一夜の過ち

あきカン

第1話

 職場の先輩である一夜先輩に誘われ、先輩の行きつけのバーに行った。

 けれど、本当は行きたくなかった。


「それで、その子に思い切って告白したんですよ。ソッコーで振らたんですけど、理由聞いたら全然納得できなくて」


 こんな傷心中の自分を見られたくないし、何より、憧れの先輩にこんなみっともない姿を見せたくなかった。


 でも、酒を飲むと溜め込んでいた気持ちがドバドバ溢れて、そのとき彼女にも言わなかった言葉すら口から出できた。


「本音じゃなかったんすよ、全部。前の日に彼女が別の男と歩いてるの見かけてたから、所詮俺は、そいつの代替品でしかなかったんだなって」


 ああ、もうマジで情けない。こんなこと言ったら、自分が本当に価値のない男だって認めてしまうようなことなのに。


「すんません、つまんない話してしまって。今回は俺が払うんで、今日のことは忘れてください」


「待った」


 財布を取り出そうとすると、一夜さんが言った。


「つまんなくないよ。 あー、わかるなぁーって思ったからわたし」


「ホントすか?」


「ホントホント。だってこんなオシャレなバーで、そんなこっぴどく振られた女の話を延々聞かせるくらい、私のことどうでもいい女って思ってるんでしょ? 」


 おんなじじゃない? 一夜さんは言った。


「ただの相談相手か、愚痴を話せる間柄の同僚ってところかしら」


「そ、そんなことないっすよ!」


 俺は立ち上がって言った。


「一夜さんは俺の憧れの人で、でも到底手が届きそうにないっていうか、だから対等になんて扱えないっすよ」


 一夜さんはカクテルを口につけた。


「そういうところが、男としてまだまだ半人前なのよ。今は会社じゃないんだから、私たちの間にあるのって男女の違いだけでしょ」


 そう言って財布からカードを出した。


「ただ、支払これは別。私が誘ったんだから、ここは私が払わせて」


「はい・・・」


「どうせつまんない話されるなら、人のいない所の方が私も気が楽なのよね」


 そんな話になって、俺はいつの間にか、一夜さんの部屋に来ていた。


 そして酒を飲んで彼女の話をしているうちに、どんどん気持ちがおかしくなっていった。


「ていうか一夜さん、聞くばっかじゃなくて何か話してくださいよー」


「んー、何が聞きたい?」


「何でもいいっすよ何でもー」


「じゃあ、セックスしようか」


 え?


 頭が真っ白になった。そして気づいたら俺はベッドに乗せられていた。


「会社帰りに先輩と飲みにいく。飲み足りなくて、先輩の家で続きをする。普通のことだけど、それで終わりじゃない」


「何言ってるんすか・・・」


「家に上げるって、そんな簡単なことじゃないのよ? 人に見られたくないものとか、そういうのも全部、見せてもいいから家に上げるの」


 そう言って上着をはだけ、一夜さんは俺を見下ろした。


「何を・・・」


「まさか、そっちまで半人前なの?」


「いや、そんなことは」


「よかった。さすがにそこまでされると、私も自信を無くしちゃうわ」


「先輩は、綺麗ですよ。だから俺なんかと、その・・・」


「それは優しさとは言わないわ。ここはもう会社ではないし、ましてや回りには誰もいない。私たちだけよ」


 対等な関係。男女という性別の違いだけが、俺と先輩を唯一隔てる。


 しかしそれも、ことここにおいてはなんの意味ももたない。


「好きという感情に、上も下もないわ。私はあなたが好き。だからあなたと、そう・・・」


 俺のシャツのボタンを外し、ネクタイの隙間から手を入れる。


 舐めるように耳元に顔を這わせ、ぼそりと息を吹き掛けるように呟いた。


「それともまだ理由いいわけが必要?」

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