1-4

 三年ぶりに再会した幼なじみに散々説教をされた次の日の朝。コーヒーでなんとか頭をたたき起こそうとしていたぼくは、二人の刑事と二度目の再会を果たした。

 どこでって?

 もちろん、ぼくの家で。――つまり無作法にも、やつらは朝っぱらから捜査と称して、人の家に押しかけてきたというわけだ。事前連絡もなしに! まったく、近頃の警察ときたら。

 ぼくが不機嫌さを目一杯アピールしながら部屋のドアを開けると、その百倍くらい冷ややかな顔をした長身の男がぼくを見下ろしていた。

「……殺人事件の捜査で、刑事を翻弄するとはいい度胸だ、ミスター・ポッター」

「前回も言ったと思うんだけどさ、インスペクター ・ロビンソン。ぼくのことをファミリーネームで呼ばないでくれる?」

 ぼくが精一杯、反社会的な態度で顎を反らせてそう言うと、ロビンソン警部補は聞いているのか聞いていないのかよく分からない、絶妙な表情で眉をあげた。

 そして、ぼくの言葉をきれいに無視して続ける。

「今度こそ、アラン・マクスウェルについて知っていることを全て話してもらおうか」

 警部補が冷ややかな眼差しのまま、皮肉たっぷりに口角を上げる。

「それにしても友人と言うのは、相手の無念を晴らすための協力は惜しまないものだと思っていたよ。まあ君が犯人なら、非協力的な態度も頷けるが」

 その言葉にぼくがぎょっと震え上がったところで、事務所から昨晩ぼくのソファベッドで一夜を過ごしたクマが――間違えた、ぼくの幼なじみが顔を出す。黒髪の一部をぴょんと飛び跳ねさせたまま、男が侵入者に向かって口角をあげた。

「脅すのはそのぐらいにしてやってくれ、サム。こいつにはもう、十分に効いているから」

「ブライアン、ダーシーか?」

 少し探るような声でそう言ったロビンソンは、だがすぐに納得したように頷いて続ける。

「ああ、確かに君だ。何度か顔を合わせたな。情報提供に感謝する」

「この裏切り者め」

 恨めしさを存分に含んだ声でぼやくぼくを無視して、いつの間にかシャツに着替えたブライアンが、足音を立てずにこちらに歩み寄ってくる。

「あなたがこうしてやってきたということは、警察はまだその辺りの情報を掴んではいなかったのか」

「言い訳がましいが、被害者は自身の性的指向を特定させるようなものを一切所有していなかったし、デート相手も女性だった。深い仲ではなかったようだが」

「ああ、女の子ともデートしてるって、そういえば言ってたような」

 何気なく漏らしたぼくをサディスティックな視線で切りつけ、ロビンソンが続ける。

「それに、なぜか彼の家族が捜査に非協力的でな」

「かなり厳格な父親だと聞いた。被害者はずいぶん父親に怯えていたと」

「そうだろうさ」

 そう言って、喉の奥で低く笑いを落としたロビンソンが、ふと笑いを止めてブライアンをじっと見つめた。

「……その情報は、この坊やから?」

「ああ」

「なるほど?」

 焦げ茶色の目が、ぼくを見下す。くっきりとしたたれ目は意外なほど可愛らしかったが、この男の持つ威圧感を払拭するほどではなかった。

「君の友人には、色々と聞かせてもらう必要があるようだな」

「ちょっと、うそだろ?!」

「おれは同席しても構わないか?」

「本来なら遠慮してもらいたいところだが、仕方がない」

 勝手に話を進める二人の間に、ぼくがなんとか口を挟もうとしたまさにその瞬間、柔らかくも鋭い、独特の声がロビンソンの声を遮った。

「サム」

 思わず声の主へと顔を向けると、ぼくとブライアンの視線の先で、それまで静かに沈黙を守っていたグエン刑事が、彼にしては少し強い視線でロビンソン刑事を見上げていた。

 当のロビンソンは、彼の制止を予測していたのだろう。特に驚いた様子もなく頭だけで振り返り、部下の視線を肩越しに受け止める。

「君が言いたいことはわかっているさ」

 上司から目を逸らさないまま、グエン刑事が沈黙で答えた。

 思わず顔を見合わせたぼくとブライアンの目の前で、ロビンソン刑事が身をかがめ、グエン刑事の耳元にボソボソと何かを囁く。それに対してボソボソと何かを反論していた青年が、だがやがて諦めたようにふう、と目を伏せた。

