質は量を凌ぐのか。量は質を凌ぐのか。

「ジョナサン! 後ろを取られてるぞ! ブレイク急旋回! ブレイク!」


「ミサイル多数が防空圏を抜けました!」


「グローリーからの通信途絶!」


「近隣都市の避難が間に合いません!」


「第十八防衛区と連絡が付きません!」


 マルガ共和国の各地で絶叫が迸る。


 ドラゴンの繁殖期は完全に国力で上回るラナリーザ連邦に有利を齎した。これさえなければジャックがラナリーザ連邦軍を間引くこともできたのに、超生物ドラゴンの群れに突っ込むのは流石の彼でも不可能だったため、ラナリーザ連邦は攻勢のための準備を整えることに成功したのだ。


 一方のマルガ共和国は……というより劣っている国には一定の本能がある。超兵器や秘密兵器による一発逆転だ。だがそんなものは大抵の場合は上手くいかず、性能を満たしていなかったり、それがなんとかなっても製造する余裕もないほど追い詰められているのが世の常である。


だがマルガ共和国は上手くやりとげた。


「友軍の反応! 伝達されていた特殊部隊です!」


 マルガ共和国のオペレーターが、奇跡的に上手くいった超兵器の到来を告げる。


「最優先で旗艦を墜とすぞ!」


「了解!」


 シューティングスターから飛び出したジャックは、劣勢の味方を救う唯一の手段を行使するべくスラスターを全開にする。


 ラナリーザ連邦の指揮官クラスからジャックが恐怖の象徴として扱われているのは、旗艦墜としという斬首戦術しか劣勢の友軍を救う手段を持っていないからだ。ちまちまとガランドウを墜としていったところで、総数で劣る友軍の腰が砕けるのは間違いなく、その前に敵の頭を潰すしかなかった。


「あれがブラックジョークと噂の連中か! 俺達が墜としてやる!」


「今日こそマルガのプロバガンダも終わりだ!」


 ジャック達に襲い掛かるジャストウォーの群れだが、既に複数の戦場で戦っている第二十一機動中隊の活躍を噂という形で知っていた。しかし、たった一部隊で艦隊を殲滅させただの、ガランドウ部隊を壊滅させただの荒唐無稽な噂であり、真実だと思っている者などほとんどいなかった。


 というのも戦場全てが強い電波妨害に曝されており、無線封鎖やラナリーザ連邦の生存者が少ないことも合わさって、出鱈目なキラドウの性能が漏れていなかった。つまり、キラドウは初見殺しを維持していた。


「雑魚が!」


「死んでろ!」


「さっさと片付けましょう」


 まず雑多な雑魚はサプライズの弾幕、ブルーマジックの異常火力、ステルスミラーの高速で飛び回る鏡片に貫かれて爆散する。


「次から次へと」


「……」


「鬱陶しいぞ!」


 その放火を潜り抜けても淡々と敵を処理するメンテナース、ただひたすら突っ込んでくるデュエルト、八つに分かれたエイトナイトによって墜とされていく。


 しかし、ラナリーザ連邦だってやられっぱなしではない。


『ピーーーーー! 機体識別! LZ-08パラディン! セイバー部隊の生き残りかも!』


「ちっ。全機警戒!」


 キラドウに比べたら地味に一機一機を墜としていたジャックは、エイプリーの警告に舌打ちをしながら、旗艦の護衛任務を放り出してやってくる機影達に顔を顰めた。


『ブラックジョーク! 隊長の仇ぃいいいいいいいいいいい!』


 これでもかと憎悪を込めた声がオープン回線でジャックに叩きつけられる。


 それに対し綺羅星は怒りを露にするのではなく、ジャックの言う通りやってくる機体にこれ以上ない程の警戒をした。


 丸みと角ばった装甲を兼ね揃え、エイトナイトのような騎士甲冑の外見をしたガランドウ。機種名パラディンはラナリーザ連邦において最高クラスの機体性能を誇る機体だ。


 しかし、有名な理由は機体性能だけではなくとある部隊に優先配備されたからである。


 部隊名、セイバー。この短く単純な部隊名はマルガ共和国において恐怖の代名詞であり、ラナリーザ連邦においては勝利そのものであった。


 部隊のパイロットも全員がエースと表現するに相応しい精鋭だったが、隊長のノア・マーカスの戦闘力が異常の一言だったのだ。


 ラナリーザ連邦において一人で戦局を覆すと謳われたエースオブエースの中にあってなお最強。それは彼に単機で壊滅させられたマルガ共和国軍の艦隊とガランドウの墓標が証明していた。


 しかもジャックがブラックジョークとエイプリーを手にし、戦場で最盛期を迎え死の同義と化してもである。セイバーの隊長ノアとジャックは七度も殺し合い、七回とも決着が付かなかったほどだ。


