April Fool?

「身の振り方を考える必要がある」


「いかにも」


 マルガ共和国の誇る高級将校と政治家、財界人の一部が秘密裏の会合を行っていた。


「最早敗戦は避けられんが、戦後に少しでも有利に立ち回るべきだ」


 彼らが話し合っているのは、敗色濃厚となった祖国の現状を憂いて自分達が生き残るための方法についてだ。


「とりあえずラナリーザが求めていたのは……なんだったか」


「ブラックジョークと綺羅星の身柄ですな」


「そう、それだ」


 ある大柄の政治家がワインを飲みながらラナリーザ連邦の要求を中途半端に思い出し、将校が捕捉を入れた。


「その兵士達を確保しないことには始まらん」


 別の政治家の発言通り、ジャック達の身柄はある意味で彼らの命綱だ。


 ラナリーザ連邦はマルガ共和国に対し、ジャックと神器搭載機と思わしき機体とそのパイロットを送ってこなければ、それまで一切の話し合いを行わないと通達していた。それゆえにこの場にいる者達は自分達の命を守るため、話し合いをしてもらえるようにご機嫌取りの手土産を確保する必要があった。


「あの役立たず共め」


 軍人が今にも唾を吐きそうだ。


 ドラゴンの繁殖期で訪れた自然休戦前なら、軍がジャックと綺羅星を手放すことはなかっただろう。


 しかしラナリーザ連邦の戦略は、ジャックがあくまで一つの戦線でしか活躍できないという弱点とも言えない弱点を突くために複数のルートで進軍しており、最早ジャックと綺羅星という部隊単位ではどうしようもなかった。


 つまり一つの国家が、ジャック一人に対して戦略レベルで対抗したのだ。しかも分かっていた上での被害に激痛を感じており、態々マルガ共和国の一部にジャック達を確保すれば戦後の扱いで手心を加えてやるという、政略まで行っている始末だ。


「しかし綺羅星とやらは人工設計された絶世の美女なのだろう? 代わりの誰かを連邦に送ってその女達を連れてこれないか?」


「引き渡した後に神器が発動しなければバレますからなあ」


「それは残念だ」


 好色そうな男性議員が単なる噂から、一から人工的に作り出された綺羅星の容姿を想像して、ラナリーザ連邦に渡すのは惜しいことだと嘆く。しかし、身代わりを引き渡したところで神器が発動しなければ偽物だとすぐに露見するだろう。


「ではまず、外交カードの確保を行いましょう」


「うむ。ラナリーザ連邦と交渉しなければならん」


 なにはともあれ、まずはジャック達を確保しなければ始まらない。ラナリーザ連邦の上澄みで生きる者達は愛国心と言う名の保身のため、行動を起こすことにした。


「国家の役に立ててその連中も喜ぶだろう」


「ええ。そうですな」


 勿論そこには祖国の闇で生まれたジャックや綺羅星に対する思いやりはないし、寧ろ自分達が生きるための生贄という名誉を与えるという考えだ。


 だが。


 相手に叩きつけて最強なジョーカーも、ババになることだってあり得る。


『ジャック中尉、並びに綺羅星を捕縛せよ』


 この命令は、ジャック達を基地に呼び出して機体から引き離すことにより、特に問題なく実行される筈だった。幾らジャックの戦果と綺羅星の身体能力が人外の物であっても、生身は生身であり本気を出した軍には敵わない。


