間違ってキッチンを爆破したらアパートから追放された話

神崎 ひなた

こんなはずじゃなかった

 きっかけはいつもの飢餓だった。

 凄まじい筋肉と引き換えに途方もない飢餓と戦う宿命を背負うことになった顛末は省略するが

(気になる人はこちらhttps://kakuyomu.jp/works/16817330654314738380を参照してほしい。)、とにかく俺は、家中をかき漁って食えそうなものを探していた。


「ハァハァハァハァ、今は生コンでもいいから腹に入れたい気分だぜ」


 すると、かつてキッチンだった空間の奥底からオリハルコンくらい硬くなったモチがいくつか出土した。確かに生コンでもいいからと言ったのは俺だが、マジでコンクリート並みの強度を誇るモチしか見つからないとは。絶望した。


(ちなみにキッチンの様子が知りたい人はコチラhttps://kakuyomu.jp/works/16817330654087327588をチェックしてほしい)


「まぁ、ものは試しだからな……」


 とりあえず喰ってみようとモチに齧りついたが、途方もない頑強さに前歯が折れかかった。途方に暮れつつ、モチを舐めつつ、俺は知識を総動員する。そして閃いた。たった一つの冴えた方法を。生命の危機に瀕している時でも諦めなければ必ず妙案が閃くものだ。


「フランベだ……」


 フランベ。それは料理界における最終奥義。凄まじい火力を持ってなんか食材の持つポテンシャルを限界突破するというアレである(多分)。

 いかに屈強な装甲を誇るモチといえども、フランベの最大火力を前にしては為す術も無いだろう。俺は早速準備に取り掛かった。


「フランベって何をどうすればいいんだ?」


 恐らくフランベに必要なのは、途方もない火力だろう。俺はコンロの火力を高められそうなものを探し始めた。


「確か灯油の残りがどこかにあったはずだ」


 部屋を探していると押入れの奥から携行缶が出てきた。こんなものを買った記憶はないが、恐らく前の住人が残していったものだろう。中身は分からないが、まぁ十中八九、灯油だろう。いかにも最大火力の上昇に貢献しそうなアイテムである。即採用。 


「あとは……豊富な酸素とか?」


 火がよく燃えるためには酸素がとにかく必要だと聞いたことがある。酸素吸引機のような気の利いたアイテムがあれば最良だったが、そんなものは都合よく家の中に転がってなどいない。

 代わりに謎のスプレー缶が見つかった。これも正直買った記憶などないが、恐らくキーボードにシュッってする系のアレだろう。なんか、気体を噴出するという意味では酸素吸引機に似ているし、同じような役割を果たしてくれるはず。妥協して採用する。


「さぁ――調理開始レッツ・クックだ」


 フライパンにモチを敷き詰めて、灯油をブッかける。匂いが少々気になるところだが、どうせフランベの絶対的火力に晒されたらすべて気化するはずだ。よって無問題モーマンタイ

 さらに、コンロめがけて謎のスプレー缶を十分に噴出する。最高の火力を発揮するにあたって、気体は多ければ多いほどにベネのはず。


「これよりフランベを開始するッッッ!!」


 お待ちかねの時間だ。あの頑強なモチが柔らかくなる瞬間を想像するだけで涎が止まらない。俺はワクワクしながらコンロに火を点けると――――


 その瞬間、世界が白く染まった。次に爆風が翔けた。全身に衝撃と熱波を浴び、肺の空気が消失する。壁に吹っ飛ばされて背中を強く打ったと気が付くまでに、しばらくの時間を要した。


「ハァハァハァハァ……なにが……一体なにが!?」


 世界に色彩が戻ると、そこにかつてあったはずのキッチンは面影もない破壊されていた。フライパンも、モチも、壁も、すっかり消し飛んでいた。


 消失バニシング

 こんなにあっさりと、当たり前の風景が消えてしまうだなんて思わなかった。気がつけば衣服もすっかり消失していたが、気にする余裕は無かった。ていうかこの状況、万が一にも大家さんに見つかったら一体どう言い訳すれば……。


