蜂球の犠牲者
「着艦するぞ」
『りょうかーい!』
敵を倒し終えたジャックは、母艦であるシューティングスターのコンテナの一つにブラックジョークを滑り込ませた。
一つの艦隊戦を勝利に導いたジャックと綺羅星達は、これから体を休めるため基地に帰還。
することはできない。
ラナリーザ連邦は各地から侵攻をしており、その火消しのためシューティングスターは基地に寄らず戦地へ直行することになる。尤も、戦場へ到着するまではすることがないので休みと言えば休みだった。
「エイプリー。シューティングスターに問題は?」
『無いよ! エンジン周りもアポロンが手伝っただけあって完璧!』
「ああそうかい」
かつての最新鋭機であるブラックジョークに搭乗したくせに初期ロット否定派であるジャックが、新型エンジンと最新技術の塊であるシューティングスターの調子をエイプリーに尋ねた。
最新鋭。言葉の響きは良いが、実態は問題点の洗い出しが不十分であることを意味しており、不測な事態が常に起こる戦場では必ずしも歓迎されない。場合によっては枯れた技術の方が喜ばれるほどで、かつてのジャックも操縦技術に現行機が応えてくれないから、渋々最新技術を掛け合わせて駄作と成り果てたブラックジョークに搭乗していた。
だがそんなジャックの心配を余所にシューティングスターは完璧に仕上がっており、問題は全く起こっていなかった。
『間違いなく百年でも運用できるね!』
「無理に決まってるだろ」
ジャックはエイプリーと他愛のない会話をしながらブラックジョークから降りて、ブリーフィングルームに足を進める。
「ダーリーン!」
「おーうキャロル。完璧だったぞ」
「でしょでしょ!」
その道中、長い金の髪を揺らしながら走るキャロルと合流した。少し前に最初ダーリンと呼ばれたことに困惑したジャックだが、少々感性がおかしい彼はまあいいかと思った程度であり、現に今もキャロルの戦果を褒めるだけだ。
「あ、お疲れ様です」
「疲れたか?」
そこへミラとヴァレリーが歩を合わせながら。
「任務完了ですジャック隊長」
「あー終わった終わった」
「はあ」
律儀に敬礼するアリシア、雑に仕事の終わりを宣言するヘレナ、溜息を吐くケイティが合流した。
「全員お疲れ。完璧だったぞ」
ジャックの下へやって来たのはキャロルだけではなく綺羅星の全員が集結したので、ジャックは全員の戦果を褒めた。
「あ、ありがとうございます」
「当然」
ミラがおどおどと頭を下げ、ヴァレリーがニヤリと頬を歪める。
「ありがとうございます!」
「当たり前でしょ」
「ですね」
アリシアはぴしりと軍人らしく敬礼するが、ヘレナは真逆の様子で肩を竦め、ケイティは自分の言葉を言うのも面倒くさがってヘレナの言葉に被せただけだ。
「つまり私達は最強!」
「おいおい。慢心するのは駄目だぞ」
(やっぱダーリン反応しないんですけど!)
