凶星きたれり

 割り当てられた部屋で金髪金目のゼロゼロワン、キャロルと名付けられた綺羅星が、胸元の苦しい黒い軍服を身に纏っていた。


 隔離された部屋で管理されていた彼女達だが、一般的な常識と知識は与えられており、服を着替える程度の動作は問題ない。


 しかし……その内面を研究者達が知れば、即座に思考を止めようとするだろう。


(製造番号ゼロゼロワン、名前はキャロル。製造番号セロゼロワン、名前はキャロル。製造番号ゼロゼロワン、名前はキャロル。名前はキャロル。名前はキャロル。名前はキャロル。名前はキャロル。意味は自由。自由。自由。自由。私はキャロル。彼はジャック。私はキャロル。彼はジャック)


 ゼロゼロワンは、急速にキャロルとして自我を確立し始めていた。いや彼女だけではない。他の綺羅星達もだ。


 研究者達は侮った。彼らが心血を注ぎ、命を弄んだ結果生まれた最高傑作は、必要以上の自我と自由意志を持たないと思われていた。


 とんでもない話である。研究者達は自らの最高傑作をもっと誇るべきだ。無味乾燥な隔離室から解き放たれた綺羅星達は、急速に知識だけだった人間社会を学び取り成長していた。


 そこへ彼女達が初めて体験したジャックの自己紹介と、個人の名を送られたことによって、名前という道標を頼りに自我を確立し始めたのだ。


 つまり兵器が人間へと成長しているのだから、研究者達の実力は間違いなく素晴らしいものだった。そもそも手に負えないものを作り出した馬鹿であると考えなければだが。


「着替え終わりました」


「よし。では格納庫に向かおう」


 ほぼ六人同時に部屋を出た綺羅星は、外で待機していたジャックに連れられて、同じく待機していた研究員と共に専用機が運び込まれた格納庫へ足を運ぶ。


(おいおいおいおい。なんだこの美人連中?)


(モデルが広報してるのか?)


(なんであの堅物が女を連れてるんだよ)


(基地司令の愛人か? いや、確か綺羅星が来るって言ってたな。この女達がそうなのか?)


 その道中、キャロル達が拘束服を着ていたことを知らない兵士が、絶世の美女が六人もいることに色めき立つ。しかし、先導している者が堅物のジャックであるため声をかけることができず、色々と想像して眺めることしかできない。


「質問だが、過剰な肉体的接触を要求された場合の対処は定められているか?」


「拒否。それでも続くようであれば階級に例外なく、軽傷で収まる範囲での制圧を軍司令部より許可されています」


「ならいい」


 不躾な視線を察したジャックがキャロルに質問すると、彼女は少々物騒な許可があると返答する。


(綺羅星に肉体的接触とか……)


 その一方、綺羅星の肉体的スペックを知っている研究員達にしてみれば、怪獣との接触なんてものは考えるだけで震えてしまう愚行だった。


 しかし、更に別の場所でも震えている者達がいた。


(オ、オンリーワンの専用機が六機だって? 整備できるのかこれ?)


 それが綺羅星の専用機、キラドウを六機も運び込まれた格納庫の整備士達だ。


 専用機、特殊機、特別機。言葉の響きは素晴らしい。その分野で心が躍る人間を喜ばせるだろう。


 だがそれを整備する人間にとっては悪夢である。通常とは違う規格、互換性の低さ、見たこともないような整備マニュアル。その他様々な通常と違う作業は、整備に携わる者を心底困らせる。


 しかもである。キラドウは六機が六機とも全く違うものであり、人類が完全には理解できていない神器が装着されているのだから、整備士達がスパナをぶん投げても許されるだろう。


 そんな整備士達が慄いている格納庫にジャック、綺羅星、研究員達がやってきた。


「あれが噂に聞くフラッグシップジョーカーですか」


「ええ。まあその噂通り欠陥機ですよ。なにせブラックジョークという別名の方が有名なくらいですから」


「は、はは」


 研究員達の呟きにジャックが返答するが、研究員達の立場では欠陥を肯定することができない。


 研究員達の興味は見慣れたキラドウではなく、直立しているジャックの愛機に注がれるが、それはあらゆる意味で有名だった。その一つの原因に、最高傑作を目指しながら最高駄作の烙印を押された欠陥機ということがあげられる。


 なにせ正式名称はフラッグシップジョーカーなのに、製造当初から付けられたあだ名であるブラックジョークの方が有名だった。尤もその当時と現在では大きくその意味合いが違っている。


「キャロル、あれは誰の機体だ?」


「私の機体、サプライズです」


「砲撃戦仕様のガラ、キラドウか」


「はい」


 逆にジャックにとって見慣れない機体であるキラドウが、輸送車両の上で仰向けになっている。それについてキャロルに質問すると、偶々彼女の専用機だった。


 平均的なガランドウよりも大きな、全長三十メートルほどの巨躯。


 黄色で彩られた警戒色、左肩から突き出た長大な砲、右肩の円盤状の狙撃用装置が装着された砲、シャープな顔立ちに複眼のような丸い二つのカメラアイのせいで、どこか必殺の針を持つ蜂を想起させる。


 だが全体は蜂と言うにはあまりにも太く、避けることを考えていないのではないかと思わせる重装甲、全身に装着されたミサイルポッド。機体の傍には回転式ガトリングの中央にキャノン砲が覗く訳の分からない巨大な武器、おまけに超々射程の狙撃砲ときたものだ。その様相のせいで、誰がどう見ても大艦巨砲主義者が生み出した機体と分かる。


