第11話【二人三脚は合法的に女子に触れる競技だと、むかし母親が言ってたな】

 中間テストが終わったあとに待ち構えているのは体育祭。

 毎年梅雨前の、ギリギリ外で開催しやすい気候の時期に行われる。

 

「ねぇねぇ長月君。二人三脚の相手よろしくね♪」


 体育祭の参加競技決めを兼ねたホームルームを終え、帰り支度をしているところに日向ひなたが陽気な笑顔でやってきた。


「こちらこそよろしく頼む。でも俺で良かったのか? 他に適任の奴がいただろ」

「全然! こういうのはお互いの体格の近さもそうだけど、フィーリングが一番だからさ」


 日向は女子の中でも背が高い方で、しかも帰宅部の癖に運動神経がやたら良い。

 一年の頃から色んな運動部からスカウトされているらしいが、本人にその気が無いのか、かたくなに帰宅部を貫いている。


「やるからには良い結果残したいじゃん。長月君となら絶対一位取れるって、私の野生の感がそう言ってるんだよね」


「買い被りすぎだろ」

「そんなことないよ。普段制服着てるから分からないけど、長月君って意外と大胸筋あるよね」

「二人三脚に大胸筋は関係ないだろ。あと突くのやめろ」


 いやらしく口角を上げた日向が俺の胸を指先で突いてくるので、軽くはたき落とす。


「もちろん大胸筋だけじゃなくてさ。全体の筋肉がバランス良く鍛え上げられてる。もしかして何か運動とかしてた? それとも現在進行形?」

「......ノーコメントだ」


 日向の見立てはほぼ的を得ている。

 だが俺にとっては全て終わったこと。

 今となっては黒歴史扱いの過去を、クラスメイトになって日の浅い、ただの同級生に語るつもりは毛頭なかった。


「ふーん。顔だけじゃなくて過去もミステリアスですか。やっぱり長月君は面白い人だねー」

「そういう日向は変わった奴だな。俺だけじゃなくて虹ヶ咲にじがさきにも話しかけて」

「私は単純に皆と仲良くしたいだけなんだよね。せっかく同じクラスの縁で繋がったわ

けだから、皆のこといろいろ知りたいじゃん」 


 高校生にしては随分と幼稚な思考と言うべきか。

 外の世界を知らない幼子が、そのまま大きくなったような甘い理想論を告げられ、俺はただ呻くのみ。


「――ところでさ、その虹ヶ咲さんからもの凄い圧を感じるんですけど」


 日向の視線の先を追えば、璃音りおんが自分の席からこちらを鋭い視線で凝視していた。

 周囲も璃音の様子に気付き、何やらひそひそと会話を呟いているが、小さくてよく聞き取れない。

 早く帰りたいなら呼びにくればいいものを。

 何故回りくどく離れた場所で陰湿な圧を飛ばすのか、俺には理解できない。


「......うちの悪役令嬢様がすまん」

「いいって。じゃあ私、そろそろ行くね」


 示し合わせたかのようにお互い声のトーンを落とし、璃音の視線を背に別れの挨拶を交わした。

 日向が同じ陽キャグループの女子たちと教室から出て行っても、璃音の視線による圧がやむことはなかった。


 ***


「良かったですわね。クラスで一番の人気者の日向さんと一緒の競技になれまして」


 高校の最寄り駅までの道中。

 璃音の機嫌の悪さは尚も続いていた。

 高校付近にある、長く真っ直ぐ伸びる並木通りを半分近く差し掛かった時、ようやく口を聞いてくれたと思えばこれだ。


「いい加減機嫌直せって」

「あの女狐――わたくしが狙っていた二人三脚を横取りしましたのよ!」


 日向の名誉のために真実を告白すると、横取りとは璃音の勝手な被害妄想であり、実際は参加希望者多数によるじゃんけんで敗れた敗者の弁である。


「それにりゅ......長月さん、最近特に仲良くされていますわよね。よく授業の合間に

話されてるのをわたくしが知らないとでも?」


「いくらぼっちで勉強以外やることなくても、人をストーカーみたいに観察するのは良くないな」

「誰がストーカーですの!」

「どうしても二人三脚に出たいって言うなら俺と交換するか?」

「だからそういう問題じゃありません! まったく貴方という方は......どこまで鈍感ですこと」


 鼻息荒く向日葵色寄ひまわりいろよりの金髪をなびかせる璃音の横顔を見ながら、さてどうしたものかと、頭の中で言葉を選ぶ。


「俺からしてみたら、クラス対抗リレーの方がずっと花形競技だろ。何と言っても最終種目で、場合によってはクラスの命運がかかった大事な一戦になる可能性だってあるからな」

「花形......」


 璃音の目元がピクリと動いた。


「例えば漫画やドラマの登場人物みたいに最終ランナーに選ばれたとする。で、相手ランナーと接戦の末に優勝を手にでもしてみろ。クラスの連中はおろか、全校生徒がお前をスター扱いするだろう」


 多少盛った言い方ではあるが、璃音にはこのくらいの方が丁度良い。

 この悪役令嬢様は基本自己顕示欲が強い。云わばバ〇と煙と同列なのだ。

 屋上を好むのもそんな性分故のさがだと思えば合点がいく。


「――どうやら運命は、わたくしの味方をしているようですわね」


 翡翠色の瞳に明るさが宿り、璃音は不敵な笑顔を浮かべた。


「流真さんたちは二人三脚で全校生徒全員が見守る中、派手にすっころぶといいですわ。その間にわたくしは、クラス対抗リレーで活躍して人気者に返り咲いてみせますわ!」


 すれ違ったサラリーマンが璃音の高笑いに驚き、首を傾げながらそのまま去っていく。

 元の恐れるものは何もない悪役令嬢様に戻ってくれたのは嬉しいんだが――余計な一言にちょっとイラっとしたのでクールダウンさせてやろう。


「その気になってるついでに、一ついいこと教えてやる」

「あら、わたくしの祝勝会の件でしたら是非流真さんのおうちで――」

「おそらく隣のクラスの対抗リレーに出てくるみなとって奴。あいつ中学の頃は陸上短距離走の国体選手だから」


「......マジですの?」


 璃音の簡素な計画が骨組みごと勢いよく崩れる音が、俺の耳にもしっかり聴こえた。



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