暗黒の星
「当たらない?」
キャロルはサプライズの全力射撃をコントロールしながら、モニター越しにそれを意に介さず突っ込んでくる暗黒の星を凝視する。
複数の砲による火力。
無意味。ブラックジョークが僅かに推進装置を左に動かすだけで、通り抜けるように地面に着弾。
回転式ガトリングによる掃射。
無意味。一発でも着弾すれば忽ち装甲を熔解させる火の弾丸は、異常なまでに小刻みな機動をするブラックジョークの装甲に当たることなく通り過ぎる。
各部位のミサイルポッドから発射されるミサイル。
無意味。ブラックジョークの機関銃によって放たれた、ミサイルと全く同数の弾丸は寸分違わず空中でぶつかり合い爆炎を咲かせる。
「なぜ?」
これに対してキャロルはなぜと呟くばかりで、距離を保つための後退を行わない。ただ固執したように武器のトリガーを握り続けるだけだ。
(何人かの同期の悪癖が、綺羅星にもあるんじゃないかと思ったが)
ジャックは警告音が鳴りっぱなしのコックピットで、かつて同じ保護施設で育った同期の顔を思い浮かべながら、キャロルの状態を推測する。これこそが、ジャックが至急確認したかった事柄だ。
(対AI戦のシミュレーターなら完璧にこなしてた奴らは、対人戦で自分の思い通りにならなかったら、動きを修正できなかった。いや、もし綺羅星がAI戦しかしたことがないなら、あいつらより危ないぞ)
ジャックの同期には、対AIでのシミュレーションでならジャックを凌ぐ者もいた。だがAIはあくまでAIなのだ。どれだけ元になった人物を再現したといっても、そこには必ず決まったパターン、決まった行動が紛れ込んでしまう。現にキャロルはシミュレーション内で行われる決まったパターンに慣れきっており、AIで再現されたジャックを作業のように瞬殺していた。
ここで問題なのは、必ず上手くいく作業を繰り返していると、それができなかった際に行動を修正できず、今までできていた動作に固執する者がいることだ。そして閉鎖された空間で生まれ、今まで綺羅星同士のシミュレーションも行わず、AIとしか戦ってこなかったキャロルには、この特徴が大いに当てはまってしまった。
(あの頭でっかちの研究者共め。スペック至上主義だった保護施設の連中と同じだな)
ジャックは絶えぬ炎の嵐を突っ切る意識とは別に思考の処理を行う。
彼が今も生存しているのは幾つかの幸運が重なっている。施設に保護された時、施設では最初期に保護した子供たちが不幸な病で全員死去したことを大いに反省して、とてつもなく強力な薬剤と機械的な肉体強化を止め、単なる強力な薬剤の使用に留まっていた。
このおかげでジャックの同期は百人中四十人が病死しただけで、次いで脳へ行われた特殊な電波の照射で死去したのは四十人中二十人。素晴らしい成果だ。行き倒れて百人とも死ぬはずだった少年少女が、二十人も生きて祖国のために戦うための下準備が整ったのだから。少なくとも保護施設の職員たちはそう思った。
(エネルギー切れはないのか。ずっとこの調子でいられるならとんでもないぞ)
ジャックは嵐となって迫りくる炎の一つ一つを認識しながら、その全てを回避する。
強化処置によってジャック達は異常な認識力、感覚の拡大、常識を超えた反応速度、高いGへの耐性を手に入れ、ガランドウのパイロットとして申し分ない兵士へと成長し……ジャックを除いて全滅した。そんな強化された兵士が送られる先など、最前線に決まっている。彼らは激戦区で一人また一人と倒れていった。
だが生き残ったジャックは、素晴らしい才能と悲しき才能の両方を持ち合わせていた。
元々エースパイロットとしての才能だけではなく、戦うための薬物や実験に対する才能というべきものも持っていたのだ。それらがなんの副作用もなく結びついてしまった結果、同期どころか元々戦うための存在としてデザインされた綺羅星にすら、認識力と反射速度、操縦センスで勝ってしまった怪物が生まれることになる。
(上も上だ。腐ってるせいで信じたいことだけを信じるから、綺羅星が無敵の存在だと思い込んでるに違いない)
更に、内心では割と反抗的で我が強いのに、それが表情と行動に出なかったため意識を弄られず、柔軟な思考を保てたのが幸いだった。
パイロットとしての才能、限界ギリギリの薬物と実験に加え相性の良さによる想定以上の強化、保たれた自我、僅かな幸運によって初陣を生き残り蓄積され続けている経験。
