綺羅星

「ドラゴン予報は来年までドラゴンの繁殖期が続くかもだって? ひょっとして今回の繁殖期、かなり長いのか?」


『全く収まる感じじゃないから、軍もこの自然休戦中に綺羅星を前線に配備して、調子を確かめる余裕があるって判断したんだよ!』


「ふむ。なるほどな」


 自室の椅子に座っているジャックが、腕の端末でエイプリーに話しかける。


 惑星シラマースにおいて文句なく最強種族であるドラゴンが、マルガ共和国とラナリーザ連邦の間で起こしている騒ぎは、観測史上で有数の長期間に及んでいる。そのためエイプリーは、綺羅星を基地に配備する余裕があると軍の上層部が判断して、この基地にやってくるのだと発言した。


「綺羅星ねえ。どんな奴らだ?」


『素手でガランドウの装甲版を引き裂いたり、握り潰したりできるんだよ!』


「はっはっはっ。ナイスジョーク……ジョークだよな?」


『どう思う?』


「頼むから断言してくれ。いや待てよ、そもそも人間だよな? スライムみたいなのがコックピットに入って、ガランドウを動かすとか……ないよな?」


 ジャックは自分が率いることになった綺羅星についてエイプリーに尋ねたが、今更ながら完全に未知である綺羅星の姿形が人間ではない可能性に思い至る。


『それと女性だよ!』


「ああ、そりゃそうか」


 エイプリーの言葉にジャックは頷いた。


 人類が惑星シラマースを調査研究した結果、かつてこの地にいた巨人族は女性の方が優秀な戦士、狩人だったのではないかと推測されており、神から与えられた神器も女性用のものなのではないかと考えられていた。そして数は少ないが人間で神器の起動に成功した者は男もいるが、どちらかというと女が多く、神器に最適化されていると噂される綺羅星は、女性であることが予想できた。


「しかし、綺羅星が実在していたか。ひょっとして俺達は、その計画から派生した簡易量産型の失敗作だったか? 今思えば施設出身者も女が多かったな」


 ジャックの呟きにエイプリーは答えない。


 綺羅星の噂は戦争の前後から流れていたのに、それ以外は三十年近く進展の噂がなかった。そうなると孤児を集めてガランドウの操縦だけを教え込んだ悲しい専門家を仕立て上げ、なんとか神器を装着したガランドウを操る人間を作り出す、予備の計画が存在していても不思議ではない。


 だがその予備計画が実在したとしても失敗だったのは間違いない。ガランドウを操縦する術だけを教えられた孤児達は誰一人として神器を起動させることができず散っていった。


 失敗作でありながら、計画とは全く別の視点で完成した成功作を除き。


「よし。寝る」


『お休みお兄ちゃん!』


「中尉だ」


 ジャックは自分が大きな計画の副産物でも知ったことではないと肩を竦め寝ることにする。戦うことしか教えられなかった男は、他になにかをする発想に乏しかった。


 ◆


 ◆


 ◆


(さて、いよいよだが……俺に指揮官が務まるかね?)


 綺羅星がやって来る当日。ジャックは基地滑走路の倉庫の前で、腕を組みながらその時を待っていた。


(あれか。うん? まさか……メガテリウム級で運ばれてるのか!?)


 ジャックは青空にポツンと染みたような黒い空中戦艦を見て驚愕する。まだ遥か遠くに位置するはずなのに、僅かな点ではなくはっきり戦艦と認識できるのは、それが全長千メートルにも及ぶ途方もない巨体だからだ。


 それこそがマルガ共和国の誇る超大型戦艦メガテリウム。尤も上部の流線形装甲と、船体下部から伸びる虫の足のような姿勢制御と着陸用装置のせいでムカデのお化けのように見えてしまい、一部の人間からは非常に不評だった。


(分かってたことだけどこりゃマジだな……)


 外見が不評な戦艦であろうと、全長千メートル級の船など要塞と変わらない。そんな重要艦がやってきたことで、ジャックは事の重大さを再認識させられた。


「やべえよ。メガテリウム級じゃん」

「あれに綺羅星が?」

「あの虫の足みたいな装置どうにかできないのかよ。見るたびに鳥肌立つんだけど」


 一方、基地で働く兵士達も事前に綺羅星がやって来ることを知らされており、メガテリウム級に気が付くと興奮し始めた。


(仕事の時間だ)


 ジャックはメガテリウム級から垂れ下がる無数の着陸装置が地面に接地したのを確認すると、自分の部下になる綺羅星を出迎えるため歩き始める。


 が。


(……なんで?)


