第六章 破滅の時

第22話 罠にかかりましょう

「アルフレッド殿下」


 焦りのにじんだリンクの声で、慌ててフレッドを引き剥がした。

 今のは違うと言い訳したかったけれど、リンクの表情は固くなにかが起きているようだった。


「聖女がアルフレッド殿下との婚約を発表しました。新たな要求として、従わなければ皇帝陛下と皇后陛下の命はないと。さらに婚約者になればユーリエス様の指名手配を解くと言っております」

「……それはまた随分な要求だな」


 本人の同意なしに婚約を発表というのが納得できない。しかも帝国の皇太子相手にだ。正式な書類も交わしていないのに、そんなものは無効だと気付いていないのか、書類を偽装しているのか。

 これで指名手配を解いてもらっても、フレッドが犠牲になっているのだから素直に喜べない。


「皇帝陛下の影からの情報ですが、聖女はユーリエス様を捕らえたら、目の前に連行しろ命令してるとのことなので罠なのは明白です」

「ではその罠に乗りましょうか」

「……そうだな。ユーリは俺が必ず守る」


 フレッドは確固たる決意のこもった視線を私に向けた。


「明日の朝、ミカと最終調整してから動きましょう。今夜はしっかりと寝ておかなくちゃ」

「ああ、ユーリもゆっくり休んで」

「ええ、おやすみなさい」


 へレーナとの対峙を前に、私たちは眠りについた。




 翌朝、全員揃ったところで最終調整を始めた。まずはリンクから昨夜の話をミカや影のマリサに伝える。それから昨日ミカから聞いた話で気になることがあったので、深く掘り下げて聞いた。


「それでね、昨日へレーナの食事の好みが変わったって聞いたけど、具体的にどういう風に変わったの?」

「わたしが聞いたのは、とにかく極上のスイーツばかり求めてるっていうの。マリサが皇城に潜んでいる影から情報を集めたんだけど、食事まで甘いものばかりで普通の食事はしないみたい」

「そう……」

「聞いてるだけで気持ち悪くなっちゃったよ」


 もしそうだとしたら、私の考えが当てはまっているかもしれない。たとえ外れていたとしても、きっと予想外の攻撃で一瞬の隙くらいはできるはずだ。


「わかったわ。それなら私に考えがあるの。リンクやマリサたちにも協力してもらいたいけど、いいかしら?」

「もちろんです」

「なんなりと」


 こうして作戦を立て準備が整ってから、私はひとりで帝都へ向かった。

 街は少し活気がなくなっているようで、民たちも笑顔が少ないように感じた。わずかな時間でこれだけの変化があるのだ。このままへレーナが女帝として君臨しても、帝国の未来は暗いだろう。


 気を取り直して、街の警備を担当する騎士がいないかと探し歩いた。大通りを歩いて十分くらいたっただろうか。前方からふたり組の騎士がやってくる。私の目の前を通り過ぎようとして、慌てて声をかけた。


「ねえ、貴方たち。私を探しているのでしょう?」

「え? 突然なんですか……?」

「……あっ! もしかして、貴女様は——」


 私は極上のアルカイックスマイルを浮かべる。


「私がユーリエス・フランセルよ。指名手配されていると聞いたけれど、違ったかしら?」


 そして堂々と名前を名乗った。




     * * *




 俺は聖剣を手にしたまま、ジッと隠れ家の窓から外を眺めていた。ユーリが帝都の街へ繰り出してから、もう二時間が過ぎた。


 昼を過ぎて軽く食事をしたものの、うまく飲み込めない。ミカも食欲がないようで、半分ほど残していた。ユーリには作戦の一環でリンクを護衛代わりにつけている。なにかあっても逃げ出すくらいはできるはずだ。そう思っているのに、不安が押し寄せてくる。


 なにも連絡がないまま、隠れ家の部屋では時計の針だけが静かに音を立てていた。それからさらに一時間が過ぎた頃、やっと待ち望んだ知らせが入る。

 ミカの影であるマリサが、念話で情報が入ってきたと声を上げた。


「アルフレッド様、皇帝陛下の影から連絡が来ました。万事うまく進んでいます。ご準備を」

「そうか……では皇城に戻る。ミカ、俺たちが戻らなければ、その時は頼むぞ」

「ふたりとも戻ってくると信じてます。お兄様、お気を付けて……!」

「任せろ」


 そうして俺は作戦通りに皇城へと向かった。

 逸る気持ちを全面に出せば、俺がユーリの指名手配と解きたいのだと思わせられる。それはこちらにとっても都合がよかった。


 皇城に着くと、すぐさま謁見室へと通された。

 近衛騎士は眉間に深い皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべている。目線だけで大丈夫だと伝え、レッドカーペットを進んだ。

 へレーナの前には、両手と両足を鎖で繋がれたユーリが跪いている。


「やっと来たのね、アルフレッド。随分と遅かったじゃない」

「ユーリ……!」

「フレッド……」


 ユーリに怪我がないか見たところ、頬が赤くなっている。瞬間的に怒りの感情が俺を支配した。


「ユーリに手を出したのは、お前か」

「ふんっ、その女が悪いのよ。上から目線でうるさく言うんだから。あんまりうるさいから黙らせただけでしょ」

「フレッド、大丈夫だから」


 作戦通りに——ユーリは口の動きだけで最後の言葉を俺に伝える。

 グッと怒りを呑み込み、聖剣に手をかけて聖女に歩み寄った。


「今すぐユーリの指名手配を解け。それも条件のはずだな」

「ふふっ、私の目的はあの女が泣いて悔しがることなの。これだけじゃ足りないかなぁ〜」

「早く指名手配を解け」


 へレーナはニタリと醜い笑みを浮かべて、俺の胸元に手を伸ばしてくる。胸元から腹筋へ、さらにその下へとへレーナの指が下りていく。触れられるのも嫌だったが、なんとかこらえた。


「それにしても、本当に整った顔といい身体してるわ……ふふ。夫婦になるんだし、楽しまないともったいないよね?」

「…………」


 服の上から撫で回されて、いつ聖剣を抜こうかと考えて耐え忍んだ。神官たちがものすごい顔で俺を睨むが、だったらへレーナを止めてくれとすら思う。あまりの苛立ちからか、神官たちがへレーナから距離を取り始めた。


「そんな顔してたって、こうすればみんな……え、ちょっと。なんで……!?」

「悪いが俺が反応するのはユーリだけだ」

「……っ!!」

「なんなのあんた! ふざけんなっ!! ちょっと、あの男を連れてきて!!」


 真っ赤な顔で激昂したへレーナは、悲鳴を上げるように叫んだ。神官のひとりが慌てて、深くフードを被った人物を連れてきてユーリの隣に立たせる。


「ほら! 貴方の探していた女はそこにいるわ! もう好きにしていいから早く消えて!!」


 フードを被った人物はジッとユーリに視線を向けている。やがておもむろにフードを外すと、見覚えのある金色の髪がさらりとなびいた。

 その瞳は若葉色でユーリを見つめる視線は、昏く澱んでいる。


「やっと会えたな……ユーリエス! 僕だ、クリストファーだ! 一緒に国に帰って僕と結婚しよう!!」


 あの時、呪いをかけて排除したはずのクリストファーだった。



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