。


 次に紅葉もみじの勉強を見てもらう......は、もう既に達成済みなので必要無し。これも却下。

 黙っていつも通りうちで三食世話になってろ――何事も平和が一番。 


「わたくしを一日自由にできる権利以外の景品は絶対に認めませんから。そのつもりで」


 拗ねた璃音はいまの気持ちを表すかのように腕を組み、首をぷいと振った。

 付き合いも多少は長くなってきたので、こうなってしまったら梃子てこでも動かないことは分かりきっている。

 根負けして、俺が首を縦に振るまでそう時間はかからなかった。

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