再開戦

(ついに終わるか……)


 暗い部屋で端末を操作していたジャックが、心の中で深い溜息を吐く。


 そこにはドラゴンの繁殖期の終わりが明確に予想されていた。意味するのは戦争の再開である。


(休戦は無理だな)


 ジャックにこのまま休戦協定が結ばれるという楽観的な発想はない。頭に血が上りすぎているマルガ共和国、ラナリーザ連邦の両国は、戦時協定で禁止されていようと大量破壊兵器を使用していないのが不思議なほどの関係なのだ。


「エイプリー。勝率は?」


『四割もないかなあ。自然休戦中の国力回復でもろに体力差が出てるね。全戦線で攻勢に出られたら、お兄ちゃんと綺羅星の皆をどんなに効率よく動かしても、どっかの戦線で綻んで突破されるかも』


「そうか」


『もうちょっと私のアクセス可能権限が強まるのが早かったらなあ。今小細工して上手く負けるように誘導しても、核攻撃受けるより悲惨な目に合うってシミュレーション結果が出ちゃってるんだよね』


「はあ、何事も上手くいかんもんだ」


『言えてる! 何十年も戦ってるんだからもう終わりの時が来たんだよ!』


 溜息を吐くジャックにエイプリーが明るい声で答える。


「ちなみに負けた場合はどうなると思う?」


『上層部に突き出されてお兄ちゃんは縛り首。綺羅星の皆は人体解剖かな。まあ、負ける前にラナリーザ連邦の首都へ特攻命令が出ると思うけど』


「だよなあ」


 ラナリーザ連邦の人間を殺しすぎている自覚のあるジャックは、負けた場合に投降したところで許されないと確信している。そして人工戦闘生命体である綺羅星が、実験室送りになるのも間違いなかった。いや、そもそも負ける前に軍上層部がジャック達に特攻命令を出して、戦況をどうにかしろと無茶振りしてくることは明らかだ。


「仮定の話だが、ちゃんとした作戦行動として補給や戦力の当てがある攻撃命令はいい。だが、俺達だけの特攻命令にまでは付き合えん」


 マルガ共和国の上層部は誤った。ジャック一人なら戦略的に敗北していようと、惰性でダラダラと戦ってくれただろう。だが、今の彼は隊員の命を預かる指揮官なのだ。見込みのある特攻ならともかく、全く意味のない自殺をして来いという同義の命令には従えなかった。


