歪な成長
ギリア基地の地下実験並びに演習場。ここはかつてマルガ共和国の都市近くではできない極秘の実験、もしくは最新鋭兵器の試験が行われた場所であり、地下とは思えない広大な空間が広がっている。そしてこの地下施設を使用して、キラドウを実機で運用することも、綺羅星がこのギリア基地に派遣された理由の一つだ。
「実機での運用は……」
ジャックが地下施設で行われているキラドウの実機運用をモニターで確認しながら呟いた。そこでは地下なのに都市部を模したビルなどが立ち並ぶ空間で、アリシア、ヘレナ、ケイティの専用機が高速で建造物の隙間を移動していた。
「アリシア、問題は?」
『はっ。現在は問題ありません』
「ヘレナ」
『問題ないわ』
「ケイティ」
『問題ないです』
「了解した。主任、キラドウを運用するための母艦はどうなっています?」
「それなんですが、どうも完全に新しいエンジンを搭載したはいいものの、調整に手古摺っていると聞いています」
ジャックはキラドウが現実空間でも問題ないと判断する。そして研究員達の責任者に別のことについて質問をすると、神経質そうな責任者は腕を組みながらがっくりと項垂れた。
大問題である。キラドウはどれもこれも特注品であり、専用の整備機能を備えた特殊母艦とセットで運用されることになっているのだが、その特殊母艦の到着が遅れに遅れていた。
「ドラゴンの繁殖期の終わりに間に合うか怪しいですか?」
「恐らく大丈夫だとは思うのですが……」
続けられたジャックの問いに対して主任の語尾は弱い。
ドラゴンの繁殖期は終わりの兆しが少しだけ見受けられており、それは同時に自然休戦中だったマルガ共和国とラナリーザ連邦が再び戦うことを意味していた。それなのにキラドウの母艦が間に合わなかったら、物理的に関係者の首が消し飛ぶだろう。
「既存のエンジンではその戦艦の性能を満たせませんか」
「ええ。だから一から作り出すと言ってましたが、船を担当している部署は完璧主義者ばかりでして……はっきり言って病的なのですよ」
(この研究者が病的な完璧主義だと顔を顰める部署だって? )
「ここだけの話ですが、ナノマシンによる自動修復機能まで備わっていて、それにも手古摺っているようです」
(げえっ!? ナノマシン修復装甲!? 超大型戦艦のエンジンが前提になるくらい電力食うやつじゃねえか! いったいなに作ってるんだ!?)
ジャックは倫理観がほぼ喪失している研究員達の主任が、完璧主義者と評する者達のことを知り心で顔を顰めた。しかし、続けられた主任の耳打ちには声こそ漏れなかったがはっきりと表情が変わってしまう。
破損した装甲をナノマシンが修復してくれる夢のようなナノマシン修復装甲だが、代償として非常に電力を消費してしまう。そのため大型戦艦でも一部の主要区画に使用されているだけであり、予定ではジャックのブラックジョークを合わせて、七機の機動兵器を搭載するだけの母艦には不釣り合いなものだった。
「……一応ですが、予算を使い切ってその新型戦艦が完成しないということは?」
「それがですね、冗談抜きに本気で我々も心配していまして……」
「う、浮いてる城とか言いませんよね?」
「ああいえいえ! 見た目はかなり地味です。私も最初は山を浮かすつもりではと疑っていましたが、これが綺羅星の母艦ですと宣伝するような形をして、真っ先に狙われるのを防ぐために輸送船の外見にしていました。まあ……中身は色々とアレなようですが」
ジャックが敢えて冗談めかして船について尋ねると、主任は大真面目な表情で答えた。
(人を殺しまくってる俺もそうだが、こっちはこっちで人間のことを物として見てるからな。俺とは全く別の危険性がある)
