アフロディーテ

 小瓶が転がるベッドルームは薄暗く、微かに漂う香辛料が鼻を突く。汗が染みたベッドに腰掛け頭を抱える裸の男に、半裸の女が注いだビールを勧めて微笑んだ。

「する前は、呑まないの?」

 男は抱えた頭を振って、女からグラスを奪った。両手でしかと握ったそれは、小刻みに震えて薄い泡が幾重にも輪を描いては消えていった。


 女は身体をくねらせて、畳まれた男の腕に柔肌を寄せた。薄っすらと匂う異国の香りが、乾いた肌に沁みていく。

「私が怖い? 知ってるわ、ゲリラに扮した売春婦が割れたガラスを仕込んでいるっていう噂。そんなことをしたら、私たちもタダじゃ済まないわ」


 悪戯っぽく笑い飛ばした女に、男は縋りついた。飼い主を失った犬のような、屈強な肉体には相応しくない泣き出しそうに歪んだ瞼に、女は慈愛と疑問を微笑に変えた。

 女は、男の顔を豊かな双丘に鎮めていった。

「怖いものを見たのね? 私でよかったら、聞いてあげるわ」


 女は、ピッタリと揃えられた太腿に手を伸ばし、冷たく縮こまった男根プリアーポスを撫で回していた。

 男は内に火が灯り、凍てついていた血潮が解けて女の手の平を目指して駆けた。取り戻した拍動に胸を突かれて、言葉が喉へ口へと吐き出されていく。


「上官の命令だったんだ……俺は、俺には意思などなかったんだ」

「そうね、あなたは立派な兵士よ。命令に忠実な、兵士のかがみ

 理解された、たとえそれが嘘の相槌だとしても、男はそれに歓喜して頭を抱えていた両腕を解いた。


「聞かせて、あなたの英雄譚を」

 目に焼きついた光景を一枚一枚剥がし取り、ありもしないスクリーンに映してみせた。女はラブロマンスを観る恋人のように、盛り上がった肩にもたれかかった。


「ある村が、ゲリラの拠点だと情報を得た。俺たちの部隊は、その調査に向かったんだ」

「そう、命令だったのね。あなたは忠臣だわ」

 女は沈めた頭を、長旅に硬くなった髪を撫でた。そうだ、これは命令だ、俺は兵士として当然のことをしたまでだ、男の堰は切り開かれた。


「しかし村は女子供と老人ばかりで、ゲリラの証拠は見つからなかった」

「そう……それは残念ね」

 寂しそうな女の呟きを聞いた男は、柔らかな谷間に顔を埋めた。ぽつりと灯った火は一瞬にして燃え上がり、女の乳房へと燃え移った。


「上官は言った。今は、ゲリラ活動が行われているから、ここには女子供や老人しかいないのだ、と」

「そう……あっ……ん……」

 柔らかな丘の頂点に、太く硬い指が伸びる。硬い果実が転がされると、女は身をよじって熱くなった内股を閉じた。


「まずは奴らを黙らせる、と老人を一列に並ばせて機銃を浴びせた。上官は、短い先行きに縋りついていやがると、鼻で笑っていやがったんだ」

「優しいのね、ん……もっと、もっと……」

 男の腕が、女の背中に回された。豊かな双丘を、小粒な果実を弄んでいた唇は、細い首筋に赤い吸口を残していった。


「手本を見せる、上官はそう言って幼い少女に襲いかかった。躊躇うに手を出せば、俺たちが続きやすいだろうと言い放ってな」

 荒い吐息が首筋を、肩を乳房を舐め回していた。女はなまめかしく身をよじり、湧き上がってくる熱情に頬を燃え上がらせていた。


「あっ!……もっと、激しく……もっと!」

「みんな、獣になっていた。選り好みなどせず、目についた女に襲いかかった。押し倒し、服を裂き、露わにした身体なんて見もせずにズボンを下ろし、泣き叫ぶのもお構いなしに突っ込んだ」

 男もまた、抑えきれない熱情に燃え上がって獣と化した。硬く閉ざされた内股を硬い指が押し込んでいく。


「逃げる奴らには、機銃をぶっ放していた。倒れた女にも襲いかかって、血まみれになりながら犯していやがったんだ」

「ダメ……そこ、いい……ああ、ん……」

 男は、指を引き上げた。開いて糸を引いたそれを舐め、女に覆い被さった。ベッドに押し倒された女は、高潮して虚ろになった瞳に男を映した。


「猿のように腰を振り、尽き果てた頃には女も子供もぐったりと横たわっていた。そして上官は俺たちに……」

「もう、いいわ、来て。それで、全部忘れて」

 女は、すっかり熱く硬くなった男根プリアーポスに触れて、掴んだ。その感触から女も、そして男も期待に胸を躍らせていた。


「君は、この国の女神アフロディーテだ。この国に来てよかったと思えたのは、はじめてだ」

 欲情と畏敬の念と向けられて、女はこの国の女神の真似をして艷やかな笑みを浮かべた。

「天国は、ここからよ? 女神は、女のそこにあるの。早く来て、私たちの天国に」

 物欲しそうに首をもたげて、粘っこいよだれの糸を引く魔獣が、口を開いた女神アフロディーテに襲いかかった。


「ああああああああああああああああああああ!!」


 魔獣は頭から切り裂かれ、熱く硬くしていた血潮を吐き出した。形を失った男根プリアーポスを両手で押さえ、白目を剥いて身悶えている男を、女は冷たく見下ろした。


「その上官は、どこにいるの? 私の村を皆殺しにした報いを受けさせてやるわ」


 女神アフロディーテは、割れた小瓶の口を吐き捨てた。

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名もなき墓標 山口 実徳 @minoriymgc

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