殺される者。殺す者。

「勇猛なるラナリーザ連邦の兵士諸君! 今日こそ悪逆非道のマルガ共和国を打ち倒し、祖国に自由と平和を齎すのだ!」


 ラナリーザ連邦の軍人であるミラー中将は、旗艦である空中戦艦のブリッジで演説を行っていた。この中年中将は軍人らしく顎がたるみ、軍人らしく腹も突き出ており、まさに模範的ラナリーザ連邦軍人と言っていい。


 言葉通りだ。


 腐敗しきっているのはジャックの所属するマルガ共和国だけではない。長きに渡る戦争は、ラナリーザ連邦でも上澄みの将校を戦死に追いやり、保身や派閥闘争に長けた者達だけを残してしまった。


(なぜ私が最前線に行く羽目になるのだ!)


 ミラーは演説をしながら将兵を最前線に突っ込ませようとしているのに、艦隊司令官として前線に送られたのが不満で堪らなかった。しかし、そんなことはラナリーザ連邦の将校全員が思っていることであり、だからこそ嫌なことがあるなら立場の弱い者。この場合は派閥の末端や大して役に立っていない者に押し付けられるのが当然の話になる。


 結局のところ、ミラーは中将の地位にいたところで同格の筈だがより上の中将や軍の最上層部から見れば、嫌なことを押し付けられる弱者であった。


(いや、大丈夫だ。戦力比では圧倒してるんだ。現に複数の艦隊で攻め入っている。特に問題は起こらない。そうに違いない)


 ミラーは現実逃避的に、祖国が単純な戦力数でマルガ共和国を圧倒していることを再確認するがこれは事実である。元々ラナリーザ連邦の方がマルガ共和国よりも国力が大きく、ドラゴンの繁殖期という自然休戦が終わると、複数の艦隊が出撃してマルガ共和国に攻め入っていた。つまり、攻守において明確にラナリーザ連邦は攻め入る側で優勢だった。


「マルガのクソ共! 今日こそぶっ殺してやる!」


「そうだそうだ!」


「自由のために! 平和のために!」


 一方、末端の兵士達は素直にミラーの演説に感化されていた。この差は四十六日中垂れ流されている、ラナリーザ連邦の正義的プロバガンダを信じていないか信じているか……誤魔化されている情報を正しく知っているか否かの差である。


「あいつは……あいつはここに出てこないよな?」


 知っている者が怯えている情報を。


 そして、その情報を正しく認識しているからこそ、軍上層部は複数の艦隊で各地を同時進行する戦略を決めていた。貧乏くじを引くのは誰かと思いながら。


 ◆


 ミラーの演説から暫く。


「閣下! 敵艦隊をレーダー上で確認!」


「う、うむ!」

(よし! 敵は半分程度だ! 後は……)


 ミラーはレーダーに映る敵艦隊の数が、自軍の半分程度しかないことを喜んだ。戦いは数だけで決まらないとはいえ、野戦のような形となっている今回はその数が大いに役立つだろう。


「有効射程内に入った瞬間に攻撃! ガランドウも出撃させろ!」


「はっ!」


 敵を捉えたラナリーザ連邦軍は、慌ただしく戦うための準備を整える。


「ガランドウ、展開終わりました!」


 幸いなことにマルガ共和国軍艦隊の司令官も、ミラーと同じように軍事の専門家ではなく派閥闘争の専門家であり、悪い意味で力量のバランスが取れていた。そのため倍の数を有するミラーは、非常に有利な形で戦いを進めることができるだろう。


 例外がいなければ。


「敵、有効射程内!」


「う、撃て!」


 両軍の艦隊からビーム、ミサイル、機銃が発射され火球と共に命が潰え、そして費える。


 それを縫うように、あるいは無いかのように突っ込む機影。


「最優先識別反応を探知! 機体照合します!」


「なんだと!?」


 オペレーターの報告にミラーは飛び上がらんばかりに驚いた。


 最優先識別反応とは両軍に共通する言葉だ。出鱈目なガランドウのパイロットはエースと呼ばれ、時に戦況を大きく変えてしまうことがある。そんなパイロットの乗り込む特殊な機体は最優先で認識する必要があるため、軍のデータベースに登録されているほどだ。


 その識別反応を戦艦の装置が捉え、光学サイトで認識した機影とデーターベースを照合した。


「照合できました!形式番号FJ-21! フラッグシップジョーカーです! 映像出ます!」


「そ、そ、そんな……」


 ミラーの顔は悪魔の名を聞いたかのように真っ青だ。


 情報統制によってラナリーザの市民や軍の殆どがそれの詳細な戦果を知らないが、曲がりなりにも中将の位置にいるミラーはそれを知っている。


 それこそがラナリーザ連邦の怨敵そのもの。たった一機で必勝であったはずの戦争をイーブンに引きずり込んだ悪魔。

 

 モニターに映る漆黒の機体、左右で違う目の異相。統一感の全くない兵装。死神のエンブレム。


 ラナリーザ連邦軍人を殺して殺して殺して。ただただただ殺した。


 千機近い機動兵器を墜とし、エースオブエースを殺し、果ては旗艦級超々大型戦艦まで単機で粉砕した怪物。


 そんなモノは存在しないとラナリーザ連邦が嘘を言い続けようと……。


「ブ、ブ、ブ、ブラックジョーク……」


 ミラーは自分が引いてしまった、1と2と3と4と5と6を引き連れた21の数字。世界最悪のブラックジャックババの名前を口にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る