 ジャックは混乱した。


 メガテリウムの下部ハッチから降りてくる白衣を纏った研究者といった風貌の者達。これはいい。のデータを収集するのに、専門家が必要なのは自明の理だ。


 問題なのは研究者達に連れられ一列でやってくる、拘束服を纏った六人の女だ。


(自分で歩いてるし腕も拘束してないとか、拘束服の意味ないだろ。っつうかそもそも拘束服だあ?)


 ジャックが訳の分からない状況に心の中でツッコミを入れた。女達が着ている服は分厚く、しかもベルトがあちこちに備え付けられているため、どう見ても拘束服と呼ばれるものだ。しかし、なぜかそのベルトで腕は固定されておらず、自分の足で歩いているのだから状況と服がマッチしていなかった。


(まさかあの女達が綺羅星? 機械ではなく生物なのか?)


 ジャックは異様な雰囲気をしている女達の顔を一人一人確認していくが、その顔はいい意味でも悪い意味でも芸術的な美しさだ。口、鼻、目は人が最も美しいと感じる黄金比で、これ以上の美貌はないと断言する者もいるだろう。だがそれ以上に詳しく説明できる者はいない。


 輝くような白い肌と美貌。それだけ。六人とも個性がないのだ。


 顔立ちこそ別々なためクローンではない。しかし、短く切り揃えられた同じ髪形。喜怒哀楽に疲労や緊張、感情や自我すらないのではないかと思われるような、何か大事なものが抜け落ちたかのような無表情のせいで、ジャックはロボットのような印象を受けた。


(いや、それよりも……)


 ジャックも言いたいことは色々とあるが、この基地に所属する兵士として仕事をするため、研究員と女達の一団に近づく。


「私は当基地所属のジャック中尉です。代表はどなたですか?」


「ああ、自分です」


「申し訳ありませんが、拘束服が必要な存在を基地に入れることはできません」


「は、はい?」


「拘束服が必要な存在を基地に入れることはできません。ここは銃器に爆薬、戦車とガランドウだってあります」


 ジャックは代表であると手を挙げた中年の神経質そうな男性へ、端的に二回正論を告げた。


 はい? もなにも、拘束服が必要ということはそれだけ危険なのだから、あちこちに武器がある軍の基地に入れる訳にはいかない。ジャックの当然の判断に、メガテリウム級から荷物を降ろしていた一般の兵も、内心でそれはそうだと思っていた。


「いえ、これはですね。その」


 思ってもみなかったことを突っ込まれたのか、研究員と思わしき者達はしどろもどろになる。だが、馬鹿正直に仰る通り危険だから引き返しますとは言えない立場だ。


「か、彼女達は間違いなく安全です。計画最初期の名残で拘束服を着用していますが、本当に名残なのですよ。現にベルトで固定していないでしょう?」


「彼女達は綺羅星であり、安全というのは綺羅星の専門家としての見解で間違いありませんか?」


「は、はい。間違いありません」


「エイプリー。ガルシア基地司令閣下に繋いでくれ」


『了解!』


 ジャックは研究者の確認を取ると、基地において最高位であるガルシアの許可を得るため連絡をした。


『なんだ?』


「ガルシア基地司令閣下。綺羅星とその専門家である研究員達が到着されました。しかし、綺羅星はベルトで拘束こそされていませんが拘束服を着用しています。研究員が言うには計画最初期の名残であり、安全は間違いないとのことですがどうされますか?」


(そんなものを私の基地に連れてくるな!)