「――あなたがそういうのなら」

 おいおい、もうちょっと粘ってくれよ。

 ぼくは今度こそ慌てて口を挟む。

「ちょっと待った! ぼくはまだインタビューに応じるとは言っていないぞ」

「事情聴取な」

「そうそれ!」

 そう頷いてから、ぼくはこれ見よがしに眉をあげてぼくを見下ろす警部補に向かって必死に言い募った。

「なあ、これはアランが最も恐れていたことなんだ。わかるだろ? あいつにとって、死ぬよりもこのことが明るみに出るほうが怖かったんだよ」

「被害者には同情するが、捜査の手を緩める理由にはならない。犯人を野放しにする気はないんでね」

 男の言葉にぼくは低くうめき声をあげた。全く、なんという一日の始まりだろう。そういえば、ぼくはまだコーヒーすら口にしていないのだった。

「とりあえず入ってよ。事情徴収に応じるかどうかは、コーヒーを飲みながら話し合って――いたっ!」

「事情徴収には応じる」

 ぼくの頭にその大きな手を置いた男が、ぼくの代わりに勝手に返事をする。

「中へ入ってくれ。おれも今すぐコーヒーが飲みたい気分でね」

 ブライアンの言葉に、ロビンソンがもったいぶった仕草で頷き、ぼくの部屋へとすたすた足を踏み入れた。遠慮なんてかけらも見当たらない。こうやっていつもずかずかと人の家にあがりこんでいるに違いない。

 二人の刑事はそのままソファにそれぞれの居場所を定めると、ほとんど反射的に周囲に視線を走らせた。特に目を引くものはなかったのだろう。グエンがぼくの方へと視線を戻し、口を開いた。

「ルーカス。まずはもう一度、アラン・マクスウェル氏のことをお聞きしたいのですが」

 どうやら選手交代したらしい。ぼくは朝用の深煎りコーヒーを四つのカップに注ぎ、ブライアンの手を借りてそれを運びながらため息をつく。

「……もう大抵のことは、話したと思うけどね」

 ぼやきつつ、ぼくがそれぞれの刑事の前にカップを置くと、二人は少々面食らった様子で、目の前のコーヒーをじっと見つめた。

 刑事が二人して、たかがコーヒーカップに何を驚いているんだか。

「何の変哲もない、コアラとカンガルーのカップだろ。それが重要な証拠にでも見えるのかい」

「いや、君に人をもてなすような常識が備わっていたのが意外でな」

「オーケー、あんたはそれを飲むなよインスペクター」

 不機嫌なぼくの制止を無視したロビンソンが、腹がたつほど優雅なしぐさでカップを口に運ぶ。その隣でグエンがぼくに向かってにこりと微笑んでみせてから、コーヒーを口に含んだ。直後に二人の目が驚愕に見開かれる。

「驚いた。とても美味しいです」

「だろ? ――言っとくけど、あんたにはもう出さないないからな、ロビンソン警部補」

「遠慮する必要はない、ポッター。砂糖はどこだ?」

「ええと、話を戻したいんですが、ルーカス。アラン・マクスウェルは同性愛者で、あなたは彼の相談に乗っていたと言う話を聞きました。事実ですか」

 いきなり核心に踏み込まれて、ぼくは言葉に詰まった。じっとこちらを見つめてくる、左右線対称の美しいアーモンド・アイズから目を逸らし、力なく反抗してみる。

「故人の性的志向を嗅ぎ回るなんて、悪趣味だ」

「同感です」

 笑顔で肯定しつつ引く気配のない若い刑事に、ぼくはしぶしぶ「イエス」と答えた。

「――彼に特定の恋人は?」

「いない、と本人は言ってたよ」

「彼は自身の性的指向を周囲に隠していたようですね」

「ぼくも、そう聞いてる」

「なぜ、あなたには話をしたのでしょう」

「話すもなにも、出会いゲイバーだからさ。あいつの方は思い詰めて一度訪ねてきただけだったから、ぼくと会って以降は通ってないみたいだけど」

「初めて彼と会ったそのバーの名前は? ――今度は、どうか正直に」

「カフェ・リトルレキサンドラ。名前で検索すれば、すぐ分かるはずだ」

 ぼくの答えに、ブライアンがもの問いたげにこちらを見た。やつの聞きたいことはわかっている――答えはイエスだ。カフェ・リトルレキサンドラはぼくたちの共通の知人、マックスの店だった。