一見意思疎通ができている二人だが、ジャックは研究員達に対して一線を引いている。多くの人間を殺してきたジャックも人のことを言えないが、研究員達は研究員達で命の創造や破棄に対して無頓着であり、今回は偶々上手くいったが普段は会話をしてもかみ合わないことが多かった。
「ジャック中尉、チェックを全て完了しました。三機とも格納庫に戻します」
「分かりました。では私も格納庫に向かいます」
その会話から暫く。実機での試験が全て終了したので、ジャックは格納庫に向かうことにした。
◆
「キャロル、ミラ、ヴァレリー。機体の調子は?」
「私もサプライズも完璧!」
「メンテナースは大丈夫です」
「問題なし」
ジャックが格納庫に到着すると、まだアリシア、ヘレナ、ケイティと機体は地上に上がっていなかった。しかし、その前に実機試験を終わらせたキャロル、ミラ、ヴァレリーがキラドウ専属の研究員達と機体のチェックを行っていたので、声をかけて調子を確認した。
するとキャロルは元気よく、ミラは柔らかい表情で、ヴァレリーは頬だけを釣り上げて問題がないと報告する。
「機体が上がって来るぞー!」
整備員の声と共に、格納庫の一番奥に存在する地下への搬送エレベータが上昇して、三機のキラドウが到着した。
この三機もまた特徴的で、紫の騎士鎧、青いマントをすっぽりと纏った人型、真黒な人型鏡ときたものだ。勿論これらにもジャックが頭を痛めた神器が搭載されている。
「機体の固定を確認!」
「確認!」
慌ただしくなった格納庫内をよそに、コックピットから足を引っかける金具が付いたケーブルを使い、パイロットスーツを着たアリシア達が地面に着地した。
「途中でも聞いたが最終報告をしてくれ」
「問題ありませんでした」
ジャックの命令に、ヘルメットを脇に抱えたアリシアが生真面目な表情で答える。
「問題なかったわ」
ヘレナはヘルメットを肩に引っかけながら、どこかぶっきらぼうに答える。
「問題なかったです」
ケイティはヘルメットを両手で抱え、ジト目でジャックを見ている。
「了解した」
(最初は完全なロボットじゃないかと不安だったが杞憂か。やっぱ閉鎖された環境が駄目なんだな)
綺羅星達が基地に着任してから、彼女達は瞬く間に変わりつつあった。尤も隊長への態度として相応しくない者が混ざっているが、ジャックはむしろそれを喜んでおり、砕けた態度も自分に対してだけなら問題視しないと伝えていた。
当然軍では論外なのだが、綺羅星は思考の柔軟性と個性を持たなければこれまた論外なため必要なことだった。
「では休憩後に部隊運用について打ち合わせをする」
(このまま休戦でいいだろうに)
ジャックは戦うための準備をしながら、どうしても殺し合わずにいられない国家にうんざりしていた。しかし、他の選択肢はない。戦う以外の術を知らない程度にはジャックも綺羅星も歪だった。そう作られたのだから。
◆
その日の夜。アリシア、ヘレナ、ケイティの三人が部屋に集まっていた。
「気高い話し方について修正、改善点の提示を求めます」
生真面目な表情だった筈のアリシアが、元の無表情となっている。
「明るい話し方について疑念があります。前回の提案と明るい話し方は結び付かないのではないでしょうか?」
ぶっきらぼうな話し方をしていたヘレナも無表情で、雑な話し方と明るいは違うのではと疑念を口にする。
「純粋な言動を改善中。データベースを参考に悪い意味では毒舌。いい意味では歯に衣着せぬを実行しています」
どこかジト目でジャックを見ていたケイティもまた無表情だが、妙に誤った判断で自分なりに純粋を解釈して行動に移したようだ。
一見変化がないように思える彼女達だが。
「気高いは難しい」
「明るいもそうよ」
「いえ。純粋が一番難しいと思いますけどね」
無意識に演技だった筈の言葉使いが出る程度には成長していた。
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