 基地指令室にいたガルシアは、通信に入ってきたジャックからの報告を聞くと心の中で絶叫した。しかし、ガルシアもまた追い返せと言えない立場である。


『……許可する』


「了解しました」


 ガルシアは嫌々ながら許可を出したが、女達の容姿を見れば二つ返事で許可を出したかもしれない。


「では研究員の方々は必要書類の提出と手続きをお願いします。綺羅星に関しては私の部隊に配属という形になりますので、着任の書類には基地司令閣下、事務の他に私のサインが必要になります。書類もしくは電子書類をお願いします」


「着……任?」


「……綺羅星は機動兵器に搭乗する軍人ですよね?」


 必要な手続きを完了しようとするジャックとぽかんとした研究員達の、綺羅星に対する認識の差がもろに出た。


 ジャックの認識では綺羅星は自分の部隊に配属される軍人だが、研究員にとって綺羅星は人間ではなく芸術作品と同じ分類なのだ。そのため、研究員にしてみれば物品の受領書類ならともかく、軍人が着任したときの書類は意識の外にあった。


 いや、それどころかそもそも綺羅星は軍人としての登録すらされていない状態だった。


(そう言われてみれば、ヤバいんじゃないか!?)


(誰か綺羅星を軍に登録してたか!?)


 ここで初めて研究員達は、自分たちがとんでもないことをしでかしていることに気が付いた。綺羅星計画は軍が主導しており、階級こそないが研究員達も一応軍に所属していることになっている。だがその成果である綺羅星が軍に所属していないなど、詰めが甘いにもほどがあった。


「それに戦時条約において、軍に所属した戦闘員資格がないのに戦闘に参加したら、捕虜等での保護の対象外になります。私には部下を守る責任がある以上、その保護資格がない者を戦場には連れていけません」


 焦る研究員をよそにジャックは懸念されることを口にした。


 またしても認識に差がある。研究員は最高の兵器である綺羅星が戦場で敗れることを全く想定していないのだ。もしジャックがその考えを知れば、そんな絶対がある訳ないだろ馬鹿と罵倒していただろう。


 一応とはいえマルガ共和国とラナリーザ連邦はギリギリ理性を保っており、大量破壊兵器の不使用や捕虜の扱いに関する条約も結ばれている。しかし、軍属でもないのに戦闘をすればその条約から弾き出されてしまうため、軍人としての教育だけは受けているジャックにしてみれば、綺羅星が軍属でないのは大きな問題だった。


「本登録するには時間がかかります。一時的に軍属にする簡易登録もあるにはありますが……」


「本登録は至急こちらで手続しますので、まずは仮登録をお願いします」


 ジャックの提案に、頭のいい馬鹿としか表現できない研究員が頷く。


 長い戦争のせいで常識が壊れてしまい簡略や簡易化されたものが多く、軍の簡易登録システムもその一つだ。しかしこのシステム、戦地の民間人を無理矢理かつ即座に兵士にするために設けられたものであり、給金や遺族年金も支払われない悪名高いものだった。


 だがこれもまた別の問題が発生した。


「では登録に必要な個人情報を教えてください」


「個人情報……?」


 ジャックの要求にまたしても研究員はぽかんとした。


 簡易的な登録をするだけで軍人として戦争に行けるなんの温かみもないシステムでも、名前から住居など最低限の入力が必要だ。


 その最低限を綺羅星は持っていない。


「名前と生年月日、住居は? 登録されている個人ナンバーは所持しているか?」


 ジャックは研究員では埒が明かないと思い、表情を動かさず直立していた女達に質問をする。


「ゼロゼロワンです」


「ゼロゼロツーです」


「ゼロゼロスリーです」


「ゼロゼロフォーです」


「ゼロゼロファイブです」


「ゼロゼロシックスです」


 返ってきたのは抑揚のない声と、単なる数字だけだった。


(お、俺よりひでえ……なんとかしないと戦う以前の問題だ……)


 ジャックは自分の幼少期から続く環境がどん底だと客観視していたが、綺羅星達はそれを下回る芸術品扱いだったことを確信した。


(まずは綺羅星を人間にしなきゃならん……)