「違ッ……俺は、俺はこんなことがしたかったんじゃない……ッッ」


 フランベが。フランベが全てを解決してくれるって信じてた。俺はただ、オリハルコンのモチを美味しく食べたかっただけなんだ。それが、こんなことになるなんて。


 茫然とした意識に突如、チャイムの音が割って入る。


『もしもーし。神崎さん? さっき凄まじい爆音が聞こえたんですが……またなにかしたんじゃないでしょうね?』


 インターホンのモニター画面に映る女性を見て、俺は凍り付いた。大家さんだ。三つ編み、眼鏡、巨乳、三種の神器が揃った超美人。普段はとても優しいが、敷金や礼金の話になるとハイエナのような表情を隠そうともしない、恐ろしい狩人。

 その双眸が、モニター越しに俺を捉えている。


(マズイッッ!! この状況……全身全霊で言い訳を考えなければ……死ッッッ!!!)


 よく見ると、キッチンの周りは一部、壁がヒビ割れていたり吹っ飛んだりしている。こんな有様を見られた日には、一体どんな目に遭ってしまうのか想像も付かない。俺はインターホンの会話ボタンを押し、冷静を装って咳払いする。


「あー、大家さん! すみません驚かせてしまって! ちょっと派手に転んでしまってですね! 凄まじい音を轟かせてましたことをお詫び申し上げます!」


『そんなレベルの騒音じゃなかったですけど……。なんならアパートごと揺れるくらいの爆音でしたけど。本当に大丈夫なんでしょうね? ケガをしているかもしれませんし様子を見に行きましょうか?』


「大丈夫です!!!! そう、風呂で!!!! 風呂で石鹸を踏んづけて転んでしまったので!!! 今あられもない姿をしていますので!!! 我が霊峰、剣ヶ峰が露出している状態なので!!! 大家さんにはとても見せられる状況でなく!!!!」


『………。神崎さん、なにか隠してません?』


「生まれてこの方、嘘をついたことがありません!!」


『ならば、私の信頼を裏切るような事態も起こり得ないでしょう』


 大家さんはポケットからマスターキーらしきものを取り出し、ガチャガチャと鍵を開けた! マズイ!!


「あーッ!! 大家さんいけません!! アーーーーッッッ!!」


「お邪魔しまーす」


 ガチャリ。玄関の扉が開いた。

 余談だが、このアパートは玄関を入ってすぐのところにキッチンがある。

 つまり隠蔽工作を図る猶予などあるはずもなく―――大家さんは目撃することとなる。

 渾沌と化した俺の部屋を。かつてゴミで埋め尽くされ、そして今は壁ごと吹っ飛び、あるいは半壊したキッチンの有様を。その中に、ほぼ全裸の状態で佇んでいる、えげつないボディビルダーのような筋肉ムキムキの俺。


「あの――――――――言い訳をさせていただいても、宜しいでしょうか?」


「………あははは」


 大家さんの全身から力が抜け、ゆったりとした足取りで迫ってくる。俺は半分現実逃避して、彼女の美しさに見惚れることにした。

 三つ編み、眼鏡、縦セタの下で存在感を主張する巨乳。柔らかそうな両手には、なぜかメリケンサックがはめられていた。


「言い訳なんかしていいわけないだろ、この大バカ野郎ーーーーーッッッッ!!!」


「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!????」


 大家さんの鋭い一撃が脳天を揺らし、混濁する景色の中に俺は沈んだ。




「トホホだぜ」


 結局その後、管理不行き届きを理由にアパートから追放された俺は、あてどなく次の居場所を求め、公園や河川敷を徘徊する日々を続けている。


 冷たい夜の風に吹かれながら、俺は時おり考える。

 あの時、どんな言い訳を用意していたらよかったのだろう――と。

 

「今日も夜風が冷たいぜ――――」


 なんて他人事のように呟きながら、世の中にうまく馴染めない言い訳を、今日もどこかで探している。


 あと、家も探してます。誰かいい物件知ってたら教えてください。


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間違ってキッチンを爆破したらアパートから追放された話 神崎 ひなた @kannzakihinata

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