 これこそが供給過多の驚き、サプライズと名付けられたキャロルの専用機だった。


「システムの起動はどうなっている?」


「申し訳ありません主任! サプライズは問題ありませんが、他の五機は少し……かなり掛かりそうです!」


「分かった」


 ジャックと共に格納庫を訪れた研究員が、キラドウを担当している部下に様子を尋ねるも、返事の内容はあまりよくない。最新でかつ機密の塊、その上に神器を内蔵している面倒なキラドウなのだ。サプライズだけでも素直にシステムが起動したのは、運がよかった部類の話になる。


「博士、キラドウにはシミュレーションと同期機能は搭載されていますか?」


「ええ。我が軍の基本的なシステムは全て搭載されています」


 どうも時間が掛かりそうだと判断したジャックは、研究員にキラドウのシステムについて質問する。


「そうですか。他の五機のシステムが起動するまで、キャロルの機体、サプライズでしたな? 私の機体とシミュレーション機能を同期しても構いませんか? 即急に綺羅星の腕前を確認する必要がありまして」


「構いませんよ。特殊難易度でよろしいですか?」


「いえ、一対一でお願いします。砲撃戦仕様の機体が一対一の状況に陥る状況は少ないですが、確認したいことがありまして」


「一対一ですか……」


 ジャックの提案に研究員が微妙な顔になる。飾らない言葉を使うなら研究員達、そして綺羅星にとって無駄な時間だった。


「データにはマルガ共和国のエースパイロットの情報が登録されています。その中にはジャック中尉のデータもありますが、一対一のシミュレーションでの戦績は我々全員が五戦五勝。これ以上は必要ありません」


 まさしく飾らないキャロルの言葉は事実であり、研究員達の自信の裏付けであった。


 綺羅星はシミュレーターに登録されている全エースパイロットに尽く完勝しており、その中にはジャックのデータも存在していた。それを考えるとキャロルとジャックの一対一など結果が分かり切っているものであり、研究員やキャロルにしてみれば時間の無駄だった。


「0と1で思考するパイロットが全て勝っているなら、もっと無人機は増えてる。まあこれから戦う世界はその0と1の中なんだがな。とにかくやってみよう」


「はっ」

(非効率的)


 ジャックに命令されたため従うキャロルだが、分かり切ったことに対する試みを非効率的と断じた。


 ◆


「準備完了」


 サプライズのコックピットで、綺羅星専用の密着度の高いパイロットスーツとヘルメットを着用したキャロルが、操縦桿を握り、シミュレーション機能を起動する。


 これによって仮想空間の大地がコックピットの複数のモニターに反映され、限りなく現実に近いシミュレーションを行うことができた。


「状況開始。補足完了。攻撃開始」


 サプライズの肩に装着された瞳のような照準装置が、飛来してくる機影を捉える。あとは簡単だ。重装備から発射される砲撃を延々と発射し続けて消滅させるだけ。


 サプライズ内部で燃え続ける炎、“無限炉炎”と名付けられた神器は尽きない炎を提供する。それにエネルギーパイプで直接繋げられた武器もまた、無限に等しい火を弾薬として提供することが可能だった。


 キャロルがトリガーを握ると同時に爆音が鳴り響く。両肩の長大な対戦艦砲、右手に持つ回転式ガトリングとその中央から除くキャノン砲、左手に持つ狙撃砲から絶え間ない炎が発射された。


 現代科学を無視した火炎そのものは、エースの乗るガランドウの装甲を容易く熔解させ、空中戦艦のバリアすら貫通する恐るべき滅びだった。


 シミュレーション上では。


「健在?」


 キャロルが理解できない現象にぶち当たった。今までのシミュレーションでは、敵機は何もできず溶けた鉄となって地面に降り注いでいた。


 それなのに。


 たった一機の機動兵器から発射されたものとは思えない火の雨を、ほぼ一直線で地を這うように潜り抜けた異常がいた。


 凶星きたれり。


 全長二十五メートルの漆黒。


 大気を切り裂くような鋭い装甲。


 人を不安にさせるような甲高い音を発する、背負った羽の骨組みのような飛行装置。


 ズームされた望遠装置の右目と、皿のような平べったい左目。


 肩には金銀で紋様が刻まれた豪奢な砲、手には丸みを帯びた長大なレールガンと武骨なマシンガン。その統一性のなさは、全く別の武器会社が生産した装備を好き勝手装着しているようだ。


 そして右肩には死と同義のエンブレム。道化の衣装をまとった死神が、1に見立てた棒と、2に見立てた歪んだ刃先の大鎌を手に持つ。


 フラッグシップジョーカーという至上の名のもとにカタログスペックのみを追い求めた結果、フルアクセルとフルブレーキしかできないと揶揄され、人類の反射速度では手に負えないと、欠陥品の烙印を押された駄作の中の駄作。


 つぎ込まれた莫大な予算を完全に無駄にした、どうしようもない質の悪い冗談であるブラックジョークと嘲笑された名。


 だが質の悪い冗談は全く別の意味を持ってしまった。


 その操縦者の手によって。


 単独総撃墜数。


 ガランドウ859機。


 陸上戦艦14隻。


 空中戦艦22隻。


 エースオブエース撃墜7人。


 旗艦級超々大型空中戦艦1隻。


 要塞1。


 開戦初期に優勢だった敵国ラナリーザ連邦の進撃を止め、戦略自体をひっくり返してしまった原因。


 綺羅星計画の劣化量産品として育てられながら至ってしまった完成品。


 史上最多撃墜数をなお塗り超える埒外。


『さあ行くぞ』


 サプライズのコックピットに響く男の声。


 紛れもなく人類最強のエース、石ころの中から見出された大当たりジャックジャックポットとその愛機、ブラックジョーク質の悪い冗談が漆黒に輝いた。

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