理不尽なる神の権能の残滓

「神器ってのはどうなってやがる! キラドウを作った連中の頭の中もな!」


 ジャックがシミュレーション機能を起動した愛機の中で悪態を吐く。


 その原因は汎用性と専門性の極みを同時に相手しているからでもあり、神器が起こす理解不能な現象への八つ当たりでもあった。


 ブラックジョークが相対するは空中で踊る桃色の機体。平均的なガランドウと変わらない二十メートルほどの全高。顔を含め全体は丸みを帯びて、腰や関節部など所々が細いため女性的な印象を受けるだろう。


 名をメンテナース。ゼロゼロツーと呼ばれていたミラの専用機だった。


 そのメンテナースが青白い閃光をビームガンから放ちながら、惑星シラマースのガランドウで最速を誇っていたブラックジョークに匹敵する速度で一定の距離を保つ。


(とんでもなく見られてるな!)


 ジャックはブラックジョークの動きを、ミラが凝視しているのを感じながらレールガンを発射する。微妙な勘違いだ。ミラが凝視しているのは、見える筈のないジャックそのものである。


「防御モードを発動します」


 そのミラが神器の力を発動すると、メンテナースのバイザー型の頭部カメラが光る。


 するとメンテナースに直撃するはずだったレールガンの弾丸は、丸みを帯びた装甲を貫通することなく弾かれてしまう。ただし、代わりに速度が落ちてブラックジョークの機動に翻弄されてしまう。


「高速モードを発動します」


 だがその速度は元に戻り、ブラックジョークとの高速機動戦を再開する。更にメンテナースは、手持ち武器の火力を上げる攻撃モードの他に、自機や他機の機能を維持する能力まで備えているときたものである。


 これこそがキラドウの稼働率を維持するための中核にして、自らの薬品を以てメンテナンスするナース、メンテナースに搭載された神器、“色代わりの薬瓶”の効果である。


 その力でかつて存在していた巨人は薬瓶の中身を飲む必要もなく、攻撃力、防御力、速度を上げ、治療まですることができたが……不可思議極まりない。


「攻撃力、防御力、速度を上げて、修復と維持機能まであるなんざ、俺ですらゲームの話だって知ってるぞ! そもそもどうして機動兵器にも適用されるんだ! 何でもかんでも神の力で通用すると思うなよ!」


 そんな訳の分からない神器の効果を知ったジャックが叫ぶのも無理はないだろう。だが、メンテナースが複数の状況に対応できる汎用性を持っている現実は変わらない。


 そしてもう一機は汎用と真逆の存在だった。


「修正を完了」


 ブラックジョークに地面に蹴り落とされていた機体、ゼロゼロスリーと呼ばれていたヴァレリーが、専用機のスラスターを大噴射させて空中に飛び上がる。


 茶色髪茶色目と同じく機体も茶色一色。メンテナースと変わらぬ全高と細さだが、違うところは全身の装甲末端が鋭角というより、槍の矛先のように鋭すぎることだろう。それは機体の指も変わらず、刺々しいガントレットを装着しているかのようだ。


 だが一直線に飛び上がる機体はジャックにすればいい的であり、ブラックジョークとメンテナースが空中戦を繰り広げる高度に達する前に撃墜される……筈だった。


 ブラックジョークのレールガンは、これまた鋭いデュアルアイや肩部に複数直撃するも全く効果がない。しかし、サプライズの重装甲や、防御力が底上げされたメンテナースの装甲に弾かれたのとは全く訳が違った。


「ヴァレリー! 本当に飛び道具は効果ないのか!?」


「肯定。デュエルトは戦艦の主砲を含め、射撃攻撃を全て無効化する」


「今度一緒に物理学の本を読もう!」


「了解」


 再び叫ぶジャックに、ヴァレリーは冷静な声で返答するが、彼女の専用機デュエルトの能力を知れば誰もが叫ぶだろう。彼らの言葉通り、デュエルトは例外なく射撃兵装の全てを無効化する。それは物理の否定であり、理不尽な現象を起こす神器の真骨頂ともいえる力だ。


 ただし逆にデメリットもある。


 デュエルトの腕部に装着された、指先を鋭い爪のようにしている茶色のガントレットである神器、研究者が命名した“銃弩ガンドノット”は、絶滅した巨人が使用していた決闘を強制させる武具である。


 そして巨人の決闘において射撃武器など以ての外であり、近接武器か殴り合いに限定されている。それ故にガンドノットは射撃武器の影響を受けないが、逆にそれらを使用することもできないのだ。なぜそうなるか原理は分かっていなかったが。


 その決闘による剣戟の二重奏を強制させる者、機体名称デュエルトが指を束ね抜き手のように構えながら、ブラックジョークに迫る。


 ガンドノットは飛び道具無効化だけではなく、装着した者の力を大幅に引き上げる効果もある。そのお陰でデュエルトは、重装甲のガランドウを手で引き裂くことも貫くことも自由自在だった。


