第21話 俺の愛しい人(フレッド視点)※前半はへレーナ視点

 聖女へレーナの私が女帝へレーナになって、十日が過ぎた。


 あれから皇后も黒い檻に入れて、人質として見せ物にしている。最初は抵抗してきた騎士や貴族たちも、闇の力で叩きのめしたり、皇帝と皇后の首に闇の力を巻きつけて脅せば、みんな私の言いなりになった。


 気付いたら皇太子も皇女もいなくなっていたけど、私が女帝になったからもう皇太子にも興味がなかった。


 一週間前には私の話を聞きつけたクリストファーがやってきた。ユーリエスを探してるうちに呪いをかけられたから、なんとかしてほしいと言ってきたのだ。


 私に呪いなんて解けるわけないけど、やっぱりここでも物語が変わってるみたいだったから、とりあえず手元に置いている。漫画では私を倒すキャラだから、近くに置いて見張っていた方が安心できる。


「へレーナ様、ユーリエス・フランセルは帝国中で指名手配となりましたので、捕えるのも時間の問題かと思われます」

「ふうん、じゃあ、捕まえたら私の前に連れてきて。いいこと思いついちゃった!」


 もしクリストファーと先輩を会わせたらどうなるのか。その時、皇太子が私の婚約者だったらどうなるのか。考えただけでも楽しくなった。


「ええとねぇ、皇太子と私の婚約を発表して! そうしないと皇帝と皇后を殺すって言えば来るでしょう? それともユーリエスの指名手配を解くって言ったら来るかなぁ?」

「承知しました。皇太子に関しては、その両方を伝えればよろしいかと思います」

「そっか、じゃあそうして。それとは別でユーリエスも早く連れてきて」

「かしこまりました」


 ああ、本当に一番って最高! なんでも私の自由にできて、面倒なことは全部命令ひとつでやってくれるし! もっと早くこうしておけばよかったなぁ。


「はー、これで先輩のブッサイクな泣き顔が見れるかな〜。いつもウザかったんだよねぇ〜。ふふふ、私が思いっ切りざまあしてあげるわ!」


 自分の思い通りに進む現実は、神様が与えくれたギフトなのだとこの時は思っていた。




     * * *




 イリス嬢から聖剣を受け取った俺はユーリやミカエラを守りつつ、どうやってへレーナを倒し父上と母上を助け出すか考えていた。

 考え出したら眠れなくてリビングのソファーに座り、窓から見える月をもう一時間も眺めている。秒針を刻む音だけが響いて、月明かりに照らされた部屋は静まり返っていた。


 心の中は無力感であふれ、自分の不甲斐なさに笑うしかない。皇太子として影に守られ逃げているだけだ。聖剣を使えるといっても、へレーナに対抗できるのかやってみなければわからない。


 そんな不確定な要素ばかりでは、動くことすらできない。俺が失敗したら、父上も母上もユーリもミカエラもすべてを失ってしまう。


 その時、カチャリと扉の開く音がした。

 振り返ると、ストールを羽織ったユーリが驚いた様子で声をかけてきた。


「フレッド……どうしたの? もうこんな時間なのに灯りもつけないで」

「考え事をしていたんだ。起こすと悪いと思って灯りはつけなかった」

「なにを考えてたの?」


 ユーリは俺の隣にそっと腰を下ろす。ふわりと鼻先を掠める花のような香りに、心がギュッと締めつけられた。


「……どのようにへレーナを倒すか、どのように父上と母上を助けるか考えてた」

「そうね、聖剣を使えるのはフレッドだけだから、そこは頼るしかないけれど」

「もしへレーナに聖剣が通じなかった場合はどうたらいいかと思ってな」

「その時は私がいるわ」


 なんの曇りもないアメジストの瞳で、真っ直ぐに俺を見つめてくる。どうしてそんなに凛としていられるのか。一番危険なのはユーリなのに、どうして。


「だけどユーリは指名手配までされているから危険すぎる」

「そうね。でも死ぬと決まったわけではないし。前世の私たちはすごく平和な国で暮らしていたから、きっと処刑するという発想がへレーナにはないと思うの。国政には関わってないみたいだし、ただ自分の好き勝手にやってるだけという印象が強いわ」

「…………」


 確かにリンクが影たちから聞いたという情報では、政務は今まで通り人事の見直しなく行われている。へレーナはただ自分の命令が実行されることで満足しているようだった。


「まあ、私のことが嫌いみたいだから嫌がらせしたいだけだと思うのよ。それなら多少大胆に動いて、意表をついた方がいいと思うの」

「なにか策があるのか?」


 そう問いかけたら、ユーリはイタズラを企む子供みたいにニコリと笑う。


「私、一度捕まってみようかと思って」

「はっ!?」

「フレッド、落ち着いて。ちゃんと逃げ出せるように準備してからよ。そもそも、騎士たちは皇帝陛下が人質に取られているから動けないだけで、忠誠心はそのままのはずでしょう?」


 確かに騎士たちの気持ちがそんなに簡単に変わるとは考えにくい。特に皇族に忠誠を誓った近衛騎士ならなおさらだ。


「だったら、幸いにも私が皇太子妃の部屋を使っていたと知られているし、少なくとも酷い扱いは受けないと思うの」

「確かに俺もユーリは将来の皇太子妃だから丁重に扱えと命令したが……」

「ははは……まあ、いいわ。結果オーライよ。だからね、フレッドは私を助けにきたと言ってへレーナに謁見したら怪しまれないわ」


 ここまでならユーリの策は問題なさそうだ。でも——。


「ユーリが捕まるのはどうしても俺が許せない」

「フレッド、心配は嬉しいけど今は皇太子として決断すべきよ。皇帝陛下も皇后陛下も捕らえられている今、騎士たちの心の拠り所は皇太子アルフレッドでしょう?」


 その言葉にハッとする。

 厳しい皇太子教育では時には非常な決断も必要だと叩き込まれた。百の騎士を見捨てて、万の騎士を救う。それが為政者なのだと。


「そうでないなら、私が主人として命令するわ」

「命令……?」

「フレッド。私は一度自首するから、ちゃんと助けにきなさい。それができないなら専属護衛はクビよ」

「それはめちゃくちゃな命令だな」

「そんな主人に仕えたのだと思ってあきらめて」


 ふっと肩の力が抜ける。自分ひとりでなんとかしなければと思っていた。俺が全部守って、助けなければと思っていた。失うのが怖くて縮こまっている俺を、ユーリはあっさりと解放してくれる。



 俺の愛しい人。なによりも誰からも守りたい人。俺のすべてをかけても。



 そんな決意が湧き起こる。ただ優しげに微笑みを浮かべて、こんな情けない俺を包み込んでくれる。

 父上と母上に心の中で謝罪した。きっといざという時はユーリのために動いてしまうだろう。それほどまでに俺はユーリが大切だ。


「ユーリ」


 そう言って細い肩を抱き寄せた。ユーリはビクッと震えてそのまま動かない。


「絶対にユーリだけは失いたくない。必ず助ける」


 俺の決意を耳元で囁く。

 ユーリに誓う言葉は絶対だ。なにがなんでも成し遂げてみせる。

 たとえ周りが血の海になっても、屍の山になっても。



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