第2話 Unlucky

 いつの間にか寝てしまっていたらしい。七希はベンチに横たわっていた体を起こして、リュックサックに入れていた腕時計を取り出す。

 寝ていたのは三〇分ほどで、思っていたよりも時間は経っていなかった。


「遭難したことになってるかなぁ」


 それならまだ幸運かもしれない。誰にも気付かれずに登山が滞りなく終わっていたら。いないことに気付かれてなお、誰も助けようなんて思っていなかったら。そんな考えが浮かんできた。


 それと同時に七希はクラスメイトたちに迷惑がかかるくらいなら気付かれない方がマシかもしれない、という後ろ向きな願望が胸の奥で固まり始めていた。


 とにかく戻ろう。あの分かれ道まで戻って、登るか降りるか考えよう。七希は眠ったおかげで少しだけ楽になった背中にリュックサックを背負い直して立ち上がった。


 霧はずいぶんと晴れてきて太陽の光が七希の体を照らして温めていく。よく見えていなかった山道の周囲には、名前もわからない木々に花が咲いていた。


 不幸だ、と下をうつむいていたら気付かなかった。


「おーい! 吉岡ーっ!」

「七希ーっ!」


 一人きりのはずの山道に声が聞こえる。向かい側から何人かのクラスメイトが足元が悪いはずの山道を走って七希の方へと走ってくる。


「なんで?」


 一番最初に七希の元へと辿り着いた一人が七希の肩をつかむ。


「なんで、って。お前が急にいなくなったからだろ。頂上で待ってても来ないからさ。途中に分かれ道があったからあそこではぐれたに違いないって」


「うん。どっちに行けばいいかわからなくて」


 次々と七希の元にクラスメイトが集まってくる。全部で十人以上、クラスの男子がほぼ全員いた。


「キツイなら言えよなー」


 背中を強く叩かれる。胸につかえていた重さが消えたような気がした。

 不幸な目に遭うこと、それ自体は大きな問題じゃない。それよりも不幸な時に助けてくれる人がいることの方が何倍も救われるのだと気付く。


「迷って疲れただろ? リュック持ってやるよ」

「大丈夫だよ。向こうはキャンプ場だったみたいで座って休めたから」

「遠慮すんなって」


 強引に背中からリュックを奪われる。その強引さが心地よかった。無事に頂上に到着し、同行していた保険医にいろいろと体を触られてケガがないかと確認されたが、問題はないようだった。七希と七希を探しに行ったクラスメイトは少し長い休憩と行動食のチョコレートをもらって一緒に山を下りた。


 下山の間、七希はグループの中央を歩いて、何度も振り返って最後尾がついてきているかを確認していた。自分と同じような目に遭うことがないように。不幸な目に遭うのは自分だけでいい。


 それから七希には二つの変化があった。


 一つは口癖だった不幸だ、という言葉を言わなくなった。不幸であることを嘆くよりも何かを解決した方が何倍もいいと気付いた。


 もう一つ、目の前で不幸な目に遭っている人間は決して見捨てない、と誓った。

 自分が助けられて嬉しかったように、不幸な目に遭わないことよりも不幸から救い出してくれることの方が嬉しいと知った。


 それは七希が中学校を卒業して、あのクラスメイト達と別れても変わらなかった。

 高校に入って、もう一度不幸だ、と一人でつぶやくようになる、その日までは。

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コインは常に裏を見せる~僕たちが高校を卒業できない理由~ 神坂 理樹人 @rikito_kohsaka

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