 それは事実だ。


 逆を言えば機動兵器に搭乗しているジャック達はその軍と戦えるのだ。


 そして、生贄を求める者達の命令はマルガ共和国内のネットワーク内で行われた。


 マルガ共和国基幹AIともいえるアポロンを介して。


 ◆


 連戦連勝を重ねながら、崩壊したダムの水を止めるが如き無謀を行っているシューティングスターのブリーフィングルーム。


 そこでは次の作戦の打ち合わせが行われていたが……。


『お兄ちゃん! お姉ちゃんから伝言! イナゴが飛んだ。だって!』


「了解した」


 ジャックは腕に巻いた通信端末から発せられたエイプリーの声に頷いた。


「お姉ちゃんとイナゴってなに?」


 エイプリーの声を綺羅星全員が聞き、眉根を寄せたヘレナが代表して尋ねた。


「できればお前達を勝たせてやりたかったが……俺達に拘束命令が出た。上の連中がラナリーザ連邦への手土産にするらしい」


「はい!?」


「ふえ!?」


「ふむ」


 突然の凶報にキャロルは目を見開き、ミラはぽかんとして、ヴァレリーは顎を擦る。


「なんですと!?」


「ちっ」


「はあ」


 そしてアリシアは椅子から立ち上がり、ヘレナは大きな舌打ち、ケイティは溜息を吐いた。


「そんな訳で逃げるか。とりあえず外領域だな」


「はい?」


 だが続けられたジャックの言葉には綺羅星全員がポカンとした。


 綺羅星にとってもジャックの精神構造は少々歪であり、実際彼女達と出会う前のジャックは殆ど惰性で戦っていたようなものだった。それが急に逃げようと提案したのだから、万が一の時はジャックを説得して逃げる算段を立てていたヘレナも驚いてしまう。


「俺だけなら面倒くさがったかもしれんが、お前達には生きて欲しい。付いてきてくれるか?」


 遠回しに疲れ切った自死のようなものではなく、綺羅星のために生きると宣言した男に対し……。


「ちょ!?」


 女達は慌てる男を無視して、自らの肉と言う蜂球に閉じ込めた。


 だがこのままベッドへといかないのが現在の情勢である。


『それじゃあ始めるね!』


 ジャックが相棒と認識している存在は、彼に構わず自分の仕事に取り掛かる。


 エイプリーは愛称だ。このAIは多くの名を持つ。


 元々の名とある意味で別の名、さらにまたある意味で前の名がある。


 ブラックジョーク搭載AI。April Foolエイプリルフール。という元々の名。


 ある意味での別の名は。


 マルガ共和国基幹AI。Apollonアポロン


 そしてこれまたある意味で前の名……。


 ジャックと同じ保護施設で育ち、キーボードの配列で適当に名付けられ、同じ部屋ので寝ていた兄弟姉妹達。


 SteveスティーブDonnaドナGineiジニーHankハンクJackジャックKeithキースLauraローラ


 二つの意味で足りない。


 二段ベッドなのだから七人では空きが出る。だが一人が丸々使っていた訳でもない。


 そしてキーボードの一列で、唯一Aのみがいなかった。


 Fがいたのだ。キーボードでJと同じ突起のあるFが。


 だからFがジャックのためにFJ-21という欠陥機にテコ入れして送り込んだ。見方によれば、ブラックジョークのエンブレムである死神の鎌と持ち手の棒は、歪みに歪んだfとjの組み合わせとも見えた。


 だからFの名が親友であるジャックのために己の一部を詰め込んだApril Foolを作り出した。


 名をフラー。


 強化によって脳神経の異常発達を起こしてしまい若くして死去した女だが……その神経細胞の一部は当時開発中だったAIアポロンの一部として組み込まれ今に至る。


 そのせいでイレギュラーが起こった。ジャック以外の兄弟姉妹たちが全滅した後に、アポロンはフラーの意思を宿してしまったのだ。


 だが、完全にアポロンとフラーはイコールではなく、ほとんどの場合はアポロンとしての意思が優先されていた。優先されていたが……隙を縫って幾つかの暗躍を行っていた。


 その一つがブラックジョークの搭載AIの作成に介入した上に、自らの一部のプログラムを与え作り上げたエイプリーだ。


 つまり無理に屁理屈をつけるとエイプリーはアポロンであり、僅かながらフラーであるとも言えた。


 だからこそエイプリーは一部の者しか知らない軍の動向を稀に把握しており、フラーはジャックの下に綺羅星達が集結するよう暗躍までしていた。


 更にフラーの暗躍は続く。


 シューティングスターの制御サーバーに自らの意思を転送する完全掌握プログラム、Hai Jackハイジャックを作成して、最早耐用年数を過ぎて不要となった自分の脳神経とアポロンから脱却を果たそうとした。


 そして最後のプログラム。


 内容はマルガ共和国におけるジャックと綺羅星に関する全データの完全抹消。それだけだ。


 しかしイナゴ達を防いでいた防波堤が消失すると、その後どうなるか自明の理である。


 A p r i l F o o lが宣言する。ジャックから言葉遊びが下手だと評されるFleurフラーが皮肉を込めて無理矢理文字にしたプログラムを。


Apollionアポリオン Day!』


 黙示録アバドンの日きたれり。




 ◆


 後書き


 明日からタイトルが変わります。


 AprilFool巨大幻想世界。敗戦の責任を取らされて生贄に選ばれましたが、付き合ってられないので部下の強化人間達と逃げ出します。え? ヤンデレ?


 なんだこのタイトル?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る