コインは常に裏を見せる~僕たちが高校を卒業できない理由~

神坂 理樹人

第1話 Seven

 七という数字は幸運の数字と言われている。その由来は旧約聖書の安息日が七日目だったからや一桁の素数で最も大きい数字だからといろいろな説がある。そんな幸運な数字が入った名前を持つ吉岡七希よしおかななきは、自他ともに認めるアンラッキーボーイだった。


 まず生まれたのが四月一日。あと一日遅ければ一つ下の学年になれたのに、誰よりも早く学校で勉強も運動も求められることになった。おかげで成績はいつもイマイチだった。


 誕生日には必ず病気になって、家や病院のベッドで家族や看護師からハッピーバースデーの歌を聞くだけ。イベントの時はいつも雨。じゃんけんはいつも負け。おみくじはよくて小吉。運試しというものにはことごとく縁がなかった。


「運がないなぁ」

 と最初はよく溜息をついていたが、それすらもだんだんと面倒になってきて、

「不幸だ」

 と肩を落とすようになった。


 七希はいつしかそれが口癖になっていた。


 そんな不幸自慢の七希は不幸に遭うたびに自分のことには諦めがちになり、そのくせ他人の不幸には人一倍敏感になっていった。


 中学生になった七希は課外学習で登山に行くことになった。それなりに山道が整備されているとはいえ、二千メートル近いその山は登るごとに息が切れ、足が重くなっていった。


 クラスごとに集団になっていたはずが、だんだんと隊列は縦長になり、七希はその最後尾で少しずつ少しずつ離されていった。


 どれくらい登っただろうか。霧が出てきた山道は数メートル前もはっきりしない。追いかけていたはずのクラスメイトの赤いリュックサックも見えなくなっていた。


 七希が遅れていることに気付いてくれるクラスメイトは不運にもいなかった。

 七希はそれでも細い丸太で組まれた階段を無言のまま登っていく。歩幅は狭く歩みは遅くても上に上に登っていけば最後には頂上で合流できる。そう思っていた。


 しかし、七希の歩みは急に止まった。目の前に現れたのは二手に分かれた道だった。今まではただひたすらに登っていればよかったが、どちらに行けばいいかなんてわからない。立札もない。前を行っているはずのクラスメイトは霧の先に消えていて、見つけることはできなかった。


「どっちに行けばいいんだ」


 そうつぶやきながらも、七希はもう内心諦めていた。こういうときの二択で七希は正解を選べたことがない。七希が選んだ方が後からはずれになったと錯覚するくらいには外れを引いた記憶しかなかった。


「左、いや右かな。でも直感と逆が正しい気がするし」


 どう考えても正解が見つからない。


「不幸だ」


 七希は口癖になっている言葉を漏らす。その声は強く吹く山風に吹かれてすぐに消えていった。


「もういい。左、左に行く」


 どうせ間違った方向に行くことは決まっているんだ。だったら早く間違っていることを確認した方がいい。


 七希は自分にそう言い聞かせながら、左の道へと入っていった。


 歩いて十数分、七希が辿りついたのは小さな広場だった。そこにはきちんと説明の看板が立っていて、高地キャンプ場になっているらしかった。とはいえ、もう廃業になってしまったらしく客はもちろんのこと、管理人小屋にも誰もいなかった。まだ汚れたベンチは朽ち果てていないようで、七希はその一つの上に積もったほこりを払って腰をかけた。


「戻らなきゃ」


 そう言ってみたはいいものの、七希はもう立ち上がる体力も気力も残っていなかった。


 誰か迎えに来てくれるか、それともこのまま野垂れ死ぬか。

 そんなことを考えながら、七希は疲れた体をベンチに横たえた。

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