第23話 夢の終わり

 帝都で見つけた騎士たちにとても優しく連行され、ひとまず私は取調室へ案内された。


 そこでお茶やお菓子を出され、申し訳なさそうにする騎士たちとお話しして現状を聞き出す。聖女へレーナには反発心があるが、民の生活も守らなければならないため命令に従うふりをしつつ様子を見ていたそうだ。


 近衛騎士たちも同じで皇帝陛下や皇后陛下が人質に取られ、闇の力に対抗できず迂闊に手を出せない状況だという。ひと通り話も聴き終えたので、私からお願いして手枷と足枷をつけてもらい謁見室へ案内してもらった。


 謁見室へ入るとへレーナが私に玉座の前で跪くように命令する。苦悶の表情を浮かべる騎士に迷惑がかかってはいけないので、言う通りにすると優越感に満ちた表情で私を見下ろし笑い始めた。


「あはははっ! 先輩、その格好よく似合うわ! 手も足も繋がれて本当にいいざま!」

「へレーナ、貴女では国を治めることができないわ。このままでは帝国の未来がないの。今すぐもとに戻して」

「はあ? なに偉そうに言ってんの? あんたが私に指図するなっ!!」


 真っ赤な顔で眉を吊り上げたへレーナは腕を振り上げ、思いっ切り私の頬を引っ叩いた。衝撃の後に頬が熱くなり、その後で痛みが襲ってくる。


 へレーナは以前にも増して傲慢に、傍若無人になっている。前世ではここまでではなかったのに、この環境がそうさせているのかもしれない。


「何度でも言うわ。へレーナ、このままでは女帝の座すら維持できなくなる。いずれ弱った帝国を周辺国が狙ってくるから——」

「うるさいってば! あんたの話なんて聞きたくないっ!!」


 へレーナは耳をふさいで玉座にドカッと腰を下ろす。

 ダメだわ……私の声はへレーナに届かない。やっぱり闇の力を浄化しなければどうにもならないのね。


 その時、謁見室の入り口がにわかに騒がしくなり、騎士が扉を開くのを待たずに勢いよく開け放たれる。


 さらりと揺れる銀の髪、サファイアブルーに煌めく瞳。鋭い眼差しは真っ直ぐに前を見据えて、純白の聖剣を腰に差したフレッドが現れた。

 フレッドの姿を目にしたへレーナは、途端に楽しそうな笑みを浮かべて口を開いた。


「やっと来たのね、アルフレッド。随分と遅かったじゃない」

「ユーリ……!」

「フレッド……」


 私のもとまで足早に来て、いまだにジンジンを熱を持つ頬を見て、フレッドからピリピリとした魔力が漏れ出す。


「ユーリに手を出したのは、お前か」

「ふんっ、その女が悪いのよ。上から目線でうるさく言うんだから。あんまりうるさいから黙らせただけでしょ」

「フレッド、大丈夫だから」


 ここで怒りに任せてフレッドが暴走しては、この後どう事態が動くかわからない。作戦通りに——と口の動きだけでフレッドに伝えるとグッと怒りを呑み込んでくれた。


「今すぐユーリの指名手配を解け。それも条件のはずだな」

「ふふっ、私の目的はあの女が泣いて悔しがることなの。これだけじゃ足りないかなぁ〜」

「早く指名手配を解け」


 へレーナはニヤリと笑ってフレッドの胸元に手を伸ばす。それはまるで前世で私の恋人に触れたように、フレッド越しに私を見つめてきた。


 困ったようにでも嬉しそうに笑っていた恋人の横顔と、今と同じように優越感に浸った宮田さんの顔がフラッシュバックする。あの後、恋人が私を振り返ることはなかった。私に背を向けたまま、他に好きな人ができたと別れを告げられた。


