願いの残骸と道標

 会議室での話は終わらないどころか最も重要、あるいは最も致命的な話題になろうとしていた。


「質問があります」


「どうしたヴァレリー?」


 加速度的に成長している茶髪茶目のヴァレリーが、ジャックに質問をした。


「我々が柔軟な思考を獲得するにはどうしたらいいでしょうか」


「そうだな……個人的な意見だが……個性は重要かもしれん。逆に質問して悪いが、先ほど我々が柔軟な思考を獲得するにはと言ったが、その我々という発言は自分という個を持った上での仲間意識か? それとも六人全員の境界が曖昧な綺羅星という集合体での意識か?」


「それは……」


 ジャックの問いかけに、珍しく綺羅星のヴァレリーが言葉に詰まる。


「俺の経験則で申し訳ないが、自分と他人の境界が曖昧で柔軟な思考は無理だ。それに一人が間違うと全員が間違う。それはプログラミングを誤ったマシーンと変わりない。」


 ジャックが思い出すのは、なんとか保護施設を巣立つことができたのに、施設にいた時と変わらぬ丸坊主で集団行動をしていた同期の集団だ。単に髪の手入れが面倒だからという理由ならいい。それは面倒という立派な自我だからだ。しかし、その集団は苛烈な訓練の結果、自己と班員の境界が曖昧となってしまい、できるだけ自分たちの姿を統一しようとしていた。


 そして、施設で教え込まれたことと命令以外の行動ができなくなった集団でもある。ジャックが噂として聞くところによると、どうやら指揮官の言われるがままに戦っていた彼らは、急変する戦場で指揮官が対応できなくなり、状況が変化する前の命令を愚直に遂行しようとして全滅したようだ。


「だから、それぞれ別の髪形とか私物を持つところから始めてみるか? 部隊に思考の多様性があれば、一直線に破滅へ向かうことは防げるぞ。勿論、意見が対立して決められなくなるのは論外だけどな」


 ジャックがこれまた自分の経験則から提案する。


 そういった集団は基本的に初陣で命を散らしてしまったが、施設を出たとたん自分の髪形を模索するような者は、戦場で危険だと思えば意見具申や意思疎通を図り、それが無視されたらなんとか安全を確保しようと動いたので、比較的初陣を乗り越えた割合が大きかった。余談だがジャックは面倒だからという理由で、髪が伸びたら切るサイクルを繰り返す立派な自我の持ち主だ。


「分かりました。では髪形を変えるところから始めますが、私物はどうしたらいいでしょうか」


「私物か。実は俺もそう持ってる訳じゃ……あるにはある……だが……いや……お前たちが軍に本登録して給料が振り込まれ、私物を買うまでの繋ぎを言い出しっぺの俺が送ろう。少し待ってくれ」


 ヴァレリーから私物に関して質問されたジャックは、天井を見上げてなにかを考え込むと、会議室を出て自室へ向かう。


『ジャック、本当にいいの?』


「ああ。綺羅星は昔の仲間と同じだ。高スペックと命令への服従だけを求められて死んでいった、な。上が優秀ならそれでいいかもしれん。だがそうでない以上は自衛する必要がある。これを送ることに意味があるか分からないが……あいつらも許してくれるだろう。いや、ひょっとしたら俺の代償行為ってやつかな」


 AIのはずのエイプリーが心配そうな声で、部屋に保管されていた数少ない私物を取り出すジャックに話しかける。


 それは茶色のテンガロンハット、ケースに収められた眼鏡、モノクル、小さな剣がぶら下がった銀のネックレス、チケット制カジノの入場券とおもちゃの紙幣、黒いヘッドホンだった。


 ジャックの脳裏に浮かぶのは、二段ベッドを詰め込まれた保護施設の一室と、そこで共に暮らした同室の班員の仲間たち。この物品は、いつか再会した彼らに送るはずだった品だ。


「待たせた」


 それらの物品を携えたジャックが会議室に戻る。


「キャロル、これを」


「はい」


(スティーブに送るはずだったテンガロンハット。施設に来る前に見たらしい旧世紀の西部劇ってのが好きだった。しょっちゅう良さを話されたが、当時の俺はそんなのを見られる環境じゃなかったからな。それで業者に注文した時、西部劇で使われてる帽子を送ってくれと頼んだらこれが送られてきた)


 早速ジャックは、キャロルにテンガロンハットを渡す。その思いを秘めた。


「ミラ、これを」


「はい」


(ドナに送るはずだった眼鏡。シミュレーションばっかりやってせいか目が悪くなった。まあ度が分からなかったから度なしだ)


 ジャックからミラに眼鏡が渡る。その思いを秘めた。


「ヴァレリー、これを」


「はい」


(ジニーに送るはずだったモノクル。ドナと同じでシミュレーションばっかりだったが、ジニーは右目だけが悪くなった。それでドナと同じ眼鏡はちょっとどうかと思って、店員に変わったものはないかと聞いたらこのモノクルを勧められた。でもやっぱり度が分からなかったからこれも度なしだ)


