第12話【コンビニのコーヒーは意外に侮れない】

 休日に限らず、一人でのんびり過ごす時間というのは今となってはとても貴重だ。

 それまで夕食後は自室にこもり、のんびり好きなことに時間は費やすのが癒しルーティンになっていたのが、璃音が家にやってくるようになり変ってしまった。


 食事の時以外にも我が家に入り浸る璃音は、まるで自分の家のようにくつろいでいる。

 紅葉もみじが不在の時や俺に相手にされない時は、基本リビングで紅葉から借りた漫画をソファに転がりながら読書。

 我が家に出入りするようになった時点で予想をしていなかったわけではないにしても、悪役令嬢様の順応ぶりには感心を通り越して呆れている。

 誤解の無いよう補足情報として付け加えると、俺は璃音のことが嫌いなわけではない。

 どんなに仲の良い相手でも、ずっと一緒にいれば疲れもするし会話だって途切れる。

 

 だからこうして、コンビニのイートインスペースに腰を下ろし、ぼーっと一人コーヒーを飲む時間が愛おしい。

 家から歩いて5分程度。人気ひとけの無い少し閑散とした場所に位置する有名コンビニチェーン店は、普段から利用する人間は決して多いとは言えない。

 日曜の朝でもその状況は変わらず、店内には暇そうにレジの中でだべる、大学生くらいと思わしき男女の従業員二人と自分のみ。

 時折この辺に住むと思われる高齢の方が入れ替わりでやってきては、少量の買い物をしてすぐに店を出て行く。

 ここまで利用する人間がいなくて経営が成り立つものなのかと心配にならなくもないが、バックボーンが大きいのでなんとかなるのか。その辺のことはよく分からない。

 俺としては、この絶好の癒し穴場スポットが存在し続けてくれればそれで良いのだ。


「――もしかして長月?」


 人が喧騒から離れ一人穏やかな時間を楽しんでいる中、空気を読まずに話かける者は――隣のクラスの湊貴幸みなとたかゆきだった。


「こんなところで出会うなんて凄い偶然だね」

「それはこっちのセリフだ。湊の家ってこの辺なのか?」

「いや。友達の家がこの辺でね。少し早く着いたから、どこかで時間潰そうと思って」


 柔和な笑みを浮かべる湊は、俺の周囲をさり気なくきょろきょろと確認し、


虹ヶ咲にじがさきさんは......一緒じゃないんだね」


 と、残念そうな声音で尋ねた。


「残念だったな。俺があいつと行動を共にするのは学校の行きと帰りの時だけだ」


 本当は隣に住んでいて、毎日我が家に入り浸っていますなんて口が裂けても言えるか。

 ちなみに璃音は何でも実家に用があるらしく、我が家で朝食を済ませるなり足早に出

かけて行った。

 だからこそ、穏やかな日曜の朝を久しぶりに満喫できたわけだったんだがな。


「ごめんね。長月一人が不満ってわけじゃないんだ」

「俺がいるなら虹ヶ咲もいると期待したんだろ。訂正しなくても湊の気持ちは学校の誰もが知ってるから」


「それはそれで恥ずかしいな」


 うなじを手で押さえ、照れた表情を浮かべながら乾いた笑いを見せる。


「長月はここから家近いの?」

「まぁな」


 時間を潰すのが目的だとしても、とりあえずは何か物を買ってから座れ。

 俺まで迷惑な客だと思われるだろうが。

 なんとなくこちらの意思が通じたのか『あっ』と湊はすぐさま立ち上がり、レジ横にある機械で淹れるタイプのコーヒーを購入し戻ってきた。


「コンビニのコーヒーってそこまで高くないから、学生の身分にはありがたいよね。隣、座っていい?」

「もう一度座ってるだろ」

「確かに」


 何がおかしいのか知らないが、湊は鼻を鳴らして俺の隣の席に腰を下ろす。

 さらば。短かった俺の癒しのひと時。


「日曜の朝からコンビニのイートインスペースで一人コーヒータイムだなんて。長月も大人だね」

「大人だったらこんな近所のコンビニじゃなくて、おしゃれなカフェにでも行くと思うぞ」

「そう謙遜しないでよ」

「どうだか。涼しい顔して、内心は寂しい奴だと嘲笑あざわらってるくせに」

「今日はやけにアグレッシブだね。なんか嫌なことでもあった?」


 今だよ。

 と告げたところで、この24時間・365日、如何なる言葉も軽く受け流してしまいそうな奴には何を言っても届かない。

 ここは湊の約束の時間とやらになるのを待つしかない。俺は無駄な労力は遣わない主義なんでな。


「――聞いたよ。そっちのクラスの対抗リレー、虹ヶ咲さんが参加するんだってね」

「相変わらず情報が早いな。ポニーテールの情報屋の仕業か」

「ご明察」

「そっちのクラスは当然湊が出て来るんだろ」

「いや。僕は出ないよ」

「......は?」

「短距離は中学までって決めてあるんだ。例えそれが体育祭の競技だとしても。いろいろ思い出しちゃうから」


 取り繕った湊の表情は、どこかうれいを帯びた雰囲気で、むやみに突っ込んではいけないような気がした。


「でも僕が出なくても、ウチのクラスが一位を取ることに揺るぎはないと思うけどね」

「えらい自信だな」

「競技には参加しない。けど代わりにコーチ役を引き受けたんだ。僕が教える以上、長月のクラスには万が一の勝ち目もないからそのつもりで」


 元国体選手が出てこないと安心したのも束の間。

 これ以上無い同級生の経験者がコーチを担当するとなると、結局厄介であることに変わりはなかった。ただ――。


「どうだろうな。優秀な選手がコーチも優秀とは限らないだろ」


 湊のやる前から勝ち誇った態度がしゃくに障り、自分でもらしくない反論をした。

 タイプこそ全く似ていないが、記憶の中にいるがオーバーラップしてきて、今とてつもなく気分が悪い。


「へー。面白いこと言うね。じゃあ面白いついでに賭けでもしてみようか。お互いの勝ったクラスの方が、相手に何でも命令できるっていうのでどう?」


「ああ。かまわないぞ。俺たちのクラスが勝ったら、今後湊は俺に一切話しかけてくるな」

「酷ッ! それ事実上の絶交宣言じゃない?」

「まだ友達にすらなっていない関係に絶交も何もないだろ」


 同じ場所にいると勝手に話かけてくるだけで、現状湊は俺にとって顔見知り程度のポジジョンでしかなかった。


「そっちがその気なら僕にも考えがあるよ」

「金銭のやり取りは無しな」

「しないから、そんなの。僕を何だと思ってるの」


 念のため最低限の禁則事項だけ伝えると、湊は柔和な顔を少し歪め抗議の声を上げた。

 そして数秒の沈黙の後、息を吸う音と共にこう提案した――。


「僕たちのクラスが勝ったら――虹ヶ咲さんを一日借りてもいいかな?」

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