「ちなみにだが特攻命令が出た場合止められるか?」


『お兄ちゃんにいいことを教えてあげる。追い詰められた人間が見たいのは数値じゃなくて妄想なんだよ』


「なるほどな」


 最終兵器という妄想の産物であるジャックが、AIの人間論に苦笑しながら天井を見上げる。


「独り言だがシューティングスターの乗り心地はどうだ?」


『そりゃあ専用運用艦なんだから最高だよ!』


「そりゃよかった。まあ……まずは死なないことからだな」


 ジャックがぽつりと呟く。


 人類最高のエースであることを含め、過去の自分を置き去りにしかねない決意を宿した男が、人生のモラトリアムから脱しようとしていた。


『Protocol.Hai Jack!』


 ◆


 それから数週間後。


『ご覧ください! 今年も共和国軍の事務所には若者達が続々と志願を!』


『例年よりも多くの若者が連邦軍に志願をしています!』


 ◆


『今年度の経済成長は非常に順調です』


『ええ。景気はいいと感じてますよ』


 ◆


『ラナリーザ保険会社のマクスウェル社長が恵まれない子供たちに多額の寄付を行いました』


『ブラッド財団が困窮する児童を保護するため、孤児院を設立しました』


 ◆


『国家反逆罪による死刑が執行されました』


『売国奴を逮捕するためにマルガ警察は日夜職務に励んでいます』


 ◆


『鎮圧されたデモですが、首謀者がマルガ共和国の工作員と判明しました』


『不戦運動を行っていた活動家の口座に、ラナリーザ連邦からの送金が確認されました』


 ◆


 勿論全てが嘘だ。


 なにもかもが人の手で滅ぶ。


 誰も彼もがエゴと欲のために死んでいく。死んでいく。


 あの彼も、あの彼女も、あの子も、あの青年も、あの親も、あの老人も。


 永遠に人は殺し続ける。延々と。延々と。延々と。延々と。延々と。延々と。延々と。延々と。


 ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと。


 人が焼ける。自転車が燃える。車が燃える。町が焼ける。街が焼ける。大地が燃える。空が燃える。


 理性が崩れる。感情が崩れる。喜が崩れる。怒が崩れる。哀が崩れる。楽が崩れる。


 全てが許容される。正しいのだから。素晴らしいのだから。上位なのだから。


 正義と大義。自由と平等。復讐と報復のために。


 この星の神もにこやかに笑うだろう。


 それでこそ加護を与えるに相応しい、母星すら駄目にした理性なき戦闘民族であると。


『臨時ニュースです。本日未明、我がマルガ共和国の軍がラナリーザ連邦軍と交戦を開始しました。交戦エリアであるナル地方は我が国の国境内であり、ラナリーザ連邦が明白に領土侵犯を形になります。軍の発表によりますと戦況は我が軍優位であるとのことです』


『臨時ニュースです。本日未明、我がラナリーザ連邦の軍がマルガ共和国軍と戦闘を開始しました。交戦エリアであるナル地方は我が国の国境内であり、マルガ共和国が明らかに領土侵犯を行いました。軍の発表によると我が軍が優勢とのことです』


 マルガ共和国、ラナリーザ連邦の言い分に従えば、お互いの領地である筈の山間部。優に百メートルを超える巨大すぎる樹木の上で、両国の艦隊が交戦圏内に突入しようとしていた。


 しかし、お互いの国力を削ぎ続けているため一時の自然休戦では完全に戦力を回復しきれず、共に臨時回収された民間船や輸送船が目立つ。


 現に惑星シラマースで広く普及している形式のため、両軍でも改修されて戦地に投入されている多数のハニカムコンテナシップがコンテナを開き、機動兵器であるガランドウの発艦シークエンスを進めていた。最早正規空母は数が少なく、輸送船をガランドウの母艦にするのが当たり前になっているのだ。


 その中の一つ。改修されたハニカムコンテナシップに擬態したシューティングスターも例に漏れない。


『ハッチオープン! いつでも行けるよお兄ちゃん!』


「だからお兄ちゃん言うな」


 計器を調整し終えたジャックが、エイプリーのお兄ちゃん発言にヘルメットの下で顔を顰めながら、コキリと首の骨を鳴らす。


「ジャックだ。フラッグシップジョーカー出るぞ!」


 そして……機体を射出するためのスイッチを押し込んだ。


 電磁式のカタパルトで加速した漆黒のブラックジョークは、スラスターを稼働させながら空へと飛び出す。


「キャロル、サプライズいっきまーす!」


 重砲撃戦を専門とする黄色いサプライズが、大出力のスラスターに加速する。


「ミラ、メンテナース出ます!」


 汎用、もしくは適応という言葉を機体にしたような流線形で桃色のメンテナースが、隊の速度に合わせるため速さではなく攻撃に能力を振り分ける。


「ヴァレリーだ。デュエルト、出る」


 汎用とは真逆すぎる一芸に特化した大地の茶色、デュエルトが爆発的な加速を抑え巡航速度を維持する。


「アリシア、エイトナイト出撃する!」


 紫色をした騎士甲冑が、単なる鎧ではなく機動兵器であることを証明するかのように各所のスラスターを噴射しながら戦場に現れる。


「ヘレナ、ブルーマジック行くわよ!」


 青いマントをすっぽりと被り、その全容を窺い知ることができない未知なる機体が蒼天に躍り出た。


「ケイティ。ステルスミラー。行きます」


 黒い鏡を隙間なく人に張り付けたような機体が、太陽の光を反射しながら隊列に加わった。


 七機全ての肩に道化服を纏った鎌持つ死神のエンブレム。部隊名、第二十一機動中隊。


 先端に位置するブラックジョークに随伴するよう六機のキラドウが随伴する様はまるで鏃のようだが、実態は死神の群れである。


 そして艦艇とガランドウから多数のミサイル、ビームが発射され始め、戦場で輝く火球を生み出されていく中を突撃する。


「殲滅する」


「「「「「「了解!」」」」」」


 ジャックの命令はいたってシンプル。


 戦力比で倍以上の差がある相手に、人類最高のエースに率いられた戦闘生命体が食らいついた。

 

 マルガ共和国、並びにラナリーザ連邦。再開戦。

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