キャロルがジャックの腕に抱き着きながら同胞達に視線を向ける。
綺羅星全員が体に密着する専用のパイロットスーツを着用しており、体のラインがもろに出てしまう。そのためジャックの視線が特定の部位に集中しそうなものだがそんなことは一切なく、彼女達は目でこの男どうなってんだと会話をしていた。
「シャワーは……」
「必要ないな」
「そうか」
一般的に母艦に帰ったパイロットは、大量の汗を洗い流すためにすぐシャワー室に向かう。そのためジャックがシャワーを浴びることを提案したが、戦闘兵器として作られた綺羅星は戦場の緊張とは無縁であり、汗を流していないヴァレリーが肩を竦めた。
それは戦場に慣れきっているジャックも同じであり、彼ら全員が良くも悪くも普通ではないことの証明になっていた。
「なら早速次の予定を確認しよう」
蜂の巣のような艦船の中で女王蜂の群れに囲まれているジャックは、平然とブリーフィングに向けて足を進める。しかしキャロルだけではなく雑な言動のヘレナとケイティすら彼との距離を詰めており、その様子はどう見たって蜂球で蒸し殺される直前のスズメバチだった。
「初戦は勝利を飾れたが、ラナリーザ連邦は複数のルートで全面攻勢をかけている。俺達はそれを火消しするために各地を転戦する」
ジャックがブリーフィングルームの端末を操作して、地図と戦略予想図をモニターに映し出して心の顔を顰める。
その予想図では局地的に有利な場所はあるもののマルガ共和国がほぼ劣勢であり、ジャック達がそれを解決できるかはかなり際どいものだった。
「中にはエースオブエースを有する艦隊も予想される。最上位の奴はもういないはずだが……」
特に問題なのは、既にジャックの手で討たれているが、ラナリーザ連邦のエースオブエースだ。その中でも最上位の存在はジャックと八回も殺し合っていたほどである。尤もまずないが、それでもそんな存在が急に出てくるのが人類という種の恐ろしいところでありジャックも懸念していた。
「まあ、ヤバそうなときは助けてくれ」
ジャックは自分が乗り越えるまで名実共に惑星シラマース最強だった男を思い出し、そのレベルの相手には全く余裕がないから、部隊として助けてくれと綺羅星達に頼んだ。
「もっちろん!」
「わ、分かりました!」
「任せてくれ」
「はっ!」
「仕方ないわね」
「そんなことがあったらですが」
ジャックにしてみれば、部隊として当たり前のことを言っただけだが、初めて自分の男に頼られた綺羅星はぶるりと身を震わせた。
戦士である綺羅星は後方で祈りを捧げるお姫様のような役割はまっぴらごめんであり、執着している男と共に戦うことに喜びを見出していた。尤もケイティがそんなことがあったらと言った通り、文字通り人類最強のパイロットが手一杯になる状況はそうそう起こらないだろうが。
「この後は補給艦がやってくる手筈になっているから、それで補給を終えると次の戦場に出発する。それまでは体を休めるように」
そう言って締めくくるジャックだが、一見すると輸送船や補給艦であるシューティングスターが補給を受ける側なのはなんとも妙な形だ。そしてこの補給、ジャックだけにとんでもない大問題を補給物資として送ってきた。
◆
『補給終わったよ!』
「了解した」
ジャックは補給が完了した報告をエイプリーから受けた。
主にブラックジョークの弾薬や各機の推進剤が補給物資が、ほぼ自動で運び込まれたのだが……この補給物資、ギリギリ間に合った注文品も含まれていた。
「ダーリン見てみて!」
「うん? ぶっ!?」
キャロルの明るい声と共に綺羅星達がジャックの下に集結して、補給が完全に終わる間に身に着けた物を見せに来た。
「どうどう! かっこいいでしょ!」
キャロルが購入したテンガロンハットを被っているのはいい。だがなぜか黒い水着とホットパンツ姿で暴力的なプロポーションを誇示して、リボルバーをガンベルトのホルスターに差し込んでいる。
「あの、どうですか?」
ミラが黒いナース服とナースキャップを被り、購入した眼鏡のレンズ越しに上目遣いでジャックを見る。
「ふむ。気に入った」
ヴァレリーはモノクルを付けてスーツ姿となり、ハイヒールの音を響かせる。
「軍人とは……」
唯一軍の制服をぴっちりと着込んだアリシアは、同胞達の姿に困惑しながら首から剣のアクセサリーをぶら下げている。
「アリシアは頭が硬すぎるのよ」
アリシアに突っ込むヘレナはなんとバニースーツを着込んでおり、そのスーツと肌の間におもちゃの紙幣が挟まれていた。
「硬い柔らかいの問題ではないと思いますがね」
更にそんなヘレナに突っ込むケイティだが、彼女は彼女でヘッドホンを装着し、競泳水着を着て太もものナイフホルダーにナイフを刺していた。
「フ、エイプリーィいいいいいいいい!」
『おかけになった電話番号は現在使われておりません。ピー。メッセージが一件あり。仮装ってマンネリ打破に効果的らしいわよ』
「何言ってんだお前!?」
ジャックは綺羅星達がコスプレ姿になっている原因を即座に看破したが、生憎とその原因は一筋縄ではいかず、ジャックの絶叫だけがシューティングスターで響いた。
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