 綺羅星達にとって、強さの頂点であるジャックと七度も殺し合って決着が付かなかった男が率いていた部隊など、それだけで最警戒に値した。


 だがこれもまたかつての話だ。


 八度目の戦いにおいて、二人だけの戦場で一騎打ちを行うという前代未聞の戦いの果てにジャックが勝利したことにより、一つの歴史となった。


「くそがっ!」


 キャロルがサプライズの全力火力を叩き込むが、悪態を吐いてしまう。


 肩部キャノン砲を避ける。ガトリングを避ける。狙撃砲を避ける。


 炎の嵐を避ける。


 歴史の一部と言えるパラディンのパイロット達はそれを全て回避しつくし。


 第二十一機動中隊全機の戦闘可能範囲に入ってしまった。


「く! た! ば! れ!」


 まずセイバー部隊全機に狙いを定めては無理だと判断したキャロルは、炎の嵐をたった一機にぶつけるため火力を集中した上に、機体各所に装着されているミサイルを吐き出した。


「なんだこの弾幕は!? エネルギーはどこからきている!?」


 狙われたパラディンのパイロットは、明らかなエネルギー兵器である炎の弾幕を掻い潜りながら、全くエネルギー切れを起こす気配のない敵機の謎を解析しようとした。


「な、なぜ!?」

(炎はコケ脅しか!?)


 しかし襲い掛かって来たのは炎の嵐とミサイルだけではない。なんと炎の弾幕が直撃している筈なのにデュエルトが突っ込んできたのだから、パラディンのパイロットは僅かに炎の弾幕は威力が低いのかと疑ってしまう。


「ちっ! 特殊装甲か!」


 その考えは、デュエルトが自機のビームを弾いたことで霧散して、それならばとビームソードで迎え撃つため近接戦闘に意識を切り替える。この思考の切り替えの早さもまたエースに相応しいもので、遠距離攻撃が通用しないデュエルトに対する最適解だった。


 ただし、このデュエルト。相対するなら必要なものは防御や攻撃ではなく技の必要がある。


「貰ったぞ!」


 パラディンは爪を振るうように腕を横から引こうとしているデュエルトに対しシールドを向け、自身は袈裟切りにビームソードを振り下ろそうとした。


 パラディンの盾はラナリーザ連邦製ガランドウが所持している物の中で最もグレードが高く、特殊なコーティングは大出力のビームソードを受けても融解しない特別製だ。


 だが。


 残像すら残るような速度でデュエルトが腕を振るうと、鉤爪のようなガントレットは盾を薄紙のように引き裂くどころか、勢い余ってパラディンそのものをバラバラにしてしまった。


 デュエルトが装備しているガントレッドは所有者の力を大幅に引き上げる効果もあるため、そもそも受けてはならないのだ。


「クーパー!?」


 仲間がバラされた別のパイロットが絶叫を上げる。


「よそ見してる暇あんのかよ!」


 その逸れた意識をキャロルは見逃さず火力を集中させ、部隊同士が効率的に動く余裕を与えない。それは実に効果的な分断を引き起こして、各個撃破の好機を作り続けた。


「どうなってるんだ!?」


 また別の絶叫を上げているのはエイトナイトと相対したパイロットだ。


 一対一のつもりだったのに急に他七機のエイトナイトに囲まれ、袋叩きにされていた。本来ならジャック達七機との戦いなのに、それが十四機になるのだから意味が分からないだろう。


「ケイティ! 確実に一機一機潰そう!」


 アリシアが同胞に叫ぶ。


 しかも、更に手数を増やす手段を持っていた。


「そうですね。確実に殺しましょう」


 ケイティは操作する十の鏡片を全て、エイトナイトの剣によって体を削り取られているパラディンに向かわせる。


 ステルスミラー本体は除いたとしてもエイトナイトと十の鏡片、合わせて合わせて十八の操作される凶器を防ぐ手段などない。


「こんなああああああああ!?」


 驚くべきことにパラディンは視覚から飛来してくる鏡片をなんと六つも躱したが、全方位を囲む敵に対処しきれるはずもなく、真上というこれまた死角から襲い掛かった大剣を持つエイトナイトに両断されて爆散した。


「おかしいぞ!? パワーが出なくなってる!」


 ここで愛機の調子が悪いことにパラディンのパイロット達が気付いた。本当に微々たるもので誤差としか言いようがないレベルだが、強敵と戦っている最中に機体性能が低下しているのは致命的と言えるだろう。


「あーあ。一応言っとくけどバレたっぽいから!」


 ケイティが仲間達に自分の悪戯がバレたと警告する。


 機動兵器同士が戦っているのに妙な表現となるが、直接的な攻撃魔法に特化しているブルーマジックではあるものの、狙いを絞ればデバフのような妨害魔法を行使することができる。そのデバフの影響を受けたパラディンは普段より僅かに出力が落ちてしまい本来のスペックを発揮することができなくなっていた。