「なぜ、嘘をついたんです?」

「アランに誰にも言わないで欲しいと頼まれてたからさ。自分がゲイだと分かる、あらゆる可能性を排除しておきたいって。ぼくらに共通の知人なんていないのにな」

「あなたと彼は、恋人関係にあったんですか?」

「いや。アランは男嫌いだったし、そもそもお互い好みじゃ――」

「どういうことだ」

 すかさず口を挟んだロビンソン刑事に、ぼくはちらりと視線を向けた。

「何が?」

「ゲイなのに男嫌いだという事情を、詳しく話してくれ」

 一体その質問がどうして捜査に必要なんだよ。

 ぼくはそらせた視線を自分の足元へと戻しながら、ぼそぼそと口を開く。

「アランは男を嫌悪してたよ。特に父親と同じような、男らしい男を。それなのにうっかり父親と同じ性別、しかも似たタイプの人間に欲情したことにひどくショックを受けたんだって」

「男らしい男……なるほど」グエンの声が低くなる。「アランの父親について、彼から話を聞いたことがあるんですね」

 刑事の確認の言葉に、ぼくは少しの間口をつぐんだ。父親の話をしていいものか、ぼくは少し迷っていた。はっきり言って、少しも楽しい話じゃない。

 しばしの逡巡の末、ついに観念して重い口を開く。

「……まあね。あいつは、自分のファミリーネームすら最後までぼくに名乗らなかったけど、父親のことはよく話した」

「彼が父親のことをどう語っていたのかを、教えてください」

「気分が落ち込む話だよ」

「どうぞ」

 刑事の即答に、ぼくはため息をついた。

「あいつの話す父親は、かなり支配的な人だった。それに、情緒不安定でもある。アランがほんの少しでも自分の意に沿わないことをすると、突然怒り出すんだって」

「なるほど」

「最後に会った日も、意味もなく本を全て燃やされたって落ち込んでたよ」

「それはそれは」

 グエンが笑顔のまま目を細め、ロビンソンがその隣で眉間にシワを刻んでいる。

「アランは、父親が彼の人間性を執拗に否定する態度に、とにかく参ってるようだったよ。父親は、アランが意思を持って大切なものを所有することが、どうしても気に食わなかったみたい。自分も抑圧されて育ったのかもね」

 それまで淡々と手帳にメモを取っていたグエンの手が、ぼくの最後のコメントにぴくりと反応した。

「抑圧されて……どうして、そう思ったんです?」

「え? だって、自分が自分らしくいさせてもらえなかったから、息子が自分らしさを謳歌することが許せないんだろ? たぶんだけど」

「なるほど、興味深い意見です。——サム」

 グエンの呼びかけに、ロビンソンが目を閉じてふう、と長いため息をついた。

 目頭の辺りを指でほぐし、口を開く。

「その父親に似た男が、マクスウェルの話に出てきたんだな?」

「ええと。まあ、そうだね。一瞬のことだったけど」

 緊張を増していく部屋の空気にやや気圧されながら、ぼくは頷いた。

「彼の話に出てきたその人のことを、話してもらえませんか?」

「男だ」ロビンソンが鋭く口を挟んでくる「若い男——被害者と同じ、二十代前半の男の話が出てきていたら話してくれ」

 アランの話に登場人物は少ないから、その条件ならせいぜい四人に絞られる。

「ええと……高校生時代の同級生の話が出てきたな。名前はわからないけど、とにかくアランの初恋の相手だ。学年どころか学校中の中心だったらしいよ」

「彼の特別な相手だったんでしょうか?」

 刑事の興味を引いてしまったことに気がついて、ぼくは少し慌てる。

「いや、実際はそんなに仲が良かったわけでもないんだって。卒業後は連絡も取っていなかったみたいだし」

「高校卒業後、一度も?」

「アランの話だと、そう」

 ——彼はさ、完璧なんだ。

 ぽつりと落とされた、その言葉ににじむ深い、深い憧憬。

 ——全身に光をまとっているような人間だった。キラキラしていて……ぼくはあの光に、気づかなければよかったのかもしれない。

「なるほど……それから?」

「次は——そうだ。よくつるんでる友達三人の話もしてたよ。性別も名前もわからないけど、話の感じだと男じゃないかなあ。『三年間気づいたら一緒にいるんだけど、もしかしてぼくは友達だと思われてるのか?』なんて言うもんだから、笑っちゃったよ。週に四回は一緒に昼飯食べてるくせに」

