意味
「まずは軍に簡易登録するための名前が必要です。彼女達に愛称はないのですか?」
「愛称ありません。しかし名前と言っても、彼女達はゼロゼロワンからゼロゼロシックスというれっきとした名称があります」
ジャックが綺羅星を軍に簡易登録するため、なにか名称になりそうなものはないかと研究員に尋ねた。しかし試験管を見ながら実験室という名のビーカーの中から出たことのないような研究員は、単なる数字が名称だと宣った。
「単なる数字は簡易登録でも通りません。周波数や兵器の番号、滑走路にコールサインまで様々なものに数字がある場所に、人名まで数字になると訳がわらかなくなるのです。極端な例えをしますが、復唱しても曖昧になる戦場の極限状態で、一番機は出撃しろという命令と、一番さんが出撃しろという命令は混乱の元なのですよ」
(どうも保護施設がそれでやらかして、現場が混乱したみたいだからな!)
それをジャックは無理だと断言する。数値登録はジャックが巣立った特別保護施設が既に行っていたが、現場に混乱を齎したため今では簡易登録すら通らなかった。尤も、最初にそれが通ってしまった時点でマルガ共和国の病の深刻さが分かる。
「仮の名前でも構わないのですが……綺羅星は自分の名前に希望はあるか?」
「……」
「あー、それなら博士達の方でお願いできますか?」
「はあ……」
(この様子じゃ無理か……)
ジャックは綺羅星に無視されてしまい、研究員達に名前を付けてくれと頼んだ。しかしお互いに目を見合わせるだけの彼らでは、日が暮れるどころか永遠に無理だと察した。
綺羅星は完全に我関せずの構えだし、研究員にすれば綺羅星はゼロゼロと付けた名称が正式なものだ。そのちゃんとした名前のある芸術品に、別の名前を付けろと言われても、いや、この芸術品はこういった名前があるからそんなこと言われても困る。というのが少しの要因。
(そんなことして責任問題になったらどうするんだ?)
研究員同士で顔色を窺っている理由の大部分を占めているのは、綺羅星に勝手な名称を付けて、それが問題となることを恐れているからだ。
「それでしたら、自分の責任で名称を付けて構いませんか?」
「ではお願いします」
そのためジャックが自分の責任で綺羅星に名を付けていいかと提案すると、研究員達は全部お任せすることにした。
「本当に仮のものだから、後々自分でいい感じのが思いついたら改名してくれ。検索して……どれか気に入ったのはあるか?」
「分かりません」
「なら俺が暫定的なのを決めていいか?」
「はい」
ジャックは手元の情報端末で、女性の名前について検索した。しかし、それをゼロゼロワンと呼ばれた金髪金目の女に見せても反応は良くない。
「ならこの……キャロルで登録しておく。意味は自由らしい」
「自由……」
ジャックはゼロゼロワンに意味を説明しながら、キャロルの名で軍に仮登録すると、彼女はぽつりとその意味を口にする。
(自由はちょっと……いやまあ、うちの国は自由のために戦ってるからいいか……)
これに対して研究員達は、兵器の綺羅星が勝手をしかねない自由という意味の名はどうかと思った。だが自由と平和のために戦っているマルガ共和国において、それを否定することは国是を否定することになるため言葉にすることができなかった。
以降は同じやり取りだ。
「ミラの名前で登録しておく、意味は慈悲らしい」
「慈悲……」
ゼロゼロツーと呼ばれた桃髪桃目の女に慈悲と。
「ヴァレリーの名前で登録しておく。意味は強さらしい」
「強さ……」
ゼロゼロスリーと呼ばれた茶髪茶目の女に強さと。
「アリシアの名前で登録しておく。意味は気高いらしい」
「気高い……」
ゼロゼロフォーと呼ばれた紫目紫瞳の女に気高いと。
「ヘレナの名前で登録しておく。意味は明るいらしい」
「明るい……」
ゼロゼロファイブと呼ばれた青髪青目の女に明るいと。
「ケイティの名前で登録しておく。意味は純粋らしい」
「純粋……」
ゼロゼロシックスと呼ばれた黒髪黒目の女に純粋と。
皮肉極まるだろう。戦災孤児で適当にジャックと名付けられ、綺羅星計画の劣化品として作られた男が、その綺羅星に名を送っていた。
だがその人生のせいで、名に愛着がないジャックは思い至らなかった。
名とは方向性であり、祝福であり、呪いなのだ。
それは画一的で区別が難しい六人の女に、個性が植え付けられたに等しい。
「生年月日は……」
「その、製造日は機密になっていまして、これに関しては現場の判断では教えられません」
次にジャックは綺羅星の生年月日を入力しようとしたが、研究者達は機密だと拒否した。
「それなら二十二か三? その辺りになるようにしていいですか?」
「まあ……」
「分かりません」
「ではとりあえずそうしておきます」
ジャックはそれならばと、暫定的に生年月日を入力すると提案して研究者達は承諾、綺羅星達は異口同音に変わらない返事を返す。
「……よし、とりあえず仮登録は完了しました。本登録はそちらでお願いします」
「分かりました。ありがとうございます」
入力を終えたジャックがそう言うと、うっかり綺羅星の軍人登録をしていないままやってきた研究者達は、一応、本当に一応体裁が整えられたことにほっとした。
「では改めて、第二十一番機動中隊隊長ジャックだ。キャロル、ミラ、ヴァレリー、アリシア、ヘレナ、ケイティ。貴官の着任を歓迎する」
「はっ!」
ジャックが敬礼して正式に挨拶をすると、軍に関することを学習している綺羅星も敬礼で返す。
「まずは……博士、基地内で拘束服はさすがにあれですので、彼女達は軍服に着替えて貰っても構いませんか?」
「はい。大丈夫です」
(多分)
ここでもまたジャックの問いに研究者は無責任な答えを返す。
「それなら部屋に案内するので着替えて貰う。その後、ガルシア基地司令閣下はお忙しいとのことなので、着任の挨拶はまた今度になるから……一旦整備ハンガーで専用ガランドウの状態を」
「中尉、綺羅星の専用機は
ジャックが綺羅星に話しかけているのに、彼女達の専用機をガラクタと一緒にしたことがお気に召さない研究者が、そのブリキのおもちゃに乗っているパイロットの言葉を遮って訂正を求めた。
「あくまでシミュレーター上ですが、綺羅星がキラドウに搭乗すれば特殊難易度コースもなんなくクリアできます」
胸を張る研究員の言う特殊難易度コースのシミュレーション。それは大部隊や要塞に対し少数のガランドウで対処しなければらない、通常のガランドウパイロットが攻略不可能と断じている代物だった。
尤もこの難易度、極々限られた者達があだ名をつけており、彼らの間ではそちらの方が通りがよかった。
(特殊難易度? ひょっとして敵の動きが悪い“単純作業で安眠コース”のことか?)
ジャックやエースパイロットの中のエースパイロットが乗るガランドウがおもちゃなら、彼らにとってその難易度はお遊びだった。
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