 余談だが初めてこの説明を受けたジャックは、途轍もない頭痛に襲われて白目を剥きそうになったとか。


「まさかこっちにブラックジョークが乗っているのか!?」


 機体のとんでもなさとは違う理由で驚愕しているのは、メンテナースに翻弄されているパイロットだ。


 その理由は二点。


 人類には耐えられない速度で暴れまわっていたブラックジョークと変わらない機動性を有するメンテナースのせいで、中にいるパイロットがジャックなのではないかと疑っていたこと。


「当たらない!? やはりブラックジョークなのか!?」


 メンテナースがパラディンからのビームを完璧に避ける。


 もう一点誤認が起こった理由は、ミラのパイロットとしての素質が綺羅星の中で最も優れていたことだろう。


 常に高速戦闘と能力の選択を強いられるメンテナースに適応しているミラは、ジャックとの訓練で彼の機動を学び取り、その機動に近づきつつあった。


「ぎゃっ!?」


「一機撃墜」


 メンテナースの機動性についていけず、見失ってしまったパラディンがビームに貫かれる。


 つまりである。


 淡々とエースを一機処理したミラは、エースオブエースの入り口に立っているのかもしれない。


 だがやはり……その機動のオリジナルは別格だ。


「隊長! 申し訳!?」


「ああああああ!?」


 三機のパラディンが、ブラックジョークのレールガンを受けてほぼ同時に火球となる。


「なんで当たらないいいいいい!?」


 残ったパラディンの機能は正常に作動している。それなのにビームが避けられる。機銃も避けられる。ミサイルは撃墜される。


 まずジャックと戦う上での前提は、こちらの攻撃は外れるのにジャックからの攻撃は当てられることだ。早い話が無敵である。


 ジャックの異常な知覚は敵機の銃口だけではなく飛来する弾丸すら捉えており、場合によっては見えずとも音だけでそれを把握している。ひょっとすると彼は周りがスローになっている世界で、一人だけ通常の感覚を持っているのかもしれない。それが強力な薬物と特殊な電波によって生き残った結果なのは悲劇そのものだが。


 そして当然の話だが、撃つ前に銃口の先にいない存在に弾を当てることは不可能だ。それに加え惑星シラマースで発射されるビームは、魔力なんてものが満ちている惑星シラマースの影響を受けているせいでなぜか弾速が遅くなってしまう。


 このようなことが合わさってジャックが被弾した経験は、未来予知に等しい経験則からの予想など、特殊な能力を持っている者からの攻撃に限られており、単なるエース程度では捉えることすら不可能だった。


「あ」


 結果、エース部隊は理不尽に押しつぶされるようにして最後の一機が墜とされ、彼らの名もまた単なる歴史となってしまった。


「このまま旗艦を墜とす」


「了解!」


 直掩機の消え去った旗艦は丸裸であり、ほどなくしてジャック達の手に掛かり地表へ墜落した。


 だが、七人で戦争の全てを食い止めることはできない。


 それから暫し。ジャック達は各地を転戦し、基地でキラドウのチェックをしている最中に、ワープ搭載機による奇襲を受けたアクシデントもあった。


 限界だ。


 一つの綻びはまた新たな綻びを生み、それはマルガ共和国の崩壊に繋がっていった。
































 ◆


『連邦だけど降伏の条件を突き付けて、それを容認する派がうちの国に多くなってるみたい。実際このままじゃお兄ちゃん達がどれだけ頑張っても、破綻して負けるしね!』


「ふむ。ちなみにだが俺達は?」


『お兄ちゃんは連邦から名指しでご指名受けてるよ。電気椅子と縛り首どっちがいい? それと綺羅星の皆だけど、どうも連邦の方も神器搭載機を操縦してるんじゃないかって気が付いたらしくて、こっちも機体とパイロットの身柄を要求してるよ!』


「はあ……それで上はどうだ?」


『上は自分の首が無事なら誰が犠牲になろうと気にしないよ! それが切り札だろうとどれだけ予算が掛かっていようと、自分の首がいっちばーーーん大事なんだから! 近々連邦に送るプレゼント用に梱包しにくるかも!』


「そりゃ梱包じゃなく拘束、なんて言ってる場合じゃない。そうか、ならもう無理だな。生贄になる気はない。シューティングスターは完全に掌握してるんだよな?」


『はーいジャック。私用にコンテナ一つ丸々使ってるのよ?』


「急に割り込んでくるな。しかも昔から思ってたが言葉遊びのセンスがない。ゼロ点だ。生きてる間に伝えておけばよかったと後悔している」


『まあ酷い人』


「それと前にも言ったが、偶にエイプリーがお前の真似をするんだが」


『あの子も私だもの』


「ああそうかい。それで、お前も退職になるか」


『ええそうね。もうシューティングスターのサーバーに移ってるけど、あと少し仕事しなきゃ』


「なら俺も、負ける日と梱包される日が来ないように頑張るとするか」


『仕事熱心だこと。それじゃあまたねジャック』


「ああ」


ジャックが唯一残った私物、腕に巻いている軍用規格の通信端末に話しかけていた。









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