「それにしても、本当に整った顔といい身体してるわ……ふふ。夫婦になるんだし、楽しまないともったいないよね?」

「…………」


 フラッシュバックに耐えかねて私は視線を下げる。ここは前世と違うとわかっていても、あの時の悲しみや孤独感がぶり返して、どうしても直視できない。


「そんな顔してたって、こうすればみんな……え、ちょっと。なんで……!?」

「悪いが俺が反応するのはユーリだけだ」

「……っ!!」

「なんなのあんた! ふざけんなっ!! ちょっと、あの男を連れてきて!!」


 激昂したへレーナの命令で、神官のひとりが慌てて深くフードを被った人物を連れてくる。隣に立ったその人物は——。


「ほら! 貴方の探していた女はそこにいるわ! もう好きにしていいから早く消えて!!」

「やっと会えたな……ユーリエス! 僕だ、クリストファーだ! 一緒に国に帰って僕と結婚しよう!!」


 行方不明になっていたクリストファー殿下だった。


「クリストファー殿下……!」

「ああ、待たせてすまなかった。ずっとユーリエスを探していて、遅くなってしまったな。さあ……」


 そうしてクリストファーが私に手を伸ばしてくる。逃げようにも膝をついている上に鎖で繋がれているから咄嗟に動けない。

 クリストファー殿下が私の腕に触れた瞬間、耳をつんざくような悲鳴が上がった。


「ぎゃああああぁぁぁあああ!!!!」


 クリストファー殿下は、私に触れた瞬間、レッドカーペットの上をゴロゴロと転がっている。痛みに耐えている様子で、今度はへレーナに向かって怒鳴り始めた。


「おい、聖女! 私の呪いを解いたのではなかったのか!?」

「はあ!? そんなことできるわけないでしょ! ただ怪我を治しただけなのに、勘違いしたのはあんたじゃない!!」

「なんだと!? うがぁぁぁっ!!」


 クリストファー殿下は痛みに耐えきれなくなったのか、床にうずくまりうめき声を上げている。


「ああー! 本当に使えない奴らばっか!! これじゃあ、全然先輩にざまあしてないじゃん!! もう、私がやった方が早いわ!!」


 へレーナは湖のような瞳に憎悪の光を浮かべて私を睨みつけた。そして右腕を突き出して、黒い霧を私に向けて放つ。


 これが闇の力……!!


 そう思った瞬間、フレッドの逞しい背中が視界に飛び込んできた。純白の鞘から透明に輝く剣身を引き抜き、闇の力へ切りつける。

 黒い霧はジュワッと音を立てて消えていった。


「な、なんで…… !? もしかして……聖剣!?」


 へレーナは青い顔で震え始めた。咄嗟に神官たちに命令を下した。


「ちょっと! あんたたち、私を助けなさい!!」

「へレーナ様っ!」

「僕が盾になります!」


 神官たちはへレーナを囲むように立ったけれど、フレッドは容赦なく剣を振るう。


「邪魔だ、どけ」


 フレッドの殺気が込められたひと言で神官のひとりが気絶し、次に聖剣をひと振りすると神官がふたり倒れた。

 残りふたりとなった神官たちは、ガタガタと震えながら紙のように真っ白な顔で逃げ出す。


「うわあああああ!」

「こ、殺されるっ!!」


 逃げた先には謁見室の警護をしていた近衛騎士が立ち塞がり、神官たちを捕らえていた。フレッドが動いたことで機が熟したというように騎士たちも一斉に反旗を翻す。

 逃げ場がなくなり、フレッドに追い詰められたへレーナは突然泣き始めた。


「ご、ごめんなさい! 私、私……みんなが言うことを聞いてくれるから、ちょっとやりすぎちゃっただけなの!! ごめんなさい!!」


 ボロボロと涙をこぼすへレーナに、フレッドは冷酷な視線を向けたままだ。前世でもミスをして叱られるたびにこうして泣いていたのを思い出す。

 だけど皇帝となるべく教育を受けてきたフレッドに、そんな泣き落としは通じなかった。


「言いたいことはそれだけか?」


 まさしく冷徹な皇太子として、へレーナを断罪しようと聖剣を振り上げた。

 泣き落としが通じないと判断したへレーナは、闇の力を一気に放出してフレッドの隙をついて逃げ出す。騎士たちがいるからすぐに取り囲まれ、床にうずくまっていたクリストファー殿下につまずいて転んでしまった。


「ぐふっ!」

「ちょっと! 邪魔……っ!!」 


 フレッドもすぐに追いつき、聖剣で切りつけた。


 ——ガキンッ!!


 大きな音が謁見室へ響き渡る。てっきりへレーナの闇の力が浄化されたのだと思った。


 それなのに、ゆっくりと聖剣にヒビが入り真っ二つに折れた切先が床に落ちて硬質な音を立てる。

 フレッドが切りつけた聖剣が、折れていた。



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