 当たればの話だが。


「おかしくありませんか?」


「これは妙だ」


 ミラがおかしいと首を傾げ、ヴァレリーが妙だと言うのも仕方がない。


「そちらに比べたらおかしくも妙でもない!」


 どうしても物申したかったジャック。彼は拡張させられた認識力で、コックピットに響く音の大部分を認識している。ブラックジョークの死角である真下から飛翔するデュエルトの音も例外ではない。それを経験で補正することにより、モニターを見ることなく行動に移した。


 ジャックは推進装置の全力を用いてブラックジョークを急速回転させる。そして、速度を乗せた足の爪先で、下から迫りくるデュエルトが解き放った抜き手の小指側を蹴り飛ばしながら、殴り合い専門の矛先から逃れた。


 完璧なタイミングだった。


 決闘とは名ばかりの理不尽を押し付けるデュエルトは、一直線の機動で凄まじい速度を叩き出すが、完全な静止には時間が掛かる。それなのにブラックジョークによって、突き進むはずだった矛先を横方向に蹴られ回避を行われたのだ。しかも僅かに逸らされた矛はブラックジョークのすぐ傍を下から通り過ぎながら、位置的優位を取るために上昇していたメンテナースに向かって突き進んでしまう。


 しかしながら、ミラもヴァレリーもこの程度で神器対神器の矛盾対決を起こすような腕前ではない。本来なら回避し合って体勢を立て直せるはずだった。


「フルブースト!」


『了解フルブースト!』


 ジャックとエイプリーの声と共に、今日初めてブラックジョークが人類には耐えられないとされた推進装置を最大稼働させ、データの世界に咆哮を轟かせる。


「っ!?」


 ミラとヴァレリーの背筋が凍る。


 通り過ぎたデュエルトを追うため、一瞬でトップスピードに到達したブラックジョークが彼女達に迫る。その両手には腰から延びるエネルギーケーブルに繋がれた二刀のビームソードのグリップ。


 エースとエースの対決では銃弾やミサイルを撃ち尽くしても決定打にはならず、残すは互いに近接兵装だけという馬鹿げた事態がよく起こる。つまり、エース同士の戦いで生き残ったジャックは、近接戦闘での決闘を勝ち抜いた王者でもあった。


「んっ!」


 ヴァレリーは力の籠った声を漏らしながらデュエルトを旋回させ、上昇して自機の背後に回り込もうとしているブラックジョークに、先ほど自分が食らったような蹴りを送り返そうとした。


 だがその足は振りぬく前に青白いビームの光刃に焼き切られる。


「まだだ」


 それでもヴァレリーは諦めず、今度は機体を上下反転させてブラックジョークを引っ掴み、バラバラにしようと試みた。が。一手遅かった。最大加速したブラックジョークはデュエルトの動きを許さず、追い越しながら縦に切り裂いた。


「攻、高速!?」


 ミラは同胞が撃墜された動揺で、攻撃するべきか速度で対抗するか迷ってしまった。選択肢が多いことは素晴らしいが、逆に言えば常に選ぶ動作が必要となる。


 その隙を逃すジャックではない。


 ブラックジョークは爆散したデュエルトから発生した炎を掻き分け、右のビーム刃を大上段から振り下ろし、その直後左の刃は胴を薙ぐように振るわれた。


 これでは例えメンテナースが防御モードであっても、大出力のビーム刃に切断されたであろうから仮定は無意味だ。桃色の機体は桜の花びらのように散り、代わりに炎の花を咲かせてしまった。


「シミュレーション終了。早速データを見返そう」


「了解しました」


「了解」


 ジャックはシミュレーションを終了すると、モニターに映し出されたミラとヴァレリーに話しかけて、先ほどの戦闘を振り返ることにした。


(顔に違いがあるな)


 それとは別にジャックが感じるのはミラとヴァレリーの違いだ。


(ミラは柔らかい。ヴァレリーも無表情は無表情だが、いい意味で硬いというかなんというか)


 数日前の二人は顔立ちこそ違ったものの、全く同じ無機質な表情だった。しかし今のミラの顔はどこか柔らかく、ヴァレリーは妙な表現になるが、狼狽える感じがしない頼もしい表情のなさだ。


(これならなんとかなるな)


 ジャックは他の綺羅星も含めて、彼女達が徐々に個性と柔軟性を獲得しつつあることに、ほっと胸をなでおろした。
















 ◆


 その日の晩。


(ジャック中尉。ジャックさん。隊長。 慈悲、優しい言い方を検討。これでいい? これでいいかしら? これでいいのでしょうか? これでいいと思います。私はミラです。大切な物を送ってくれたジャック中尉、ジャックさんともっと接したいです。私たちに生きて欲しいというジャックさんの思いを受け取りました)


 ミラが鏡の前で自分の目尻を指で下げていた。

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