第15話 聖女の訪問

 私たちはクリストファーがついてきているのを確認しながら、街の大通りから一本裏へ、さらに一本裏へと進路を変えていった。

 人通りもまばらになり、大通りの喧騒も届かない裏通りは住民とたまにすれ違うくらい閑散としている。


「ユーリ、そこの角を曲がると細い路地になってる。三つ目の扉が開くから中に入って待っててくれ」

「フレッドはどうするの?」

「害虫駆除だ」


 ニヤリと笑ったフレッドは私の手を引き角を曲がる。言われた通りに三番目の扉に入って息を潜ませていた。

 すると誰かが駆けてきた足音が聞こえ、次に激しくぶつかったような音、ドシャッとなにかが崩れるような音が聞こえてきた。


「ユーリ、もう大丈夫だ」


 いつもの穏やかな声が聞こえてきたので恐る恐る扉を開けると、フレッドの足元にクリストファー殿下がうつ伏せで転がっていた。ピクリとも動かないから、すでに意識はないようだ。


「クリストファー殿下……」

「気を失っているだけだ」

「これからどうするの?」


 クリストファー殿下はこれでもバスティア王国の王太子だ。さすがに牢獄に入れるわけにいかないけれど、かといって、なにもせずにいたらまたつけ回される。

 フレッドは腕を組んで少し思案した後、凍りつくような視線でクリストファー殿下を睨みつけながら口を開いた。


「そうだな……ユーリに近づけないように呪いでもかけるか」

「え! そんなことできるの!?」

「リンク」


 フレッドの声かけに、影の中から黒装束のひょろっとした男性が現れた。


「はい。ここに」

「この男がユーリに近づいたら、激しい痛みが走る呪いをかけてくれ。接触した際は全身激痛が走るくらいだ」

「御意」


 それだけのやり取りで、リンクと呼ばれた男性はクリストファー殿下を抱えて影に溶けていくように姿を消した。王太子妃の教育で、王族や皇族のために特殊な技術を体得した影と呼ばれる暗部がいると学んだ。もしかしたら彼らがその影なのだろうか。


「今のは……皇族の影?」

「ああ、リンクと言って俺専属だ。愛想はないが腕は確かだから安心してくれ」


 そんな機密事項をこうもあっさり暴露してよいのだろうか? もう聞いてしまったのでどうにもできないけれど。フレッドに尋ねても、私だから問題ないとか言いそうなので、口をつぐんだ。




 その後もフレッドと毎日のように街に出ては、聖女の情報を集めた。あれからクリストファー殿下も見かけることがなくて、よほど呪いか効果的だったようだ。


 聖女は帝都の街でよく見かけられていて、ピンクブロンドの髪に湖のような水色の瞳。スタイルがよく、いつも若くて見目のいい神官を連れて歩いているということだった。

 身なりのいい人には愛想良く、貧しい人には愛想が悪くて街の人たちの評判はそこそこだ。さらに話し方が独特で、聞くだけで聖女がいるとわかるほど特徴的らしい。


 外見的特徴や性格の傾向くらいしか集められなくて、ミカのお茶会に期待がかかる。皇女のお茶会が開かれた翌日、早速三人で集まった。


「お姉ちゃん、お茶会で聖女の情報が手に入ったわ!」

「すごい! さすがミカね……!」


 お茶会で聞いた話では、やはり出身はバスティア王国の平民で間違いないが、ただ一時心を病んでいたそうだ。


 なんでも違う世界から来たと言い張り両親もほとほと困り果て、流行病にかかって一週間も寝込んでいたことが原因らしい。側近の神官がそう話していたのを聞いたご令嬢がいた。


「異世界から……もしかして、聖女も転生してきたのかな?」

「うん、その可能性は高いと思う。わたしもお姉ちゃんも転生してきてから原作にない動きをしているでしょう?」

「そうね、記憶が戻って、なんとかしなくちゃって……だから聖女は帝国に来た?」

「かもしれない」


 それならなんらかの目的があって帝国に来た可能性が高い。聖女はいずれ邪神を復活させる邪教信者として倒されるから、その回避のためだろうか? もしそうだとしたら、私は力になってあげたい。