その人による愚かさの化身として成長した暗黒の星に、馬鹿げた予算をつぎ込まれ高性能は高性能だが、過敏すぎる操縦系統のせいで人間には扱えない欠陥機の烙印を押された機体が渡ればどうなるかは火を見るより明らかだ。
ジャックと愛機は全てを粉砕した。いや、少々語弊がある。正確にはジャックと、ブラックジョークと、もう一つ。
実は以前、この至高の欠陥品ですら、次第に成長したジャックの反応速度についていけなくなったことがある。そこでブラックジョークを作り上げた頭でっかちの技術者集団や外部の顧問は、機体の動きをサポートする人工知能を作り上げてブラックジョークに搭載した。
『お兄ちゃん! 肩部キャノン砲の射程に入ったよ!』
「ああ」
それがブラックジョークのコックピットに響く妙に幼い少女の声の持ち主、人工知能エイプリーだった。
「発射する」
ジャックは倍以上も射程が違う火の嵐を潜り抜け、肩部に装着されたキャノン砲を発射する。
そしてなんの神秘もない鋼鉄の砲弾は……。
「そりゃそうだ」
サプライズの回転式ガトリングから放たれ続ける炎の一つに当たり、ジャックの呟きと同じように溶けて消え失せた。
「距離を詰めてレールガンを当てる。装甲どころか関節部にも弾かれたら、ガトリングとキャノン砲を破壊して戦闘力を奪う」
『ご随意に!』
ジャックの算段にエイプリーが応える。
サプライズは極まった大艦巨砲主義に相応しい重装甲なため、通常の兵器では破壊できない可能性がある。なんとかするには距離を詰めて至近距離での斉射を行い、それも通用しなければ武器を破壊するしかなかった。
「なぜ?」
その間でもキャロルの行動は変わらず、トリガーだけを握り込み続けていた。撃てば当たる。それしか経験したことのない彼女は、臨機応変な行動をできない。この点においてはまだAIの方が最適解を選び続けるだろう。
だがこれはキャロルが悪いのではなく、そういったシチュエーションしか経験させてこなかった研究者が悪い。紙の上での数値や実験に対して賢いのと、現実と数値をすり合わせるのはまた別の話だ。尤も倫理観が完全に麻痺している研究者では望めないことだ。いや、もっと言うと麻痺した者達を生み出す世界そのものが悪いのかもしれない。
「レールガンを撃つ……硬すぎるな」
ジャックはついに火の嵐を潜り抜けてレールガンを連射すると、電磁によって発射された弾丸はガトリングの火に当たることなくサプライズの胴体と腕の関節部に直撃した。しかし弾丸はサプライズの堅牢な装甲に阻まれてしまい、全く有効打にならなかった。
「それなら武器を破壊する」
そこでジャックはサプライズから戦闘力を奪うため、堅牢とは程遠いガトリングやキャノン砲を破壊することを決めてレールガンを発射する。
「ここまでか……!」
そして事態が思ったよりも更に深刻だと気が付かされた。確かにレールガンの直撃を受けた武器は爆散したが、それでもサプライズは武器があるように振る舞い、存在しないガトリングの照準を合わせているようだった。
「キャロル、シミュレーションを終了する」
『了解しました』
(困惑がある。ロボットじゃないならなんとかなる筈だ)
懸念が実際に存在したことを知れたジャックは、キャロルに通信を入れてシミュレーションを終了する。その際、異常発達させられたジャックの感覚は、キャロルの言葉に困惑が混じっていることを感じた。
そしてシミュレーションが終われば、反省会を行い問題点を洗い出す必要があったが。
「売店で売ってるアイスでも食うか。食べたことあるか? 俺は軍に入って初めて食べた時、世の中にはこんな甘いものがあるんだと衝撃を受けた。どうも他の五機の起動にはまだ手古摺ってるようだから全員で食べよう。ああ、一応博士達に聞きはするが、流石にアイスを食べてはいけないと言わんだろう」
『はい?』
ジャックは規定を放り投げ、少々ずれた提案をして再びキャロルを困惑させる。
綺羅星達にとって必要なのは、プログラムされたような規定ではなく柔軟な自我だった。
尤も綺羅星の柔軟な自我は、ジャックの運命を大きく変えてしまう可能性を秘めていたが……それはお互い様だろう。
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