 ジャックからヴァレリーにモノクルが渡る。その思いを秘めた。


「アリシア、これを」


「はい」


(ハンクに送るはずだった剣のネックレス。施設に来る前に見たらしいアニメか何かで、剣を持ったヒーローが悪者を倒してたとか。それに憧れたのか自分も同じようになりたいと言ってた。だが流石に本物の剣は無理だったからアクセサリーにした)


 ジャックからアリシアに剣のネックレスが渡る。その思いを秘めた。


「ヘレナ、これを。一人だけチケットで悪いが、無期限な奴だからいつでも使える。ああ、おもちゃの紙幣は気にしないでくれ」


「はい」


(キースに送るはずだったカジノのチケットと……冗談で準備したおもちゃの紙幣。妙に運がよかったから、いつかカジノで荒稼ぎしてやると息巻いてた)


 ジャックからヘレナにチケットとおもちゃの紙幣が渡る。その思いを秘めた。


「ケイティ、これを」


「はい」


(ローラに送るはずだったヘッドホン。鼻歌だったが俺に音楽を教えてくれた。イヤホンじゃなくヘッドホンで音楽を聴きたいと言ってたから、なにか譲れない考えがあったんだろう)


 ジャックからケイティにヘッドホンが渡る。その思いを秘めた。


 だが……ジャックにとって六つの物品はなにもかもが過去形だ。送るはずだった者も送る予定も過去の話。六人とも再開の約束を果たす前に戦死してこの世を去り、その希望と望みの残骸だけが残ってしまった。


「急にこんなものを送られても意味がないと思うかもしれない。ただ、何かのきっかけになってくれれば嬉しい」


 そしてジャックの言う通り、少々ずれた感性と発想で行われた物品の譲渡に意味があるのかは誰も分からないだろう。


「ではこれを大切な物として保管します。そして給料が入り次第、普段身に着ける用に同じ物を購入します」


「ああ……うん? 今なんて?」


 テンガロンハットを手に持ったキャロルが今後の予定を口にすると、ジャックは後半の部分で耳を疑ってしまった。


(どうしたらいいんだ?)


 その間、会議室にいた研究員は完全に蚊帳の外であった。


 ◆


 時刻は夜。綺羅星達は自室にいた。


 機動兵器のパイロットは基地内で個室を与えられているが、それは綺羅星も例外ではない。尤も研究員達の本音では一か所で管理したいところなのだが、それを提案するとやっぱり綺羅星は危険なのではと突っ込まれかねない。そのため今は特に問題ないのだから、別にいいのではないかと、典型的な愚か者の思考で問題を先送りにした。


 その綺羅星の各部屋。薄暗い部屋の机の上には、それぞれジャックから譲られた物品が置かれ……椅子に座っている綺羅星達がそれを凝視していた。


 テンガロンハットを送られたキャロルも。


 眼鏡を送られたミラも。


 モノクルを送られたヴァレリーも。


 剣のアクセサリーを送られたアリシアも。


 カジノのチケットとおもちゃの紙幣を送られたヘレナも。


 ヘッドホンを送られたケイティも。


 じっと。じっと。じーっと。身じろぎも瞬きも一つせずじーーっと見ていた。


 余談を挟む。かつて惑星シラマースで繁栄していた巨人族の文化は殆ど分かっておらず、贈り物に関するものもその一つだ。


 その消え去った文化では、贈り物は大事であればあるほど良いとされ、特に自分の最も大切な物であると認識している物品を相手に贈るのは、至上の関係であるとみなされた。


 というのも神が残した神器が存在する星なのだから、最も大切なものは神器を意味する。だがそんなものを譲ることなどまず不可能。そして神器を持っていなかった巨人にとっても、己の名誉と栄光を表すハンティングトロフィーが最も大切なものであることが多く、それを別の巨人に送るなど余程のことがない限りありえなかった。


 しかもである。人類にしてみたら面倒な力だろうが、巨人たちは自分に送られた物が、その最も大切な物かどうかをなんとなく判別することができたのだ。


 それは……綺羅星も同じだった。


 神器も巨人もこの星に存在していた神が生み出したものであり密接な関係があり、綺羅星はその神器に最適化された結果、少なからず巨人族に近しい要素を持っていた。


 だからこそ分かる。


 同じ施設で育ち、生き残った兄弟姉妹家族に送るはずだった思い。成就しなかった願いの残骸。ジャックにとって最も大切な物品。


 更に綺羅星達は名と意味までジャックから贈られているのだから、それらが混ざり合って引き起こされるのは、最早成長ではなくバグだろう。


 彼女達は送られた物をずっと見ていた。

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