 思わず口角を上げた瞬間、胸に切り裂かれるような痛みが走った。その痛みにぼくはすぐに笑いをひっこめ、続ける。

「でもまあ彼らに関しては、ちょっとした愚痴をいうくらいだったな。すぐにゲイを笑いのネタにするってぶつぶつ文句言ってた」

 むっと目を細めて怒っているアラン。いつもは老けてさえみえた彼の静かな表情が、少年のように波打つ。まっすぐな憤りに燃える、若者の目。

 ——マイノリティに身を置いたことのないやつには、自分の言葉を怯えながら聞いている人間がいるなんてこと、どうせ一生、理解できない……

「……そうは言っても、いい友達だったんだろうと思う。文句を言いつつ楽しそうにしてたからね」

「彼らの中に、彼が魅力を感じて絶望したという『男らしい男』はいたと思いますか?」

「分からない。いたかもしれないけれど、アランがそう話したことはなかった」

「恋人は?」

「さっきも言ったけど、そもそも恋人はいないって言ってた。でも、たぶん深い関係になった相手はいたと思う。何となくピンときたってだけだけど」

「いつ頃から、それを感じましたか」

「ここ最近のことだよ。たぶん、そうだな……ここ二ヶ月くらい」

「相手の方の名前はわかりませんか?」

 その質問に、ぼくは首を横に振って答えた。

 そもそも、あれが特定の相手とのことだったかどうかも分からない。自己嫌悪と自分以外の男の熱に昏く目を瞬かせた、まだ鮮やかに蘇る青年の姿。

 脳裏に浮かんだ彼の姿に、ぼくは再び胸を突かれる。あれはまだ、たった二日前のことなのに。

「それではその、『男らしい男』について教えてください」

「どういう知り合いかは知らないけど。話を聞いた感じだと、キアヌ・リーブスの筋肉をまとった、口うるさくて狂信的な牧師のようなやつだった」

 ぼくの答えに、目の前に座る若い刑事の喉仏がこくりと上下した。その隣で、表情を変えたサムがソファのアーム部分を握りしめている。またしても空気が緊張に引き締められていく。目を丸くするぼくに、グエンが穏やかに続けた。

「アルファベットや身体的特徴や……なんでもいいんですが、その相手につながるような何かを彼から聞いていませんか」

「悪いけど、ホントにわからない。話に出てくるあいつの父親と似てるな、程度の印象があるだけなんだ」

「……まあいい、被害者の所有する端末の連絡先リストを洗い直せば、少なくとも登場人物の誰かには行き当たるだろう」

「無理だと思うよ。自分のことをゲイだと知ってて会う人とは、通常のアドレスや端末以外で連絡取るって言ってたし。ぼく以外は、って意味だけど」

 つい漏らしたぼくの言葉に、二人の動きが目に見えて固まった。

 自分が失言したことに気がついて慌てて両手で口元を抑えたが、それは警部補の神経をさらに逆なでしただけだったようだ。

 ロビンソンの目元が凶悪さを増し、ぼくは思わず腰を浮かせそうになる。

「どうやら君は、真剣におれをからかっているんだな、ミスター・ポッター。その情報をとっとと吐かなかった理由を言え」

「……聞かれなかったから」

「嘘をつけ」

 ロビンソンがぴしゃりと決めつけた。

 自分の態度がわかりやすかった自覚はさすがにあるから、これはぼくの分が悪い。

 凶悪なキリンのような目をした男が続ける。

「理由を言えないのか? 言えないなら、どうなるかわかっているだろうな?」

「だって仕方がないだろ、聞かれても困るんだよ!」

 ぼくはとうとう観念して叫んだ。

「なぜだ?」

「だってあいつが何をしてるのか、説明を聞いてもちっとも分かんなかったんだよ。 公共の端末で、IP......何とかがどうとかサーバーがなんとかとか、そんなこと聞かれても説明できないし!」