「もし転生者なら、わたしたちみたいに破滅回避したいのかも」

「そうね、聖女にしてみたらバッドエンドだものね」

「なんとかその辺りを確認できないかなあ……」

「それなら直接会ってみればいい」


 フレッドの言葉に私とミカが視線を向ける。

 聖女は本来、この世界では特別な存在だ。聖なる力を持ち、大地や水を清め民の暮らしを大きく潤す。


 そして、取り込んだ汚れを神々への祈りで浄化させるのだ。だから各国の国王や皇帝でも敬意を払い、聖女は教会が保護する決まりになっている。


 万が一にも聖女が害されてはいけないので常に神官が仕えていて、いくら貴族や王族、皇族だとしても容易に近づけない。そんな聖女だから狙って会うのは難しいのだ。


「実は聖女から父上に謁見申請が来ているんだ。その場に俺も同席を求められていて、皇太子として出席するように言われている。聖女が来るのは明後日だ」


 もしかして、晩餐会の後で話していたことはこのことだったのだろうか。だけど、ただ聖女が謁見するということだけで、ひと晩も話し合うことがあるのかと疑問が残る。


「わたしは聞かされていないから、皇女は必要ないってこと?」

「ミカは聖女様のご来訪だから、礼儀を尽くしたいと言えば問題ない。ユーリは俺の婚約者候補として同席させる」

「でも、あくまで婚約者候補だから理由づけが弱くないかしら?」

「それは未来の皇太子妃になる女性だと押し切るから大丈夫だ」

「はは……そうですか」


 自信満々のフレッドが心強いけど、あまり外堀が埋まるようなことしてほしくない。今回は贅沢を言えないから仕方ないけれど。

 こうして聖女に会うための準備を一日で整えるべく、慌ただしく動き回った。 




 そして聖女との謁見の日がやってきた。私もミカも皇帝陛下の許可を得て、謁見室に並んで待っている。そこへ扉の前に立つ騎士が高らかに宣言した。


「聖女へレーナ様のお越しでございます!!」


 カツンカツンと靴音を響かせて、聖女が姿を現した。


 ピンクブロンドの髪を揺らして、大きな水色の瞳はキラキラと輝いている。透明感のある肌にメリハリのあるスタイルで堂々とレッドカーペットの上を歩んできた。聖女の御心を表す純白の修道服を来ている。


 聖女の後ろには五人の男性神官が続いていた。フレッドほどではないが、確かにみんな整った容姿をしている。


「聖女へレーナ殿、ようこそリンフォード帝国へいらしてくださった。私が皇帝のニコラス・デル・リンフォードだ。こちらが皇太子アルフレッドと、婚約者候補のユーリエス・フランセル嬢。そして皇女ミカエラだ」


 皇帝陛下の声に合わせてカーテシーをする。これで聖女は私たちの顔と名前が一致したはずだ。そこで聖女に視線が集まる。


 今度は聖女が挨拶をする番だ。なにかヒントになることがないかと、目を凝らすように聖女を見つめる。


「初めましてぇ〜! 私、ヘレーナですぅ! うふふ、皇太子様って本当に噂通りイケメンなのね!」


 へレーナの対応に全員が度肝を抜かれた。確かに平民だから貴族のように挨拶ができなくても、もう少しやりようがあるだろう。


 それにこのノリは十中八九、転生者で間違いない。ミカにチラリと視線を向けると、同じことを考えていたようで無言で頷きあった。


「すごぉ〜い! 私ぃカラーじゃない銀髪って初めてみたわ! すごく綺麗……ねぇ、まだ皇太子は結婚してないのよね?」


 そう言いながら、へレーナはフレッドの前まで進んでサラサラの銀髪に手を伸ばした。モヤッとした黒い感情が胸に広がる。なんだかわからないけれど、その無遠慮で不躾な態度にイラついたのだちと思った。


「すみません、私に触れないでいただきたい」


 フレッドはすかさず一歩下がり、へレーナの指先を交わした。

 それにして、あの話し方、ボディタッチの仕方、異性との距離感。すべてがあの後輩、宮田玲奈れいなに見える。

 いや、まさか。そこまで世間は狭くないだろうと、試しに名前を呼んでみた。


「宮田玲奈……」

「……え? なんでその名前を知ってるの?」


 へレーナは不思議そうな顔で、私に視線を向ける。

 反応した……!!

 これは、本当に中身はあの宮田さんなのか……?


「失礼いたしました。街で情報を集めていたら、聖女様と同郷の方がいて教えてくださったのです」

「ふうん、すごい偶然ね。まあ、いいわ。それより、皇太子様はまだ結婚されてないのでしょう?」


 私が名前を呼んだことなどどうでもいいという風に、妖艶に腕を組んで皇帝に向き直る。

 閉じ込めていた記憶が蘇り、ざわりとした嫌な感覚に包まれた。皇帝陛下は探るような瞳で「そうだ」と短く答える。


「それならぁ、わたしが立候補しちゃおうかな!」

「聖女様、いったいなにをおっしゃりたいのですかな?」

「だからぁ、わたしが皇太子様のお妃になってあげるって言ってるの!」


 私がフレッドの婚約者候補だと紹介したにもかかわらず、そんなことはマルッと無視して言葉を続ける。フレッドも眉間に皺を寄せて、はっきりと拒絶の態度を示した。


「いや、結構だ。私は心に決めた女性がいる」

「え〜、でもぉ、まだ結婚してるわけじゃないしぃ。皇太子様もわたしと結婚した方がいいでしょう?」

「悪いが、俺はその女性以外に興味はない」

「もう! 照れ屋なんだからぁ〜!」


 こんなやり取りをよく会社で見かけた。私は仕事しかできなかったから、あんな風に話せる宮田さんが羨ましくもあった。でもある時、社内で付き合っていた恋人をあの調子で奪われたことがあった。


 あの時は、そりゃあ、若くてかわいい女の子の方がいいよねと自嘲して涙を呑んだけれど。


「聖女様、皇太子の婚姻については慎重に決定しなければなりませぬ。どうか今日はこれくらいにしてくださらんか」

「う〜ん、皇帝さんがそう言うなら仕方ないかぁ」


 やっぱり、どう考えても中身は宮田さんだ……。

 私は足元から闇に飲み込まれていくような錯覚に襲われた。



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