 眩暈を覚えかけているジャックの最初の仕事は、綺羅星を人間にするところから始める必要があった。


 ◆


(なんとなかっているようでよかった……)


 一方、心の中でほっとする研究員達は大嘘つきだ。綺羅星の安全を保障したが、正確には多分、恐らく、きっと大丈夫といった表現になるだろう。


(本来なら綺羅星に近づきたくはないのだが)


 現に研究員達は綺羅星に対して完全に腰が引けている。


 神器と適合するように調整された綺羅星は、人為的な遺伝子操作を施された受精卵から誕生したことに加え、その神器から大きく影響を受けている。そのせいで素の肉体スペックで人類を圧倒しており、人間の姿をした怪獣に近く、それをよく知っている研究員達は、メガテリウム級の艦内でも綺羅星との接触を忌避していた。


(モニターでは問題なかったから大丈夫だとは思うけれど……)


 不安になる研究員だがその内容があまりにもひどい。


 今まで綺羅星の直接的な管理と実験は遠隔操作のロボットを介して行われており、研究員達が綺羅星を肉眼で視認したのはつい最近のことだ。つまり研究員は、カメラ越しで確認する限り綺羅星は暴れていないので大丈夫と判断を下したのである。


(だいたい軍と政府が悪いんだ。まだ調整段階なのに、まるで明日にでも実戦投入できて当然のように話をするから)


 しまいに研究員は心の中で愚痴り始めた。


 こんな存在が戦地にやってきたのは、綺羅星を研究している部署に対して、いい加減に結果を出せと政府と軍の上層部がせっついたことが原因だ。


 尤も綺羅星が生まれてから神器と完全に適合して、シミュレーター上では神器搭載機を操縦できるようになるまで二十年の月日が流れている。その間垂れ流した資金も膨大であることを考えると、どんな組織だって結果を出せと詰め寄るだろう。


(それにガランドウ派閥め。予備計画の下に綺羅星を配属させるだって? 馬鹿にしてるのか?)


 研究員の愚痴は止まらない。


 ジャックは自身の予想通り、進歩がみられない綺羅星の簡易量産型を作り上げる計画の産物だ。つまり研究員からすれば、劣化品の下に自分達が作り上げた芸術品を置かれたようで不満が大きかった。


(だがガランドウ派閥だけじゃなくアポロンまで関わってる……)


 そんな劣化品のジャックの言うことを、研究員達が素直に聞いているのにも訳がある。


 綺羅星に関するあれこれを決定したのは、軍において最大派閥のガランドウこそが戦争の主役と考える一派で、研究員達は絶対に逆らえない存在だ。そのガランドウ派閥はジャックにかなり一方的な熱い視線を送っており、ジャックと話が拗れると非常に面倒になることは目に見えていた。


 だがその熱い視線も、あくまで戦争の駒に向けるものでしかない。ジャックの待遇に対して微塵も興味がないのは、戦争で人間としての心を失ったからなのか、元々人間が獣以下なのか。


 そしてもう一点。この人事には十年ほど前から稼働している超高性能のAI、アポロンが関わっているのだ。


 このAIは最適解を提示し続け、戦争で劣勢だったマルガ共和国を救った立役者と言っていい。そのため政府から絶大な信頼を寄せられており、アポロンがそうするべきだと提案すれば、政府は無条件で受け入れるほどである。


 故にAIが、ジャックに綺羅星を率いらせれば敵なしだと判断を下し、それに乗っかかったガランドウ派閥によってこの人事が実行されていた。


(まあいい。綺羅星は必ず戦争を勝利に導き、我々の地位も不動のものになる)


 研究員は基地に運び込まれる綺羅星の専用機を確認しながら、今後の栄達を夢想する。


 確かに綺羅星を生み出す計画に参加した研究員達は天才である。しかし、才能があっても世間知らずな馬鹿であることに違いはなかった。


 もしくは、やはり戦争は人間から正気を喪失させて、このような人間を生み出してしまうのかもしれない。

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