「……君は、そんなくだらない理由でこれほど重要な情報に口を噤んでいたのか?」

「くだらない?!」

「サム」

 跳ねあがったぼくの声に、今度はどこかたしなめるようなグエンの声が重なる。

 相棒の呼びかけに、ロビンソンはまだ言い足りないような様子ながらも口を閉じて、そして何かを熟考し始めた。

 それを確認したグエンが、再びぼくに向き直る。

「彼はなんの目的でそのアドレスを使っていたんでしょうか」

「……ゲイについての情報を得るために、質問サイトにアクセスしたり、専門のサイトで知り合った相手と個人的にやりとりしたりしたって言ってたよ。使い始めたのは、ぼくとまだ出会う前だって聞いてる」

「専門のサイト」

「さすがにこの流れで、なんの専門サイトなのかわからないとは言わないだろ」

「まあ一応、確認のために」

 そういって微笑むグエンに向かって、ぼくはため息まじりにそのサイト名を伝え、そのサイトではLGBTが自由に情報を交換したり書き込みしたりできるのだと説明した。

 グエンはそれを生真面目な様子で手元のメモに書き取ると、ぼくの方へと視線を戻してさらにいくつかの質問をした。

 その質問が終わったタイミングを見計らっていたのか、それまで黙っていたロビンソン刑事が口を開く。

「君のアリバイについてだが」

 その言葉に、自分が容疑者の一人だったのだと言うことをすっかり忘れていたぼくは、思わずびくりと身を震わせた。

 だが彼は、特にそれ以上言及することなくただ視線をブライアンに送って続ける。

「君は、その男が誰なのかを突き止めるために彼を雇ったんだな」

 ブライアンのやつ、そんなことまでこの刑事に話したのか。

 じろりと幼なじみを睨みつけるぼくに、ロビンソンが淡々と告げた。

「君にしてはいい判断だ。個人的にはそのまま、彼とともに行動することを勧める」

「……一体、それはどういう意味だい? 刑事さん」

「君は今、危うい立場に立たされている可能性があるということだ、ミスター・ポッター」

 そう言って押し黙る男を、ぼくは意外な思いでまじまじと見つめた。

 よくわからないが、どうやらこの刑事は彼なりに、ぼくの立場を心配してくれているらしい。

「わかったよ、インスペクター・ロビンソン。ぼくのことをこれ以上ファミリーネームで呼ばないと約束するなら、あんたの言う通りにするよ」

 ぼくの返答に、刑事がちらりと横目でぼくを見下ろした。

「……いい忘れたが、ルーカス、おれもロビンソン警部補と呼ばれるのが嫌いでね。普通にロビンソンさんと呼んでくれ」

 ぼくはその時、よほど奇妙な顔をしていたのだろう。ぼくらの会話を横で聞いていたグエン刑事が補足する。

「実は数年前、ロビンソン警部補という刑事が登場するドラマが流行ったんですよ」

「うわあ、うっかり親近感を抱きそうになっちゃった」

 深い理解を込めて、ぼくは苦々しく口を引き結ぶロビンソンの顔を見上げる。

「オーケー、サム。同じ名前のやつが有名になるって大変だよな。ぼくも、同じファミリーネームを持つ魔法使いが、すっかり有名になっちゃってさ」

「……喜んでたじゃないか、わざわざ教室に本まで持ってきて」

 余計な口を挟んだ幼なじみに向かって、ぼくはサムに負けないくらいむっつり口を曲げた。

「喜んださ。ぼくのニックネームがハリーになりそうになるまではね」

 ぼくの言葉が終わらないうちに、凶悪なキリン――間違えた、サムが立ちあがってグエン刑事を促す。

「捜査への協力に感謝する。何か思い出したことがあれば連絡をくれ」

 そう言って、入ってきたときと同じように、すたすたと部屋から出ていった。そして玄関のドアノブに手をかける直前、彼の後ろに続いていたぼくを振り返って淡々と忠告を口にする。

「くれぐれも軽はずみな行動をとるなよ、ルーカス。根拠などあってないよう忠告だから従う必要はないが、一応そう言っておく」

 それだけ言うと、ぼくの反応を待たずにやつは身を翻し、彼の相棒とともに扉の向こうへと消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る